第14話 己の強さと己の脆さ 3



「痛い目に遭わねば分からぬというのなら、いいだろう!お前で遊べば、探しているやつも出てくるやも知れんからな!」


「血気盛んなヤローだな…黙ってやられてくれると思ってんじゃ……ん?なんじゃこりゃ?」


お頭と兵士の押し問答は既にピークを過ぎ、いよいよ始まる、というところで、お頭に異変が生じた。


「……けっ。お飾りのピエロどもめ。魔法無しじゃ、一太刀も浴びせられねえってか?」


彼の体に、地面から伸びる2本の鎖が巻きついていた。

金属の鎖を作ったらしい。詠唱もなく、不意打ちで金属の鎖を作れるとは思わなかった。

思った以上に、この世界の魔法使いは厄介なのだろう。


「減らず口ばかり叩く奴だなぁ?今の状況がまだ分からないってんなら、教えてやるぜ。…さあ、まずは目でも潰してやろう!」


そう言い、兵士は刃先をお頭の左眼に向ける。

あの状態では躱すことはできない。文字通り、手も足も出ない。

だから。


(だから、オレが行くんだっ!)


脚に力を込める。


「ほら、いくぜっ!後悔しながら苦しみなっ!」


「チクショウ…化物が……ッ!」


地面を蹴る。


「おらぁぁぁあああっ!!


……あっ?」



兵士の切っ先が、お頭に………届かない。


「……よっし、いけそうだ…やってやるぞ…!」


奏介の剣により、兵士の剣は止められていた。

突然現れた眼前のフードの男に、兵士は憤る。


「だ、誰だ貴様っ!顔を見せろぉ!罰の執行を妨げぐへぇ!?」


言い終わる前に、兵士の顔を殴り飛ばす。

結構な勢いで飛んでいった兵士は、後ろの屋台の壁にぶち当たり、気絶したようだ。


「な、オメエ、一体……!?」


お頭が動揺するのも無理はないだろう。

だが、今はそれにかまけてはいられない。



「ーーーーーおいおいマジかよ、テニーのやつ、やられたぜ?」

「黙って見てたら調子に乗りやがって…」


2人の兵士がこちらを警戒してくる。

(残り敵兵士は3名…!3対1…!)


彼らは怒りこそすれど、全くの焦りを見せていない。

もう1人、甲冑の男に至っては無言のままーーーーー

ここでさらに予想外の事態が起きた。



「ーーーーー面白いじゃないか」



その場に、一瞬で緊迫した空気が漂った。



誰が言ったのか、一瞬分からなかった。それほどの衝撃だった。



「ケルト、バーム、君たちは下がって、テニーを回収しろ。ーーーーー君、その剣…強そうだね。私でもそのレベルの武具は生み出したことはない。まるで…王軍幹部の使う武器…よもやそれ以上かな?」



優美に歩き、近寄ってくる、白銀の甲冑の男。


「私のことは知っているかな?一応名乗っておくのが、武人としての礼儀だろうか。


私は転成者コンバーティブルの称号を持つ、

スランタル王軍幹部補佐、トランサスだ。


ーーーーー以後、お見知り置きを」


トランサス、と名乗った彼は、そういい抜剣すると、こちらに向けて構えをとった。

そこではっとする。完全に、してやられた。


(完全に…敵のペースに呑まれた…!!でも、攻めようにも敵の強さが……!)


奏介は焦っていた。トランサスは、先ほどの彼の動きを見た後ですら、この余裕なのだ。


(魔法ってのは、そんなに強いものなのか…!?)


「……ふむ。構えないというのであれば、こちらから行かせてもらおうか。ーーーーー恨まないでくれたまえよ?」


一瞬。一瞬でトランサスは急激に加速し、奏介に迫る。

奏介はまだ、動けない。


(この程度に反応できないとは…久々に楽しめると思ったのだがね)


(私の見る目も、ダメかも知れないな…)


そのままの勢いで、とりあえず右胸を狙う。一撃で致命傷というのもつまらない。この男は先程たしかに、ずば抜けたスピードでテニーを戦闘不能に追いやった。


(その力を、もう一度、見せてみたまえ!)



「させるかよ……っ!」


「……!この距離で弾くか!」


キンッ、と金属の擦れる音が起きた。


奏介は確かに反応が遅れた。しかし、エルカの教えた剣術の型のおかげだろう、ギリギリ防御に成功した。


(いい反射神経をしている。やはり、良き獲物のようだな!)


