第18話 神意と願い
徐々に脳裏に浮かび上がる、その姿。
いつも優しく微笑み、無邪気に振る舞う、その姿。
力を、仲間を、きっかけを、オレはその人から貰った。
「……やけに、早かったんだねっ」
彼女はいつも通りの微笑みを向けてくれる。
しかし、何かが違う。女神の碧眼には、少しの負い目のようなモノが感じ取られた。
「話を、しにきました。……この剣の、話です」
「うん。……そうだよね」
彼女は分かっていたのだろう。女神様には全てお見通しなのか。
「この剣の能力……女神様、貴方はオレに、わざと隠したんですよね?……この剣の能力は、嘘を見抜くなんてモノじゃなかった」
「……嘘を見抜く、って能力自体は、嘘じゃないよ。
ちゃんと、その剣に備わった、能力の一つだから…」
彼女は少し俯きながら、そう話す。
「ーーーーー潮時、なんだよね。話すよ、ちゃんと。
……今度は、何も、隠さないって。約束するよ」
「なら話は早い。聞かせてください。聖剣アポカリプスの、能力全てを」
そして女神は、静かに話し始めた。
ーーーその剣の名前は、正確には、聖剣アポカリプスではないの。
ほんとの名前は、聖魔剣アポカリプス。
太陽の光を浴びて、チカラを放つ聖剣と、月の光を受けて輝く、魔剣のチカラ。
その2つを持っているのが、その神器だよ。
聖剣のとき、使えるチカラは3つ。
今言った、ウソを見抜くチカラ。
存在すべきじゃないものを、あるべきカタチへ戻すチカラ。
そして、自己をあるべきカタチにとどめ続けるチカラ。
……君が体験したのは、2つ目。
魔法のチカラでカタチを捻じ曲げられた砂鉄を、元の状態へ還したの。
3つ目のチカラは、例えば、魔法で石化しちゃったりしても、無効化するの。でも、魔法に対する無敵のヨロイ、ってことじゃないの。
あくまで、事故に対するモノだけだから、魔法で作られた矢に当たれば、当然痛いし、傷つくの。
だから、過信はしないでね。
そして、魔剣としてのチカラ。
これも3つ、あるの。
まず、身体能力の超高補正。これは、
あの時の君はね、普段の6倍にもなるんだよ。
そして、2つ目のチカラは、存在するモノを、本来あるべきでない姿に、変えちゃうチカラ。
その物事を、書き換えるの。でも、あくまでそれはウソの姿。気付かれたらダメなの。
3つ目は、チカラとは、違うかも知れない…
それはね、神の眼、って呼んでるの。
聖魔剣に備わる、呪い。
その眼に支配されれば、誓約を忠実に遂行する、
"神の人形"になっちゃうの。
厄介なことに、神の眼は身体能力を上昇させると、発動するの。
……言い訳に、なっちゃうけどね。
私は、君にそんなふうになって欲しく、なかったの。
だから、魔剣のことは、隠してた。でも…
「ーーーーー隠してたから、オレはその呪いを被った」
初日、ナラシンハを撃破した際だ。
あれは、美しい星空の見えた、夜の事。
あの日だ。
月光の下に、剣を翳したのは。
あの時のオレは、この力を使わなかった。
その必要がなかった。
「…どうして、トランサスと戦ったときには発動したんだ?ナラシンハと戦うときも、光は浴びてただろ?」
「ーーーーー貴方は、トランサスに追い詰められたとき、何を考えたの?」
「ッ……!!」
そうだ。あの時、オレは……
(奴を……殺そうと…)
「強敵を前にするのが、早すぎたの。貴方は、もう少し時間が必要だった」
「……そんなことはどうでもいいっ!それより、どうすれば…この魔剣を制御できるんだ!?」
この呪われた力で、もし誰かをーーーーーエルカを、傷付けてしまったら。
そんなことは、決してあってはならない。
「それは…貴方が、強くなって、使う必要がなくなれば、でてこないよ。それは、影なの。
みんな、綺麗じゃいられないの。悪い部分は、あるの。貴方が光で道を切り開けないなら、影が、世界を飲み込むの。
ーーーーー不条理ごと、まとめて、世界を変えるの」
トランサスに、絶望的なまでに手も足も出なかった世界を、魔剣はたしかに変えた。
