「クジラ」

 イーサンはクジラの背中に飛び乗って、銛を突き立てる。クジラが痛みで暴れ始めた。さっきまで静かだった海面がクジラの動きにあわせて波立つ。イーサンは振り落とされないように、両手で銛を握り続けた。銛を深くにねじ込むほど、クジラは怒って滅茶苦茶に泳ぎ続ける。これは根比べだ、とイーサンは思った。諦めた方が死ぬ。


 ロングシップの仲間たちは、イーサンのとりついたクジラを追いかけていた。縄のついた銛を打ち込み、弱らせる段取りだったが、クジラに追いつけないうちは手が出せなかった。


「船速あげろぉ」船長が怒鳴る。「一番銛、イーサンを死なせるな!」


 太鼓持ちは叩くペースを上げた。八人の男たちがそれに合わせてオールを動かす。クジラは速度が落ちてきている。銛が急所に入っていた。男たちはその隙を見逃さない。船長の指示で投げ銛手が、縄のついた鉤銛を構える。合図を受けて銛手は投げた。銛はまっすぐに飛んで、クジラの背に刺さった。縄が引かれて海に繰り出されていく。縄が限界まで伸びきった。クジラと縄で繋がった船は、恐ろしい速さで引かれていく。


 クジラが鳴いた。それは戦争で使われるラッパのような音だった。船の重さで弱り始めたクジラは最後の手段で海の底に潜ろうとしたが、もうそんな余力は無かった。

 イーサンは銛から手を放し。背中に括り付けていた剣を抜いた。雄たけびを上げて、クジラに突き刺す。血飛沫が上がる。海は赤く汚れた。クジラはさっきよりも大きな声で、もう一度だけ鳴いた。

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