第2話 大学生活の仲間たち

「ねえトモキ君。『赤いドア』って都市伝説、知ってる?」

 夏休みが明けてそろそろ講義の忙しさに学生生活の勘が戻ってきた10月第1週、金曜日のことだった。あと1時間午後の講義を乗り切れば楽しい週末が待っている。学食で昼食を採りながらヒロはトモキに尋ねた。

「いや、知らない。聞いたことないなあ」

「そっか。さっき石田のヤツに訊かれたんだけど、トモキ君も県外だものな、じゃやっぱりここのローカルな都市伝説なんだ」

 トモキは困った笑いを浮かべて訊いた。

「石田君がなんだって? また怪しげな噂を仕込んできたのかい?」

「ヤツ曰く、『現代メディアとうわさ話の伝達の仕方を調査している』んだそうだ」

「で、『赤いドア』?」

「そ。『赤いドア』」

「ん? 『赤いドア』って、なに?」

 デザートのプリンを仕入れてきたサオリがテーブルにつきながら訊いた。これで社会学部社会学科の仲良し三人組が揃った。ヒロは石田から訊かれた都市伝説のことを話した。

「サオリちゃん、知ってる?」

「知らなーい。講義の最中二人でコソコソ話していると思ったら、またそんな怪しげなこと調べてるんだ?」

 共犯みたいな目で見られてヒロはトモキに肩をすくめてみせた。トモキは面白そうに微笑んでいる。

 先ほど午前の2時間目は英語のリーディングで石田も出席していた。石田は社会学部メディア科だが同じ社会学部でいくつか共通する学課がある。英語は学部でほぼ必修のようなもので、大講義室で大人数だからある程度はそうした不真面目なコソコソ話も許される。石田はヒロと同郷の出身で、ちょっとした共通点があって1年の時から仲が良かった。ちょっと不真面目なところがあるが、なかなか愉快なヤツだった。

「で? 『赤いドア』ってどんな話なの?」

 サオリは「怪しげなこと」と馬鹿にしながらやっぱり女の子らしく興味があるようで訊いてきた。プリンを一口食べて、

「あら美味しい。はい、あーーん」

 と、トモキにお裾分けしようとスプーンですくって差し出す。

「恥ずかしいよ」

 トモキが頬を染めるのにむっつりしながらヒロは

「こらこら、人に尋ねておいてその態度は何かな〜?」

 と睨んでやった。

「アハハ、妬かない妬かない。はい、真面目に聞きまーす」

 ムン!と目に力を込めながらトモキに恥ずかしいと断られたプリンを自分で食べてしまった。

「人生に疲れて、やめちゃいたいなってたそがれた人の前に現れて、そのドアに入ると別の世界に行っちゃって、二度とこっちの世界に戻ってこないんだって」

「なんだ、ありがちね? 石田君の持ってきた話ならもっとグッチャングッチャンのグロい話かと思ったわ」

 美味しそうにプリンをパクパクしながら言うサオリにヒロは苦笑しながら訊いた。

「サオリちゃんそういうの平気だった?」

「わたしは平気よ。駄目なのはー…………」

 怪しい目つきを隣のトモキに向ける。ヒロは目を瞬かせながらトモキに訊いた。

「そうなの? トモキ君、怖い話、駄目?」

 トモキはまいったなあと頭をかきながら苦笑いした。

「ま、得意では……ないね」

 サオリはイヒヒと笑いながら肘でつついた。

「なあに気取ってんのよお? 町内の肝試し大会の時わたしの浴衣にすがりついてひいひい泣いてたの、だあ〜れだあ〜?」

「よせよお、小学校の低学年の時じゃないか?」

「おやおやあ? じゃあ中学校のエピソードも披露してあげようか?」

「やめてくれ。恥ずかしい」

 トモキは本当に恥ずかしそうに赤くなって下を向いた。サオリはアハハと笑ってトモキに肩を寄りかからせた。

「トモったら、かわいいなあー」

 二人のいちゃいちゃした様子を見せつけられてヒロは、

「……うらやましい」

 と、ボソッとぼやいた。トモキが目をパチッと開けて、両手をサオリの肩に掛けると、はい、こっち、とまっすぐの姿勢に戻させた。サオリは美味しいプリンに幸せそうな顔をしている。

「お似合いのカップルでけっこうでございますこと」

 ヒロはせいぜい呆れたように嫌味に言ったが、言う方が負けだ。


 サオリ、


 湖南沙織は、綺麗な黒髪をした、肌の真っ白な、美少女だった。1年の初対面、名簿の名前を見て、

「コナンさん?」

 と訊いたら笑われた。その笑い方が、ちょっとイメージと違って、元気少女だった。

「コミナミ、だよ。小学校の頃からあだ名は『コナンちゃん』とか『名探偵』だったけど」

 綺麗で、かわいい子だ、と、ヒロは思った。

 いや、学部ごとの説明会の時、サオリが自分から話し掛けてきたのだ、

「さて、わたしは誰でしょう?」

 と、名簿の自分の名前を指さしながら。ヒロは彼女の美少女ぶりに見とれていて、慌てて、

「え? なに?」

 と聞き返したのだ。そしてサオリは笑ったのだ、楽しそうに。あのハイなテンションは、大学に無事入学して、新しい環境に大いに希望を抱いて、開放的になっていたのだろう。

 しかし……。

「初めまして。僕は川上友樹。よろしく」

 サオリの隣にはトモキがいた。サオリは常にトモキといっしょにいた。子どもの頃からのつき合いだと言う。


 トモキ、


 川上友樹は、ちょっとすごい奴だった。背がすらりと高く、女みたいに背に掛かるほど髪を伸ばしていたが、それが全然ちゃらちゃらした感じや汚らしい感じがなく、彼を例えるなら、そう、


「少女マンガの王子様」


 だ。背がすらりと高く、細身で、サラリと清潔な髪をして、涼やかでまつげの長いキラキラ星の輝く目をして、筋のスッと通った鼻が高く、唇が艶やかで……、フッ、こんな男が現実にいるわけねーじゃねえかと夢見る少女たちのソフトフォーカスの掛かったまなざしを笑っていたら……目の前に現れたわけだ。

 これがまた最近のマンガにありがちなオレサマ的な奴だったらなんて嫌な奴だと無視を決め込むところだが、トモキは悔しいことに「すごくいい奴」だった。それも男どもがはしゃいで盛り上がり「おまえっていい奴だよなー」という感じではなく、物静かで、人に対して常に丁寧な態度を崩さなかった。

 ヒロはトモキに好感を持ち、自然とトモキ&サオリのカップルといっしょに行動することが多くなり、2年次の学課選択では8割方二人といっしょの選択をしてますますいっしょの行動が多くなった。

 今やトモキはヒロにとって最も親しい友人になっていた。

 ……………

 初めてサオリを見たときのときめきも決して褪せたわけではなかったが、

 トモキなら仕方ない、

 というより、

 トモキならいい。

 という気持ちも、決して嘘ではなかった。

 仲むつまじい二人といっしょにいるのが、ヒロにとっても心地よかった。



 大学2年の秋10月のことだ。

 関東の某県、某市…………物語の中では葉山市としておこう、一学園都市でのほんの短い期間の物語だ。

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