第21話

「おい!コウはどうした!」

「偵察です!念の為北西方面の哨戒を任されたと聞いてます!」


 沢田の問いかけに小隊員から返事が帰って来る。


 始まった……か。

 所長の予想が外れてくれたらいいのだが……


 胸の内でそう呟き、タコを急遽掘りあげた塹壕の際に止める沢田。一番侵攻の可能性が高い所に配備された沢田の部隊総数七機。


「ドローンの方はどうだ?」

「今の所動きはないようです」

「連中の動きが止まった……か」

「しかしここまで来ればこの街が目標という事で確定でしょう」


 じわじわとこちらに向かって来ていた『暴徒』の部隊。今日になって動きが急に止まった。理由は不明。

 罠を張った辺りから一時間も掛からないくらいの位置に陣取っているようだ。


「増援待ち……でしょうか?」


 沢田との付き合いも長い伊東の疑問に、


「それならもっと早く増援が向かって来ている筈だ。何らかの理由があるんだろ」

「……いまいち連中の考えがわからないですね。こっちから打って出ないんですか?」

「アホ。せっかく罠張ったのに無駄になるだろ?」


 伊東の疑問を一言で黙らせ、腕を組んで連中のいる方向を眺める。


 嵐の前の静けさ……か。


 独りごちる沢田。敵の動きが所長の予想通りなのが気に食わないが……これからの連中の動きがこちらの予想から外れてくれる事を祈る。そしてその願いが叶う事はこの状況ではおそらく無いだろう事も沢田は理解していた。


「クソったれ」


 誰かに言うとも無く口をついた罵声は風に流れて誰にも届かず消えた。


 ◆◇◆◇◆◇


「ねーねーあとどれくらいのってるの?」

「バスでねんねして明日までよ」

「えーつまんない」


 荒れたアスファルト舗装の上をガタガタ言わせながらバスは走る。

 そう変わり映えしない景色に、初めのうちは喜んでいた子供たちも飽きてきた様だ。


 ギャーギャー騒ぐ子供たちのおかげで、避難する悲壮感がだいぶ和らぐ。

 バス二台と護衛のタコが三機。総員七十三名の避難民を乗せ、キャラバンは進む。


「ごめんね香織ちゃん。あたしが面倒見れなくて……」

「大丈夫よぉ!ミキちゃん可愛いし」


 赤ちゃんにおっぱいをあげながら申し訳無さそうにそう言う美和にひらひらと手を振りながら香織はそう返す。


「そうよ。赤ちゃんいるんだからしょうがないんだよ?」

「チビちゃん達はあたし達も見とくから気にしないの」


 隣の席に座る野呂さんと奈津子ばあちゃんが口を揃える。


「子供たちが元気なのはいい事なんだから。こんな時代なんだし」

「そうよぉ。この歳になると子供たちの元気にゃついていけないけどさ」


 ガハハと笑う奈津子ばあちゃん。


「でもホントに街が襲われるのかねぇ」

「んー……はっきりしないけどね。まぁ半分観光のつもりでいいんじゃない?」

「そうねぇ。他の街に行くなんて今どきなかなかない事だし」


 お気楽なばあちゃん達の話を聞きながらも、香織は内心気を張り続けていた。父や沢田さん、コウから聞いた『暴徒』のやり口を思い出す。


 物資は根こそぎ奪い取り、『使える』女はおもちゃ。そうでない人達は奴隷として使い捨て。子供たちは少年兵として使うという噂すらある。

 思わず身震いするが、窓の外でバスを囲む様に並走しているタコを見て少し落ち着く。


 堀田さんもいるしね。


 護衛に付いたメンバーは堀田さんを筆頭に、コウや沢田さんの様に派手さは無いが、堅実な戦い方をする人達だ。護衛にはうってつけのメンバー。


 ……でも。


 何故か香織は不安を抑える事が出来なかった。

 ……コウがいたらこんな気持ちにはならなかったのに。


 ギャアァァァッ!


 タコのローラーが地を噛む音。先頭のタコが急加速したらしい。その動きに子供たちは喜ぶが、本来そういう動きは何かしらの異変が無いと起こりえない。反射的にバスの天井に開いた銃座に向かう。


 ガガガ!


 バスとタコの間に撃ち込まれる銃弾。

 一本道で逃げ場も無く、仕方なしに急ブレーキで止まるバス。射撃された方向に向かって盾の様に固まる堀田さん達。


『おい!動くなよ!当たっちまうからな』


 スピーカー越しの声と共にビルの影からタコが二機現れる。

 その姿を見てこちらの先頭にいたタコが銃を向ける。他の二機は周辺警戒。


『黙って着いてこい。そうすりゃ命は取らない』


 怯える子供たちを抱き締めて宥める大人達。香織も銃座のCAL.50をタコのいる方向に向ける。


『おいおい。やる気か?』

『二機相手くらいならこっちも余裕だ!』

『ほー。強気だなぁ。……これでもか?』


 声と共に周りから更にタコが現れる。総数六機。


『素直に投降した方が幸せだと思うぞぉ?』


 ガガガガガガ!


 四方八方から飛んでくる銃弾。全て狙いを外している様だが、バスの車内では絶叫と悲鳴が上がる。


『ほらな?俺達は優しいだろ?一発も当ててないんだから』


 CAL.50のグリップを両手で握りしめて唇を噛む香織。

 この逃げ場の無い状況では戦うしか無いのだが、戦力の差が倍の相手にどうすればいいのか……


『あーもう面倒臭い。おい!やれ』


 その声に反応する堀田さん。そして聞こえる発砲音。


「……どうして」


 堀田さんの撃った銃弾は……味方の機体二機を撃ち抜いていた。倒れ込む二機の機体。


 堀田さんの機体は間違い無く香織達のバスに銃口を向けていた。


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