第6話 帰り道

 石田たちは映研の部室を借りて、というより押し掛けて、持ち込みのホラーDVDをメンバーといっしょに見ていたのだそうだ。

 あの後…、サオリがカフェを出て、ヒロもカフェを出て帰宅の途についてから、合流したトモキとサオリはしばらく構内でおしゃべりして過ごし、そろそろ帰ろうかという時に、「そういえば」とサオリが思いだして石田たちの肝試し計画を話したのだ。場所が「旧・葉山台光済病院」と知ってトモキは顔色を変えたという。急いでヒロに石田たちを止めるよう電話し、ヒロが電話すると聞いてほっとしたものの、やはり心配で、しばらくしてヒロに掛け直したのだという。しかし電話は通じなかったそうだ。言われてヒロは携帯を調べてみたが、トモキから掛かってきた記録はなかった。トモキはひどく悪い予感がして、石田に電話した。最初は通じなかったそうだが、3度掛け直してようやく通じた。それに対して石田は、

「俺は別に携帯の電源切ったりしてないぜ?」

 と言い、鈴音も同様だった。石田たちの携帯にもやはりヒロから掛かってきた記録はなかった。

 ともかく電話が通じて、映研の部室にいることが分かり、トモキとサオリは向かい、石田に会って、ヒロから電話が掛かってきていないことを知った。トモキの不安はますます深まり、何度もヒロに電話したが、つながらず、もしや一人で病院に行ってしまったのでは?、と、石田たちと共に石田の車で病院にやってきた。サオリは乗るスペースがないのと、危険かも知れないので先に家に帰るよう言って別れた。病院に来てみると、はたして、門の所にヒロの自転車が止められていた。大声で呼んだが返事はなく、みんなで病院の中を捜そうか?となったが、危険を感じてトモキが止め、運転席に備え付けの懐中電灯を借りて一人で捜しに入った。すると上の方で足音がして、大声で誰かに呼びかける声も聞こえたが、こちらから大声で呼びかけてもまったく答えず、慌てて後を追い、8階で後ろ姿を見つけて大声で呼んでもまったく答えず、手術室のドアを開けようとするすんでの所で追いつき、連れ戻すことが出来た、というわけだった。

 話を聞いていた石田たち4人も、さすがに不気味そうに真っ黒にそそり立つ廃病院を見上げた。そんな彼らに

「危ないところだったなあ? おまえらなんか肝試しでここに入ってたらどんな目に遭ってたか分からねえぞ?」

 ヒロがゾッとした顔で言ってやると、石田は

「何言ってやがる、おまえ、もろに悪霊に憑かれてたんじゃんか? おー、くわばらくわばら」

 とおどけ、本人も多少申し訳ない気持ちがあるのか、

「川上に感謝しろよ? よくあんな真っ暗なお化け病院に一人で入っていけたもんだぜ。な?」

 と、トモキをよいしょした。ヒロは『え?』と思った。話によるとトモキがヒロを追って建物に入ったのはヒロが上に向かっている途中で、その時はまだ夕日が残っていた。8階でも手術室のドアが照らし出されていたし…、しかし直後急に真っ暗になったから、秋の日はつるべ落としと言うことだろうか?……

「いやあ…」

 とトモキは照れて、

「こっちだって無我夢中だったよ。ヒロ君に止めてくれって頼んだのは僕だからね。かえって、ごめんね?」

 と、真面目なトモキらしく、責任を感じているようにヒロを見つめた。

「ありがとうね。トモキ君は命の恩人だよ」

 ヒロはトモキの友情に感謝し、石田が

「命の恩人だなんて大げさだなあ」

 と茶々を入れるのを

「てめえ、全然反省してやがらねえなあ〜〜?」

 と幽霊みたいに睨んでやった。

 仲間同士の笑いでほっと一息つくと、改めて全員で建物を眺め、

「さ、帰るか」

 と、石田たちは大学に戻ることにした。もう一人の男子が駐車場にマイカーを止めていて、これからそれぞれカノジョを家に送っていくか…どこかに遊びに行くのか知らないが、それぞれで、お開きにするようだ。

