第15話 魔法を超える剣、敵を切り裂く剣、身を切り裂く剣



「ーーーーーさあ……リベンジだ…!」



ーーーーー恐ろしい力が、身体に宿っているのが分かる。


先程から右眼がひどく痛むが、それすら気にならないほどの高揚感。


トランサスは、以前行動を起こしていない。

彼には分からない。

魔法で作り出された鎖が、偽りの存在として、

この世界から断罪された事を。


剣を構える。エルカに教わった通りに。


そして、唱える。


「ーーーーー神よ、悪しきを滅するための力を…」


右眼が疼く。止まらない。


「な、なんなのだ…貴様は一体…!?その眼は何なのだ……人間では、ないのか……!?」


トランサスの動揺ぶりに、少し口元が緩んでしまう。

このかつてないほどの全能感に身を委ね、


「お前をーーーーー斬る」


「ッッ……!!あまり調子に乗るなよ、劣等種ゥ!」


トランサスは両手の小手から筒を抜き取る。

そしてそれを、地面に叩きつけた。


ボォ、と。

赤く炎が渦巻き、2人の間を取り囲む。


「旋風よ、紅蓮と混じりて檻となれぇ!!

クク、クハハハハッ!私は転成者コンバーティブル!貴様がいくら強かろうが、我らハイ・スーペリアには敵わんのだ!貴様のその身に、未来永劫消えぬ炎を刻み込んでやるッ!」


火の獄と化した戦場で、転成者は高らかに宣言する。

だが、彼には響かない。


「ーーーーー右だ」


「はぁあ?何が右だってん…」

「今から落ちる腕が、だ」



ザン、と。


短い音ののち、ボトっと何かが落ちる音がした。


「な、なに……、う、嘘だろ…お、オレの…腕がああぁぁぁああ!!??」


気付く暇もなく、右腕が斬り落とされた。

その事実にトランサスは絶叫する。


(嘘だ嘘だあり得ない何故どうやったさっきまで私より弱かったのにぃぃぃぃい!!??)


一通り呻いたのち、トランサスは少しだけ冷静さを取り戻した脳で整理する。


(おかしい…先ほどまでと比べても、スピードが上がった…これは事実だ。つまり、身体能力が跳ね上がった…!いつから…いや、それは分かり切ってる…!)


トランサスは、敵を見据える。

フードを被った化物の、暗闇から覗くその金色の瞳を。


(眼の色が、私の鎖を解除した時から変化した…!

アレがトリガーなのか…!?魔法によるものではない、ならばアレは何なのだ!?)



「ーーーーー次は、左だ」


彼は、冷酷にそう告げる。


「まっ、待ってくれ!謝る!済まなかった!も、もうここには近寄らん!だからーーーーー」


「煩いよ」



ザン、と。


無機質な音がもう一度、炎の獄中に轟く。


「ぐっ、ぐがあ…ッ!あがぁあ…!」


トランサスは、悟った。ーーーーー敵は、己を見逃す気など、微塵もないと。


「バケモノ、めぇ…!!なぜ、この私が、こんな目に…!」


「ーーーーー何故って?」


その時、初めて彼は反応した。

そして、彼はーーーーー言い放った。



「神より賜った、使命だからさ」



彼は、剣を横に凪いだ。

たったそれだけ。

トランサスは崩れ落ち、体の至る所から様々な筒や瓶が落ちて割れる音がする。


トランサスは、消えゆく意識の中で、理解した。


(コイツは……人間なんかじゃ、なかった…)


(憎むべき、神が遣わしたーーーーー悪魔だ)


そしてトランサスの意識が消えたと同時、炎の壁が消え失せた。そしてーーーーー



ーーーーー奏介は、自らが切り刻んだ目の前の肉片を見て、ただただ、立ち尽くしていた。






ーーーーーーーーーーそれを見ていたものが居た。


「……これが、聖剣アポカリプス…」


彼女はその力を見るのは初めてだった。古来の伝承の中では聞いていたが、彼女はその当時、存在していなかった。


「みんなが欲しがる理由も、分からなくは、ないけど…」


そこではあっと、息を吐き、

「こんなの、ただの操り人形じゃない…」


彼女は苦悩する。

1つ、希望があるとすれば。

"あの子"だろう。このまま堕ちゆくか否かはそれで決まる。そして、あの子なら成し遂げてくれると、信じている。

ただ、もしも、それが間違った選択で。

この先訪れる未来、彼女を選んだ事で…

ーーーーー世界に大きな不幸が訪れたら。


(この先は、考える必要なんて、無いよね…)