「まぐれ当たりは続かないよ?さあ、舞いたまえ!」



トランサスは甲冑の脇につけられた瓶を握りつぶし、上空に中身を振りまいた。


「石……!?一体何をーーーーー」



「ーーーーーさあ、降り注げ、地底の緋弾よ」


そう告げた途端、石に変化が起きた。

どろっと赤い液体の塊、それは紛れもなくーーーー


「マグマの雨かよっ!?」


奏介はとっさに剣を盾に身を守った。

聖なる剣は、マグマをも弾く。

しかし、それだけでは耐えられない。


(一度下がらないと……ッ!?まだ何かあるのか!?)


今度は、首に下げられた小瓶を砕き、中身をまたもや地面に振りまいた。


(くそっ…今度は何になるんだ!?)


マグマの雨から離れた奏介はトランサスと振りまかれた物体の変化を見逃さないよう目を凝らした。



「そこまで熱心に見つめられると、私もその期待に応えねばならないねーーーーー捕縛せよ、戒めの鎖」


戒めの鎖。それはつまりーーーーー


地面に巻かれた粉が結びつき合い、4本の鎖と化し、奏介に迫る。


(今度は鎖……ッ!!しかも追ってくるなんて!?)


先程見た、お頭に使われた魔法とはレベルが違う。

数は倍で先程より2回りは太く、追跡してくるとは。


「ぐあっ!」


一本目の鎖に足を取られる。そこから、連鎖するようにもう片方の足も地面に固定され、その2本を強く結びつけるように、残り2本の鎖が巻きついた。


(嘘だろ…手も足も出ない…!神器があっても、このザマなんて…!)



「ふむ。思っていたよりずっと貧弱なようだ。

これは悪いことをしたな。すまない。


 ーーーーー弱者に用はないよ。お詫びと言ってはなんだが、一撃で終わらせてあげよう」


そういうと同時ーーーーートランサスの両目が細められる。



とてつもない殺気が奏介の全身を襲う。



(まず…いっ!このままじゃ、死ぬっ…!?)



それは、死の淵を悟った瞬間の事だった。



ーーーーー世界が緩慢になったように錯覚した。



その不思議な、ふわふわとした状態の中、周りを窺う。

エルカとエリーはこちらに向かって何か言っているようだ。だが、聞こえない。


トランサスは手に持つ長剣を真っ直ぐこちらに向ける。

数秒もかからず、自分の心臓にあの白銀の刃が突き立てられる未来が分かる。

そこで、やっと奏介の脳が働き出した。


(嫌だ、諦めてたまるか!なにか、何か方法を…!)


考えろ、今できる手段、切れる手札を考えろ。


今、オレの手には、何がある?


ーーーーー聖剣が一振りだ。


嘘を貫き、世界に正しさを強いる、神より賜りし宝剣。

ーーーーーでは、この剣で何ができる?


光を浴びた間のみ、嘘を切り裂き、真実を照らす。

その効果はここで優位に動くのか?

切り裂くべき嘘など、ここに存在するのか。


(目の前には敵がいる。脇にはエルカとエリーがいる。

手には聖剣。足には鎖……ッッ!!!)



一瞬の閃き。それは単なる希望的観測に過ぎない。

しかし。


ーーーーーたしかにその判断こそが、彼を絶望から解き放った。



(神よ、オレに…嘘を、虚構を斬り裂く力を!!)



一瞬、彼の左目に鋭い痛みが走った。

刺されたのだろうか?しかし、そんな事は今や些事だ。


ーーーーー彼は、この時初めて、神より賜った力を行使した。



「鎖をッ!!断ち切れ!!」




ーーーーー剣を振るう必要すらなかった。


大した音すら立てず、鎖は元の姿、トランサスが撒いた、『砂鉄』へと、戻った。


奏介の体がずれ、トランサスの突きつけた一撃は虚しく宙を裂く。



「……!!、一体何を…!?」



これにはトランサスといえども、瞬時に対応する事はできなかった。


(ディスペルされた!?いやだが、奴は魔法を使えない!だが私は完璧に発動させた筈…!奴は一体何をした!?)


トランサスはこれまで自身の魔法を破られたことがなかった。そもそもディスペル自体、国全体でも十人ができるかどうかといった、"超難関魔法"。


それを、魔法も使えない剣の使い手が、行使したと?

あり得ない。しかしならば、これは何なのだ。


そんな自問自答を繰り返す彼に、分かるはずはない。

思いつく可能性すらない。



ーーーーー彼が神に選ばれた、聖剣の使い手だ、などと。



「ーーーーーさあ、リベンジだ……!!」

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