「川上い、行くぞ」

 石田がトモキにも車に乗るよう促した。トモキはヒロと同じく自転車通学で、大学の駐輪場にマイバイシクルを止めているはずだ。

「うん…」

 後部座席に二人に詰めてもらって乗ろうとするのを、

「あー、ちょっと」

 ヒロが呼びかけた。

「トモキ君、俺んち来る?」

「え?」

「いやあ、助けてもらったお礼に、夕飯、ご馳走するよ。ちょっと遅くなるけど……、かまわない?」

「うん、別に、いいよ」

 トモキは笑顔で車を降りた。

「じゃ、いいんだな?」

「うん。ありがとう。僕のことは気にしないで、気を付けてね?」

 トモキは笑顔で石田にも丁寧に言った。

「了解。じゃあな、お二人さん。ま、今度学食でなんかおごるよ」

 石田は手を振り、ご自慢のセダンを発進させた。

 ライトがずうっと坂を下って、左折していくのを見送って、二人は静かに夜の空気の中に立っていた。

「あ、そうだ。サオリちゃん、心配してるんじゃないか? トモキ君、電話してやりなよ?」

「うん」

 トモキはサオリに電話し、

「僕。ヒロ君は無事発見したよ。うん、大丈夫、元気だよ。うん……、詳しくは、明日、また。うん、それじゃあね。バイバーイ」

 最後の「バイバーイ」だけなんだか子どもっぽくて、二人の甘い関係が偲ばれて、ヒロは苦笑させられた。

「かえってお邪魔だったかな? これからサオリちゃんと予定はなかったの?」

「いや、今日は別に。明日はデートだけど」

「あっそーですか。それはそれは」

 ヒロはせいぜい意地悪な顔をしてやったが、二人が二人の時どういう風に過ごしているか、詳しいことは訊かない。もう大学生なんだし、二十歳なんだし、もう、大人のつき合い方があるだろう。

「じゃ、行きますか?」

 自転車にまたがったヒロにトモキは困った顔をした。

「僕だけ歩き?」

「脚長いんだから平気だろ?と言うのは冗談。後ろ、乗ってよ?」

 ヒロの自転車は前に大きな買い物かごの付いたママチャリだ。スピードは出ないが、踏ん張りは利く。

「大丈夫? 坂だよ?」

 不安そうに言いながら、トモキは後ろの荷台に長い脚でまたがって、どうしようか迷いながらサドルの縁を下から掴んだ。

「よーし、行くよ?」

 ヒロはよいしょとペダルを踏み込んで、坂道に入っていった。下り出すとペダルをこぐ必要はなくなり、ぐんぐんスピードが上がっていった。ライトをつけ忘れて、真っ暗な道をスピードを上げて駆け下っていくのはかなりスリルがあって……怖かった。

「トモキ君、落ちるなよ」

 と言ってる間に、坂道の終わりに差し掛かった辺りで、アスファルトに穴が出来ていたようで、前輪が「ガンッ」とぶち当たり、ついで後輪が跳ね上がった。

「うひゃっ」

「わあっ」

 二人とも悲鳴を上げ、トモキは体を放り出されそうになって慌ててヒロの腰にしがみついた。ヒロは「キキイイーー!」とブレーキをワイヤが切れそうなほど握りしめ、坂の終わり、ぽつぽつ寂しい灯りのついた昔ながらの民家が並んだ所で止まった。

「ヒューー…。スリル満点」

「スリルあり過ぎ。怖かったじゃないか」

「怖いのは克服したんじゃないの?」

「僕はジェットコースターも苦手なんだ!」

 しがみついたままのトモキを笑って、

「はいはーい、それじゃあこれからは安全運転を心がけまーす」

「よろしく頼むよ?」

 ヒロは再びよいしょとペダルを踏んで、街路灯だけがつく寂しい商店街を今度はゆっくり走りだした。

「ハハハ。なんか高校生ん時を思い出すなあ」

「付き合ってる女の子を乗せたりしたの?」

「うーーん…。まあ、ね」

「ヒロ君はどんな子が好きなの?」

「そうだなあーー……」

 ヒロはペダルをこぎながらゆっくり考えた。

「美人」

 トモキは笑った。

「なんだいそれ? 抽象的だなあ」

「へいへい、こちとら相手にタイプを求められる身分じゃございませんのでね〜〜。とりあえず美人なら嬉しいかな?と」

「ヒロ君は、優しいからね」

「へ? なにそれ?」

「別に。ただのお世辞。深い意味はないよ」

「意味分かんないなあー」

 ヒロは笑いながら、本当は心の中に浮かぶ具体的な面影を考えないようにしていた。

 男を乗せての二人乗りはどうかなと思ったが、安定感があって思ったよりずっと走りやすかった。トモキは坂道で懲りたのかヒロの腰に腕を回して軽くヒロの背に体を預けて乗っていた。女の子とこの状態なら堪らない青春のリビドーだが、トモキといっしょなのも楽しかった。

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