全ては未だ可能性。

杞憂だったら素晴らしい。

そして、この世界は、どこまでも、残酷なのだ。







ーーーーーーーーーースラムにて



「………正体は、バレて、ない。兵士も、捕虜。

戦果は、ある。だから…」


エルカには、この先、なんと続ければいいのか分からなかった。

目の前には、憔悴しきった青年が1人。


「ソースケは、悪く…ない…。みんな、感謝、してる」




炎の壁が消えた後、意識のあった兵士2名は、反抗を試みたが、取り押さえられた。

称号持ちの後ろ盾がいたことで強気でいたが、本質はやはり単なる見回り、兵士としては雑兵程度の者だったのだろう。

奏介のパンチで意識を失った兵士は、傷の治療をされた後、他の兵士と同じく捕らえられた。

そして、トランサスはーーーーー


「彼を…殺す必要なんて、無かったのに…ボクは……」

「ソースケは、間違って、ない。もし、生かしたら、危険が、及ぶ…」

「それでも……!あんな、あんな狂って…」



トランサスは、両腕、腰を切断された状態で発見された。

即死ではなかったが……失血により間もなく死亡した。



「なにがっ、神の…使命だよっ……!こんな、呪われた力なんて…っ…」

「ソースケ」

「そもそも、ボクみたいなのが選ばれたのが、間違いなんだ…!ボクは、人を殺す度胸もなにもーーー」

「ソースケっ」


パン、と、両手で顔を挟んできた。


「選ばれた、理由がなんでも…関係、ない。

した事は、背負うの。…言われた以上、するしか、ないの」


「……ボクには、耐えられないよ…これからも、こんなことが続くと思うと…」


ぎゅっと。

エルカは、奏介の頭を抱きしめ、囁きかける。


「大丈夫、だから…」

「ボク1人じゃ、なにも変えられないよ…人を殺して、殺した自分はこうやって逃げて…」

「1人じゃ…ない、から。

ーーーーー私は、必ず、ソースケと、いるから。

逃げても、追いかける…から。

罪に、耐えられない、なら、私も、背負うから」

「…ダメだよ…エルカに、悪いよ…」

「悪いわけ、ない」


そこで、エルカは微笑んで、続ける。


「ソースケが、へっぽこなのは、もう知ってる。

だから、私が、そばにいるの。離れちゃ、だめ」


「……ホントにボクなんかといて、いいの?こんな、弱いボクで」


「ソースケは、強い、よ。あと…」


俯いていた顔を持ち上げ、目を見て、エルカは話しかける。


「一人称は…オレ、でしょ?」


「強そうに、見せるため、でしょ…?」


「違う、"弱そうに、見せない"、ため」


エルカは、微笑んで、言ってくれる。


「私は、いつも…言ってる。

ーーーーーソースケは、強い、って」


両目から、堪えきれなかった涙が、流れた。


「不安だったんだよ…っ…怖かった……!武器を、持った、人がっ!人と、戦うのが…こんなに怖いなんて、思わなかったっ…!」


「…うん。でも、もう、大丈夫、だから」


「……もう、戦いたくないよ…」


「…ん、ちょっと、休も?」


「……うん…」


………


(寝ちゃったね…)


膝の上で眠る彼を見て、エルカは微笑む。

今まで、平和な世界で過ごしていたのに、急に戦え、なんて言われて。

人を殺してしまって、辛いのは、本当に、よく分かる。


だからこそ、辛かった。


『もう戦いたくない』という彼に、『戦わなくていいんだよ』、と伝えてやれない自分が、もどかしかった。


(ごめんね…)


謝ることしかできない自分が、悔しい。

いつもそうだ。

護りたい人に守られて、護りたい人から、死んでいく。


だから、せめてもの罪滅ぼしになるならば。


ソースケは、幸せにしてあげたい。


そんなことを願いながら、彼女も、深い眠りについた。




ーーーーーこうして、異世界、スランタルでの2日目が幕を閉じた。激動の中、短い期間でできたばかりの凸凹コンビは、また一つ、絆を深めた。



ーーーーーそれは真実の絆か、それとも偽りの絆なのか。

どちらかが死んだ時、その片割れは、どうなるのか。


この世界は、厳しく、時に優しく、そして、

残酷だ。





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