第2話
訓練の時には着慣れた耐圧服ではなく、戦闘服に半長靴が制服だ。
「おらおら!まだ顔が水から出てるじゃないか!何死にそうな顔してる!そんな顔出来るなら死にゃしないぞ!出来るまで上がらせないからな!」
体力のある内に半長靴とズボンを脱げたのが勝因だな。
トレーニングジム跡にあったプールを改造し、三メートル程の深さにしたプールから何とか上がる許可を貰い、全身で息をする。
水中で靴と服を脱ぎ、ズボンで浮き袋を作る訓練。
寒さと水圧でまとわりつく服のおかげで簡単に出来る事では無い。
プールの方を見る余裕が出来たが……
あー。
溺死する寸前の人間ってあんな顔するんだな……
「いつまで休んでるコウ!もう一回!」
のろのろと装備を身につけ直し、プールに飛び込む。
顔が水面から出ている間に息を吸い、水中で半長靴を脱ぐ。片足が脱げた所で息継ぎをしてもう片方を脱ぐ。
脱いだ半長靴の靴紐同士を結び、首に掛ける。ここで靴を落とすと拾えるまで潜らされるから、沈みながら紐を結ぶ。変に立ち泳ぎしながらだと無駄に体力を消耗するから紐を結ぶ時に楽をするのがコツだ。
次はズボンを脱ぐのだが、水中だと水圧で足にズボンがへばりつく為、脱ぐだけでひと苦労だ。ウエストを緩めて少しでもズボンの中に水を入れてやると多少は楽になる。何とか脱げたズボンの裾をそれぞれ結ぶ。
今までは息継ぎの時だけ泳いでいればよかったが、これからは立ち泳ぎしっぱなしになる。勢いをつけて水面から顔を出し、ウエスト部分を両手で持ち水面に叩き付ける。
何度も叩き付けている内に少しづつ空気がズボンの足部分に溜まってくる。ある程度溜まった所でウエスト部分を両手で絞込み、股の間に身体を乗せて荒い息を整える。
「コウはコツを掴んだな!上がっていいぞ!」
上がれば上がったで何かをさせられるのは目に見えている。ゆっくりとプール際に泳いでいると、足をいきなり掴まれる。
服が脱げずに苦しんでいる奴だ。共倒れする気は無いので遠慮なく蹴り飛ばす。死ぬ前には助けて貰えるから大丈夫だ。……それを大丈夫と言っていいのかわからないが。
こんな調子でしごかれ続けている訳だが……
訓練の合間には街のセンサー範囲外の哨戒もやっているので、身体を休める暇も無い。
訓練が始まってまだ一週間程だが、皆目がギラついてきた。鏡なんか見る暇は無いが、きっと俺もそうなっているのだろう。訓練生は全員寮生活で、二十四時間いつ訓練が始まるかはおやっさんと沢田さんの気分次第だ。
沢田さんが言うには、
「時間の使い方を覚えろ。ちょっとした時間を使って弛緩する事も必要だからな」
という事で、訓練時間はかなり不規則だ。
まぁこんな時代にタコなんかに乗っている連中だ。飯が食えないとか寝る時間が無いとかは普通の生活をしていても割とある事だし、その辺の不満はあまり出てこない。
とはいえ、いつ掛かるかわからない呼集の為に身体を休める生活というのも中々辛い物がある。三日四日程度ならまだ耐えられるが、いつ終わるかわからん状態でもう半月こういう生活を続けているのだから。
「全員玄関前に集合!」
夜中の三時前に沢田さんの声が響く。五分以内に集合出来なかったら罰が待っている。
が、俺達もいい加減この生活に慣れてきているので、沢田さんが声を掛ける前、扉を開ける辺りで目は覚める様になっているのだが。
玄関前に集合した俺達に沢田さんが、
「全員これから監視の網をかいくぐって東の自治体までまで行ってもらう。期限は往復二週間。タコは無しだ。質問は?」
「東を敵性として考えるのですか?」
「そうだ。あちらにも敵として扱う様に依頼してある。捕まった時の対応も敵を捕獲した時と同じ様にしてくれと頼んであるからな。痛い目に逢いたくなければ見つかるな!他に質問が無ければ背嚢を取って来てすぐに出発!」
部屋の背嚢を取りに行こうとすると、
「コウ。ちょっとこい」
「何ですか?」
「……連中がやってくる可能性がある。訓練の情報が漏れているかもしれん。こちらでも探っておくが……生きて帰れよ」
「また面倒な事を……」
「最悪訓練を中止しろ。その時は東に逃げ込んでいいからそこはお前の判断で動け。その権限はお前にあると全員に通達して置く」
「……やだなぁ」
「指揮を執る事も含めて訓練だと思え。いつまでもお前を単独で使って貰えると思うなよ?」
「はぁ……」
……そういう思惑もあった訳だ。
沢田さん達の期待に応えられずに申し訳無いが、人を使える器じゃない事は自分が一番良くわかっている。多分所長辺りはその辺も理解しているとは思うが。
沢田さんと話をしている間に訓練生が全員準備を済ませて集合していた。俺が遅れて部屋に戻り準備を終わらせて出てくる間に沢田さんが先程の件を説明していたらしい。
……何でコイツがって顔している奴が幾人かいる。要注意だなコイツら。
若干の潜在的な問題を抱えつつ、午前三時十五分。総勢十名の訓練部隊は東の自治体を偵察する為出発。
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