第6話

 手応えはあった。


 例えボディアーマーを着ていても小銃弾でこの距離なら貫通出来る。だが……致命傷だったのかは解らない。偽装をかなぐり捨てて『教官』の元に走る。『訓練生』の方から銃撃音がするが、慌てている様で俺の近くにすら弾着しない。

 別の方向からの銃声で、訓練生からの銃撃が止む。山口が訓練生を仕留めたらしい。


 パン。


 乾いた銃声。


 脇腹辺りに衝撃が走る。教官はまだ生きている様だ。ボディアーマーのおかげで撃たれたダメージは大した事はないが、それでもがっつり殴られた程度の痛みはある。


 木の幹を遮蔽物として使いながら教官に近付く。教官を目視出来る距離までたどり着いた。腰の辺りが赤く染まっている。あれではまともに移動出来ないだろう。立ち木に身を預け立射で教官の右腕を狙い、ゆっくりと引き金を落とす。


 肘の少し上辺りを撃ち抜いた様だ。くぐもった呻き声がここまで聞こえた。動きが止まるのを待ち、左腕も撃つ。


 無力化した教官の所に歩み寄る。ドーランで顔色はわからないが、首筋の色は血の気が引いている。歳の頃四十くらいか?


「俺達を甘く見過ぎた様だな」

「……ヒヨっ子と思って油断したか」

「集団としてはそうだろうが」

「……個人としてはベテランという訳か」


 おかしい。

 間違いなくこいつはプロだ。なのにペラペラと喋りすぎる。


「何故俺達を狙った」

「…いい訓練生のエサになると思ったんだが」

「逆に食われていればザマ無いな」

「全くだ」


 教官の目線が一瞬ほんの僅かに動く。

 …ベテランが撃たれてボロを出したか。


 ゆっくりと下がり、教官から距離を取る。同時に教官が動かした目線の方向からの攻撃に備え木の陰に身を隠す。フェイクの可能性も考え全周警戒。

 俺の行動に頬がピクリと動いた所を見ると、ボロを出したというのが正解らしいが。


「助けを呼んでもいいぞ。真っ先にお前が死ぬだけだ」


 小声で教官に声を掛けると、教官の顔に絶望の色が浮かぶ。

 どうやらこいつは生粋の狙撃手らしい。近接での対抗手段は持ち合わせていない様子。

 最近では珍しいタイプだな。


 教官から離れて身を隠し、しばらくすると教官が視線を送った方向から人が複数動く気配がした。訓練生だろう。俺達と同じ様に、個々の動きは良くても、分隊としての連携が取れていない為、なんとなくまとまりのない様な印象を受ける。


 じわじわと近付いて来る訓練生達。想定通りのルートを取っている。

 さて。耳栓代わりにタバコの吸殻のフィルターを耳に突っ込む。タイミングをはかり……ポケットの中のスイッチをひねって押し込む。


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 腹に響く爆発音が複数。

 連中は物の見事に途中で仕掛けて置いたベアリングの玉や釘を詰め込んだC4トラップに引っかかってくれた様だ。

 緩く円を描く様に仕掛けて置いたから、分隊規模なら全員何らかのダメージは食らっている筈だ。耳のフィルターを取って聞き耳を立てると、呻き声が二、三人分って所か。


 呻き声のする辺りに指切りをしながらフルオートで弾をばらまく。相手からの反撃は……無い。


 様子を見る事一時間。トラップ辺りに動き無し。敵後続も無し。警戒しながら教官のいた場所に戻って見ると、教官はすでに絶命していた。あれだけ撃たれてれば出血量も相当な物だったからなぁ…


 チチッ。


 舌打ちの音。残していった伊藤達が爆発音で俺の居場所を特定したのだろう。こちらからも合図の舌打ち音を返す。


 きっちり周辺警戒しながら伊藤達が近付いて来た。


「俺達の出番がなかったじゃないか」

「俺もまさかこんなに上手くいくとは思ってなかった」


 そう言って笑い合う。


「ただ……後詰めがあるかもしれん。とっとと離れた方が無難だろう」


 さすがリーダーの伊藤。。他の連中も頷いている。


 離れていた山口とも合流し、予定していた進行方向とは別のルートを進む。

 俺達のルートを敵に押さえられていた場合を考え、目標地点を回り込んで行く様なルートを取る事に。


 その音がしたのは突然だった。教官達を殺った場所から二時間程移動し、町中に入り込んだ時だ。


 鉄のこすれる重い音。

 重量のある物に踏み締められるアスファルトと瓦礫の音。


 タコだ。足音から複数……おそらく三機。全員散開して身を隠す。が、このままではタコのセンサーに引っかかって全員見付かるだろう。その先に待つのは全滅だ。


 この訓練は対人戦を想定したモノだ。タコに有効な武装は持って来ていない。


 


 タコの一機がこちらに向かって歩を進めてくる。そう時間がない。


「伊藤!全員全力で撤退!俺が抑えるから森の方に逃げ込め!」

「馬鹿野郎!そんな事」

「対人装備のお前らじゃ対抗出来ないだろうが!俺の銃はタコに対処出来る!早く行け!」

「……すまん!」

「早く!」


 持っていた89式を手放し、背嚢も降ろして身軽になる。腰の銃を抜き、弾を確認。徹甲弾を詰めてきて正解だったな。


 ポンポンと音がして、俺のいる場所周辺が煙とアルミ箔に包まれる。伊藤達が援護のチャフをばらまいたな。


 手汗でぬるつく右手グローブを外して拳銃のグリップを握り締める。


 不意に香織の顔が脳裏に浮かんだ。

 全く……フラグ立てる気は無いんだが。




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