第9話

 ローラーの音と共に沢田さんのタコが近付いて来た。


「いつまで転がってるんだ?本気でやり直したいのか?」


 ハッチが開き、沢田さんが出てくる。


「……あばらやられて息が。膝もヤバいっす」

「根性ねーな」


 そんな問題じゃ無い。


 痛む身体で立ち上がろうとする俺にタコから飛び降りてきた沢田さんが手を貸してくれる。優しいのは優しいんだが……


「命のやり取りしてる最中に痛いだの言ってられるか?」

「沢田さん見て気が抜けたんですよ。いつから見てたんですか?」

「最初からに決まってるだろ。評価訓練を教官が見ないでどうする」

「タコの音なんてしなかったんだけど……」

「お前等に気付かれる様なヘマをするか」


 そう言いながら俺をタコの足元に下ろし、タコに乗り込む沢田さん。起動したタコの右手が目の前に降りてくる。


「面倒だから乗れ」


 手のひらに座ると、持ち上げられて両手で包まれる様に持たれる。


「ほれ。これでも使っとけ」


 毛布とキャラ物のクッションを投げられる。とりあえず毛布をタコの手のひらに敷きこみ、痛むあばら辺りにクッションを当てて鉄の手のひらに身を預ける。三トン半の荷台の椅子の方がまだマシな乗り心地だが、本格的に気が抜けたせいかいつの間にか眠り込んで……というか気を失っていた。


 振動が変わったせいだろう。目が覚めたのは、タコがそっと俺を降ろそうとしている時だった。周りを見回すと、伊藤達や見知らぬ人達が夕暮れに染まった沢田さんのタコを囲んでいる。


 身体を起こそうとする俺に、


「動くな!いいから動くな!」


 慌てた様子で森が言う。


「今担架を用意している。そのまま横になっていなさい」


 見知らぬ中年の男が俺に声を掛けてくる。おそらく東の人だろう。


「訓練を台無しにしてしまって済まない。連中に気付くのがもう少し早ければ」

「あれはやっぱり『暴徒』ですか?」

「多分。我々も襲われていたから間違い無いだろう」

「……威力偵察の訓練って所ですかね?」

「だろうな。またウチと似たようなタイミングで似たような事をしてるもんだ」


 沢田さんの苦々しい声。


「しかしコウ。お前には監督に近い権限をやってたんだが……また無茶しやがったな」

「いやいやタコに対抗出来る武装俺しか持って無かったから」

「うるせえ。率先して動かん様に権限持たせたのにガン無視しやがって」

「だからあの状況じゃ選択肢が」

「あ"ぁ?!帰ったら香織ちゃんに張り付いて貰うからな。覚悟しとけ」

「……ホント勘弁してください」


 やいやいやっていると、


「コウのおかげで俺達が安全に逃げられたんです。あんまり責めないでやってください」

「真面目かお前。アレは二人してじゃれてるだけだぞ」

「……まぢか」


 生真面目な宮田の言葉に、沢田さんとの付き合いが長い伊藤が突っ込む。いやいや結構沢田さんマジだぞアレは。


 そうこうしている間に東の自治体の人が担架を持って来てくれた。口では厳しい沢田さんだが、俺を担架に乗せる時には痛めている所に負担の掛からない様にしてくれた。こういう所が部下に慕われる所なんだろう。


 あの状況で訓練生全員が生き残った事は褒めてもらってもいいくらいなのだが……


「いいか!武装の面でしょうがなかった部分はあるが……誰か一人を犠牲にしてなんて考えは止めろ!そういう考えはいつか部隊内で無理やりスケープゴートを生み出す!わかったか!特にコウ!」

「「「はいっ!」」」


 俺もそう思う。しかし今回は……


「お前をポイントマンにして他の奴は陽動として動くとかやりようは幾らでもある!わかったか!」

「……はい」

「……まぁお前は他人を信じる所から始めないとな」


 やっぱり見抜かれているか。


 沢田さんのと東の自治体の人達のだろうタコに囲まれたマイクロバスに乗せられる。怪我人の搬送に使っているのだろう。後部にはベッドが二つ据えられている。


 そのひとつに寝かされてしばらくすると、ゆっくりとバスは動き出す。

 行き先は東の自治体か俺達の『街』か……


 再び眠りに落ち、目が覚めたのは眠り込んでどれくらいだったろうか……

 車内は闇の中にあった。どこを走っているかもよく分からない。周りを見回すと、訓練部隊の皆も眠っていた。訓練中はまともな睡眠も取れなかったから仕方ない。が……

 多分帰ったらこの件で沢田さんから怒られるだろうなきっと。

 何気を抜いてるんだ!帰るまでは状況中だぞ!

 ……とか何とか。


 周りの闇がほんのり灯りで照らされてきた。街に入ったらしい。


 程なくバスが停車する。皆も灯りが見えた時点で全員目を覚ましていた。


 ベッドから再び担架に乗せ替えられて車を降りる。


「バカ!!」


 罵声と共に何かが俺の胸元に飛び込んできた。激痛が走り声も出ない。死ねる。


「何でこんなに怪我してるのよ!ホントにいつもいつも!」


 何でコイツがここにいる……


 後ろでニヤニヤしている沢田さんが見えた。

 そうか沢田さんの仕業か。


 胸元の香織の重みで息も出来ないくらいの痛みをこらえながら沢田さんに復讐を誓う。


 あの件なんか奥さんにちくれば丁度いいかなぁ……



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