第3話

 街を出て四日目。日が暮れて来てそろそろ活動を開始する時間だ。


 今日はラッキーだった。山越えの最中に放置されたみかん畑を見付けたのだ。手入れされていない畑という事で、味はともかく、食料を手に入れる事が出来たというのはかなり大きい。


 昼間は交代で見張りに立ちながら眠り、夜になると動き出す。今の所敵性の人間には遭遇してはいない。


「準備が出来たか?行くぞ」


 リーダーの伊藤が小声で皆にそう言う。

 訓練の中止を判断する権限を持つ俺だが、リーダーの器では無い。なので、初日に訓練生の中で一番判断力のある伊藤をリーダーとする提案をした。周りの人間もそれに賛成したので伊藤をリーダーとして動いている訳だ。もちろん中止の権限は俺にある事は皆にも納得して貰っている。


 文句の一つも出るかと思っていたが、沢田さんの判断だと言う事と先日の単独偵察の件が効いたらしくあっさり納得して貰えた。

 ……内心どう思っているかはわからないが。


 山を一つ越え、森の中を進む。ほぼ全員ノクトビジョンを使っている為闇の中でも行動に問題は無い。


「チッ」


 ただ一人サーモグラフィカメラを着けている宮田から微かな舌打ちで合図があり皆ピタリと動きを止める。


「五百。六人」

「探してる?」

「パトロールの動き」


 小声の上簡素化した会話で情報をやり取りする俺達。

『五百メートル先に六人いて、俺達を探しているのでは無く定期パトロールだろう』という事だ。


 ひとまずやり過ごす事にして、その場で全員固まる。彼等の動きからこちらには来ないという判断だ。


 森の中の下生えをかき分け、離れた所を歩み去るパトロール隊だったが、最後尾の人が突然倒れた。慌ただしく動き出すパトロール隊。


「宮田」

「不明」


 伊藤と宮田の会話を聞きながら俺も周りを索敵する。発砲音がしなかったという事はある程度の距離からの攻撃か?クロスボウやコンパウンドボウなら距離的に全くの無音とはいかないからサプレッサーを使った狙撃だろう。それなら多少の音は距離でかき消せる。倒れた隊員の角度から俺達の左手前方からの狙撃だと推定出来る。


 全員に伏せる様指示を出す伊藤。ジリジリとパトロール隊から距離を取る動き。それに従って下がりながらも周辺警戒は怠らない。パトロール隊はと言えば、既に二人倒されパニック状態にある。あれでは全滅もあるか?


 俺達はパトロール隊を囮に(そもそもパトロール隊を狙っていたかもしれないが)狙撃手から距離を取る方向に移動する。

 ただ……俺達の向かう方向に罠を張っている可能性もある。なのでいつもより慎重に動いているが……


 チュン。

 近くを跳弾した音。その音はやけに間抜けに聞こえた。


「散開!」


 伊藤の声が掛かると同時に全員が散る。狙撃手はやはりこっちにも気付いていたのか、本来の目的が俺達だったのか……どっちにしろ襲われた以上俺達も奴らの目標だと言わざるを得ない。目的は不明だが……


 全員立木の影に入り、先程とは違う方向の射線から身を隠す。狙撃手が移動している事が解るが、距離があるとはいえ気付かれない様に移動出来るとは……しかし。


「あからさま過ぎるな」

 そう伊藤に話しかけると、


「……確かに。回り込まれるか?」

「その可能性は高いと思う」


 移動しての狙撃だが、狙撃手は微妙な移動しかしておらず、そう射線の向きは変わっていない。何となくだが、同一方向へ追い込もうという意志を感じる。


「宮田!全周警戒!みんなも周りに気を付けろ!」


 周りを警戒しながら戦闘の場から離れる俺達だったが、


 パパッ!


 やはり後方にも敵がいた様だ。というか本隊の方に追い込まれたか?

 散発的におこる銃声。まだはっきりと俺達の居場所を特定出来ていないらしい。


 ……うーん。狙撃手の腕と本隊の連中のレベルが違い過ぎる。相手を確認もせずに発砲するなんて、自分達の居場所を俺達に教えてくれている様なものだ。


 後方からの襲撃だったが、これなら俺達の敵では無いか?体勢を立て直し、発砲時のフラッシュを目安にして敵に接近していく。


 ある程度接近した所で動きを止める。しばらく待つと、草陰で動く敵を目視出来た。うん。これは練度が低いな。


 ゴソゴソと動く敵をサイトイン。引き金を引く。


 パンッ


 ノクトビジョン越しに敵が倒れるのが確認出来た。即移動する。


 パパパパッ!


 俺が発砲した辺りに銃弾が集中する。居場所を教えてくれてありがとう。

 散開している伊藤達からも発砲炎がはっきり見えていたようで、散発的に発砲音が聞こえる。セミで撃ってるという事は敵をしっかり確認出来ている証拠だ。


 こちらの反撃で徐々に数を減らしていく敵。時々フルで弾を撒き散らしている奴もいたが、今はもうそれも止み、静かになった。

 パトロール隊の方も撤退した様だ。こちらが交戦している最中に引いたらしい。あの狙撃手のレベルならパトロール隊を全滅させる事も可能だった筈だが……いまいち連中の意図がわからない。


 敵の死体を漁ってみるが、特に何かを特定出来る物は見つからず。


「どう言う事なんだ?」


 伊藤が俺に話し掛けてくる。


「わからない。俺達あのパトロール隊と間違われたのか、俺達パトロール隊が間違われたのか……」


 とはいえ今は判断材料が少な過ぎる。


「……とりあえず訓練は続行だな」

「ああ……よし!全員異常が無ければ進むぞ!」


 再び行軍を始めながらも、あの狙撃手の手際の良さが頭から離れない。


 ……また奴とは会いそうだな。

 何となくそう思いながら歩を進める。




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