「鎖を断ち切った時点では、オレはまだ聖剣を使ってた筈だ…なら、いつ魔剣になった…?」
「それは…貴方が、"復讐"を誓った、あの瞬間だよ」
脳裏に浮かぶのは、つい昨日の光景。
リベンジ。
オレはトランサスを切り刻むための力を、神に欲した。
……なんだ。そういうことか。
「は、ははっ……」
「そ、奏介くん…?」
「なんだ…そうだったのか……全部、オレが求めた、結果だったのか」
なんて愚かしいことをしたのだろう。
自分の力が足りないばかりに呪われた力を使い、
自分のもたらした結果すら恐れ、挙げ句の果てに、その責任を周りに押し付けた。
「奏介くん。…君がつらいのは、知ってるよ。でも、それを1人で抱え込まないで。私も、エルカも、君の味方だから。……数少ない、理解者、なんだから…」
「……エルカに、恥ずかしいところ、もう、見せたくないんだよ…」
女神の優しさすら、受け取れないなんて。
どうして、こんな頑なになってしまうんだろう。
「エルカはな、オレが無茶言っても、しかたないなって、合わせてくれるんだよ」
エルカは、オレなんかよりよっぽど周りのことを考え、先を見据えていた。
「エルカはさ、こんなオレでも……強い、って…言ってくれるんだ」
ずっと、ずっと。自分の中で受け入れられなかったその言葉に、どれだけ力を貰っていたか。
まだ、出会って少しの時間しか経っていない。
交わした言葉も少ない。
オレからは…何も返せていない。
なのに、どうして。
「オレが弱い姿をっ!見せられるんだよっ!!」
こんな自分のことを、強いと。
本気で言ってくれる女の子の前で、どうしてこれ以上、弱いところを見せられる。
「……君は、ほんとうに、純粋だ。
ーーーーーそんな君だからこそ、聖剣が、使えたのかもしれないね」
女神は、思ったことを、まっすぐ伝えようと、努めた。
「君の悪いくせじゃないかな、そういう、内側に隠すの。……エルカも、君のことを大事に思ってる」
奏介にも、それは分かっている。しかし、それを許さない自分がいる。
「君が泣かなかったらさ、エルカも…泣きにくいじゃない。みんな、なにかを抱えて、今日まで歩いてきたんだよ」
そうかもしれない。だが、どうしても、エルカに恩は返せない気がするのだ。オレでは、彼女の力には成り得ない、と。
「ーーーーーエルカを、助けてあげて欲しいんだ」
「……え?」
顔を上げるとそこには、目を赤くした、女神様がいた。
「彼女はね、小さい頃、親を目の前で、殺されてるの」
女神の口から紡がれたのは、エルカ・M・エンジュの奥に秘められた、根源の部分だった。
「世界は、常に彼女に不条理だった。
生まれてから5年間だけが、彼女にとって、本当に幸せな時間だったの。
でも、今は違う。彼女の止まってた時も、動き出してる。
エンデには、今も彼女を縛り続けている、忌々しい鎖があるの。
ーーーーーもし、その剣を彼女のために使ってあげれるのなら。どうか、断ち切ってあげて欲しい」
彼女を戒める鎖を、と。女神はそう言った。
「私に残された時間は、きっと少ない。……本当はね、君たちの戦いを、見届けてあげたかった。でも、それはきっと、叶わないから。
神様なのに、ごめんね。……女の子1人助けられない神様で……ホントに、ごめん」
俯き、心底悔しそうにそう告げる女神。
卑怯だ。神のくせに泣き落としとは。
身勝手だ。自分から呼んでおいて。
横暴だ。人に丸投げするつもりなのか。
そしてなにより、
「ーーーーー言っておくけど、オレはエルカのためにするんだ。貴方のためじゃない。……それに、貴方には迷惑をかけたから、その…せめてもの罪滅ぼしだ」
不届きだ。身分違いだ。分不相応だ。
それでも。
いつも笑顔で迎えてくれた、優しい女神を救おうとしてしまうのは。
助けたいと思ってしまうのは。
とても、傲慢だ。
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