余談・スランタルの夜


スランタルの夜は、賑やかだ。

街が寝静まるのは10時を回った頃。

酒場は賑わい、民家では家族が団欒する。

それが、この国、この街の日常。


"何も知らない"のか、"知らないふり"をしているのか。


皆が笑っている、幸せな光景。

それは、とても素晴らしい光景である筈で。

しかし、この国の闇の部分を知った人間は思うだろう。


"なんと、歪でおぞましい光景なのだろう"、と。


この国の歴史は、ほとんど文献に残っていない。

残っているのは、街の成り立ち、魔法技術のめざましい発展と戦争の勝利、そして歴代皇帝くらいのものである。

だから、知らなくとも仕方ない。

知ることが罪であるから。

だから、彼ら、彼女らは笑うのだ。

死体の山でできた国を踏みつけながら。

それは楽しそうに、笑うのだ。



ーーーーーエンデ城・王の寝室にて


「何故だ、何故だ、何故だ……!!この役立たずの能無しどもめっ……!!」


暗く、広い寝室の奥で1人、嘆く男。

赤いマントを背につけ、王冠を被る、ひと目で身分のわかる人物。


黒い鎧の男は、兜の奥からその姿を見ていた。


「……皇帝。ご報告せねばならないことが」


「……見つかったのか?」


振り返った男の顔は、包帯で見えなかった。

だが、彼が苛立っていることは顔が見えずともよく分かる。いつもの事だ。


「……いえ、それとは別件でして。行方不明者が出ました。場所は第3区画、インフェリアが集まる地区です」

「それがどうしたっ!!それが何か、"私"を助ける鍵にでもなるというのかっ!!」


叫ぶ王。なに、これくらいは慣れたものだ。聞き飽きたくらいだ。


「……行方不明者は総数4名。内3名は下級兵でしたがーーー称号持ちがやられたとの報告が」


「……、なんだと?」


先ほどまであれほど荒れていた王が、急激に静かになる。"匂わせたら"、すぐこれだ。


「ええ。行方不明となったのは転成者コンバーティブル、トランサス幹部補佐です。彼は変換魔法に相当長けた使い手です。簡単にやられる男では無かった」


「……つまり、なにが言いたい?」


「敵の中に、高度な魔法を使える者が現れた可能性がございます」


「……トランサスを無力化する方法など、魔法に頼らずとも多くあろうに。短絡的ではないか?」


「私も一度捜索にあたり現場へ赴きました。彼を見つけるヒントは未だ得られておりませんが……これを、ご覧いただけますか」


そして、差し出されたのは、単なる"砂鉄"。

しかし、それは……


「!?、こ、これはっ、まさか!?」


「はい。恐らくですが……トランサスが一度、鎖に変えた砂鉄でしょう。彼の得意技でもある」


「トランサスほどの実力者が練った奔流を、こうも見事に分解するとは……!!」


彼ら魔法の使い手には分かる。手にしたモノに宿る奔流を肌で感じることで、それを作った者の実力を。

そして、見て取れる。


(これほどの奔流を、完全に、鎖の名残を一切残さず、自然へと還したというのか!?)



「……皇帝陛下。これこそ、貴方が…王族が探し続けてきた、悲願かも知れません。差し出がましい事とは存じておりますが、何卒ーーー」


「分かっておる…そうだ、これこそ、私の探し続けてきた"究極の魔法"!!……見つけて、必ず生かした状態でここへ連れてくるのだ……ウォーフェストよ!」


「はっーーーーー護衛騎士が1人、不肖ウォーフェスト、《執行者エンフォーサー》の名にかけて、必ずや任務を完遂致します……!」



これもまた、この国で起こる悪夢へ至る道筋。




ーーーー



「無事に回収終わったな」


薄暗い路地で男が壁にもたれかかりながらそう言う。

「もともと、死体を回収しろとか言われただけだからな。……にしても、こんな死に方はしたくねえなあ」

もう1人の男が言う。

彼らが手にしているのは、大きな袋。

それぞれが2つずつ持っており、その中から漂うのは腐敗臭。

「両腕と胴体が真っ二つだぜ?これ見たせいで当分肉は食いたくねえな」

「いつもそう言って、朝には忘れて食ってるじゃねえか」

そんなつまらないことを男たちは話している。


「ーーーやあやあ、遅かったじゃないの?どうどう?見たかったかな?」


男たちはその人物が現れたことに気づかなかった。

そしてその人物が誰か分かると、すぐに切り替える。


「当たり前だろっ、見つからなけりゃケツまくって逃げてる頃だぜ」


そう言い、袋を相手に投げる。

相当の重さであるはずのそれを片手で受け取るその人物は、中身を確認する。


「……たしかに。この死体で間違いないようだ。

良かったじゃないか、無事完遂できて、ね?」


その人物はあくまで飄々とした態度で男たちに話しかける。


「大金がかかってるんだ、それに何より、これはく…」

「ーーーーーやめときなよ、それ以上言うのはさ。命、惜しいでしょ?」


男の首筋にいつの間にか向けられていたのは、一本の剣だった。


「わ、分かってるよっ。金さえ渡してくれりゃオレ達の仕事は終わりだ。はやくしてくれよ」


「ああ、もちろん分かっているともさ。報酬の袋だ。

中身を確認したまえ。さ、はやく、ね?」


そう言い、小さな袋を投げる。

それを綺麗にキャッチした男が仲を見る。


そして、動かない。


「お、おい、どうした?」


不安げに思ったもう1人の男が声をかけるが、返事はない。


「ーーーーーふふふ、ふっふっふ、君たちってさ、まじめちゃんだよね。どうしてさ、ボクがきた時点で逃げなかったのかなあ?そんなにボク、知名度低いのかなあ?落ち込んじゃうよねえ、これは」


「まっ、まさかてめえ……!!?」


言いかけた男も、すぐ、動かなくなる。


そして、指をパチンと鳴らすと…


ーーーーーくぐもった爆発音と共に、2つの人影が爆散する。

後に残るのは、血溜まりと、肉塊と、汚臭のみ。


「ほんっとに、やだなあ……警戒心のかけらもないもんね、平和ボケかなあ…?ダメだよね、そういうのは、さ」


そんなことを呟きながらその場を去る、青い鎧を着た女。

「さぁーてと、無事にトランサスちゃんの遺体も回収できたしぃ、今日はかーえろっと」



ーーーーースランタルの負の歴史。それは魔法によって彩られ、これから先も、続いていくことになる。




スランタルの夜は、長い。





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