第20話

 加藤の持って来た謎すぎるおもちゃ。

 結局通常のミッションザック程度の値段で購入した。と言えば加藤に負けた様に聞こえるが、俺の持つミッションザックを下取り相場の二割増で引き取らせたので加藤の儲けはかなり目減りした筈だ。実際加藤の顔はかなり引きつっていた。


 とにかく。

 新しいおもちゃは手に入ったが、それに係っきりで遊んでいる訳にもいかない。新しい装備に慣れるため背中にザックを背負ったまま罠作りに参加する。

 全く……必要以上に操縦に気を使いながら穴掘ったり地雷埋めたり。


「何だ?その背中のは?」

「加藤に売り付けられたんですよ堀田さん」


 沢田さん直下部隊の古株である堀田さんが声を掛けてきた。俺が沢田さんにしごかれてぶっ倒れている時に世話を焼いてくれる常識人だ。


「アイツから変な物ばっかり買うから加藤が図に乗るんだよ」

「……あいつ俺のツボを知ってますから……」

「今度は何を売り付けられたんだ?」

「ミッションザックの改良型だそうです。ただ反応のコントロールが」

「おいおい大丈夫か?朝から動きがエラく慎重だと思ったら」

「使いこなせればいい戦力になるんですが……使いこなせれば」

「そりゃ無理って言ってる様なモンだろが」

「もう少し時間があればどうにかなったと思うんですが」

「……まぁ無理して今回使う事もなかろ?」


 そう言って罠作りに戻る堀田さん。機体の背中に鳥のフンがついている。キレイ好きな堀田さんが気付けば発狂レベルで怒り出しそうだ。

しかしさすがに古株。罠作りの手際がいい。俺はと言えば反応が上がり過ぎた機体のコントロールで必死だ。

 ……笑う奴がいるならアクセル全開固定のままの車を運転して路地裏を低速で走ってみる事を想像すればいい。


 身体がというより精神的に疲れて家に帰れば香織がいるし。


「おかえり」

「何で当然の様に家にいるんだよ!」

「うるさいコウの癖に」


 調子は戻った様で何よりだ。出来ればその戻った調子は別の人に向けて欲しいのだが。


「何だよ?」

「用がなけりゃ来ちゃダメなの?来てもらって嬉しいでしょ?こんな美女に」

「わーいうれしいなー」

「棒読み!」


 降着した俺の機体を見ながら、


「また変な物が付いてる」

「昨日買わされたんだよ」

「使えるのか怪しいわね……ねぇコウ?あたしやっぱりちゃんと避難する事にしたの」

「……隠れてでも居残るかと思った」


 殴られるかと身構えたのだが、香織は気にせずソファに座り込んで、


「それも考えたの。でも……子供たちやばぁちゃん達を守るのもあたしの仕事かなって」

「そうしてくれると俺も安心だよ」

「本当に?……コウ。危なくなったら逃げて……ね?」

「わかったよ。俺も命が大事だから」


 そう言うと香織には珍しく哀しそうに笑って、


「嘘。あなたは身内を捨てられない人だもん。この街の人達はコウの身内でしょ?」

「……」


 痛い所を突かれて黙り込む俺を見ずに香織は立ち上がり、外へと歩き出す。そして、


「ここまで言って敵が来なかったら笑えるわよね」


 そう軽口を叩くが、その声は涙声。


「……ちゃんと街を守ってね。あたし達が帰って来れる様に」


 背を向けたままそう言い残して香織は出て行った。声も無く黙って見送る。


 何か言って置くべきだったかも知れなかった。

 でも……何を言っても気休めにしかならない様な気がして何も言えなかった。


 香織が帰った後の家の中は、いつもと違い何か空虚な感じがした。

 その空気に耐えきれず外へ出る。


 すっかり日も落ち、暗くなった空を見上げる。街の明かりも少なく、街灯も無い家の外で暗闇に慣れた目には驚く程に明るい三日月が見えた。月を見上げるなんていつぶりだろうか……


 腰を地面に下ろし、壁にもたれて空を見上げて、香織に掛けるべきだった言葉を今更ながら探す。


 掛けるべき時に掛ける言葉を持たないヘタレな俺を、嘲笑う様に澄んだ光で月が照らしていた。


◆◇◆◇◆◇


「じゃあ街の事はお願いね!」

「おう。任せとけ」


 連中はまだウチの街を攻めるかどうかわからない。が、ギリギリまで粘る必要も無いという事で、非戦闘員を避難させる事になった。避難先は相互安全保障を結んでいる東の『自治体』。途中まで避難民を迎えに来てくれるそうだ。


「気を付けてな。何かあっても無茶はするなよ?周りの人達に影響あるからな」

「わかってる……って言いたいけど、良く考えて動いてみるね」

「あぁ。堀田さんの言う事をちゃんと聞けば大丈夫だ」


 避難バスの脇に立つタコから顔を出した堀田さんを見ながらそう言う。


「任せとけ!ちゃんと守ってやるから指示には従ってくれよ?」

「はい!よろしくお願いします!」

「面倒臭い任務とは思うけど……みんなの事を頼みます」


堀田さんのタコに歩み寄り、堀田さんにも声を掛ける。


「任されてやるよ!指一本触れさせないからな!」


 豪快な笑い声と共にハッチを閉じて立ち上がる堀田さんのタコ。


「コウもホントに無理しないで!行ってきます!」


 そんな香織の声が遠ざかって行く。ここからなら二日あれば東の『自治体』の勢力圏に入れる筈だ。


 ……何事も無ければの話だが。


走り出す避難バス。バスの天井にでも止まっていたのが、動き出して驚いたのか……鳩が西の方に飛んで行く。


 さて。俺も準備しないとな。

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