アケガミ

蛙(かわず)

「ブランコ」

「飛べよ」


 秋安が言った。ぼくはブランコの上で立ち漕ぎの姿勢をとっていて、彼は少し離れたところからそれを見ていた。


「漕いで、飛ぶだけ。簡単だろ」

「そんなに簡単じゃない」

「おれはさっき飛んで見せたんだから、お前だけ飛ばなかったら絶交だかんな」


 ブランコを勢いよく漕いで、そこから飛んだ距離を競う遊びがある。ぼくの小学校ではこの遊びにも一定の基準があって、安全の為に設置された柵を飛び越えたら成功。飛べなきゃ玉なしと認定される。上級生たちは柵を超えることを『儀式』と呼んでいた。秋安は”上級生になる前に飛ばないと箔が付かない”と言って嫌がるぼくを無理やり連れてきたのだ。


 日が傾き始めた。冬が近いせいでかなり寒い。鼻水が出てきた。半袖短パンのスタイルはそろそろ限界かもしれない。


「四時のチャイムでおれ帰っちゃうぜ」


 ぼくは泣きそうだった。何度か漕いで勢いがつくところまではいって、それでもいざ飛ぶタイミングになると恐怖で体の芯がぐにゃりと曲がってしまう。勇気というものはこんなことでしか証明できないものだろうか。絶交と帰宅。親友と安全を天秤にかける。

 蛍の光。帰宅チャイムが鳴り始めた。


「飛べ! 翔太!」


 焦りと何かの力がぼくの背中を乱暴に押した。覚悟を決めてブランコを漕ぐ。足に力を込めて速度を上げる。速度が上がるたび、掴まっているチェーンが嫌な音を立てる。初めての高さに到達。ぼくはブランコの付け根より高い所に居た。手を放す。足が離れた。

 ぼくは飛んでいた。高く上がって、落ちていく。途中、秋安と目が合った。彼は笑顔だった。ぼくもそれを見て笑った。柵は、良かった、越えたみたいだ。


 最高の気分だった。着地のことさえ考えなくて良いなら。

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