第11話

 タコが周辺を警戒しているのが駆動音で判る。各種センサーに引っかからない様に息を殺し身動みじろぎひとつしない。


 しばらく警戒していた様だが、特に問題ないと判断したのか、足音が遠ざかって行く。


 が、その振動で瓦礫が少し崩れる。拳大の瓦礫が頭に落ちてきた。ッツッ!!


 声は出さなかったが、瓦礫の崩れる音に一瞬タコの動きが止まる。

 クソとっととどっか行け!


 俺の想いが通じたのか、再びタコは動き出し、そして静寂が戻ってきた。


 ……さっき落ちてきた瓦礫で頭を切ったらしい。ぬるりとしたモノが頭から垂れてきた。とりあえずタオル地のハンカチで傷口を圧迫して血を止める。綺麗に切れた傷では無いので、押さえ付けると結構痛い。


 しばらくすると血も止まった様だ。処置をしている時間も周りを警戒していたが、特に動きもない。ゆっくりと動き出し、瓦礫の山を抜けた。


 背嚢を背負い直し、警戒しつつタコを置いて来た場所を目指す。必要な情報は記録を取ったし、捕虜の件も確認出来た。これ以上は危険だと判断する。


 例のルーキーが脱走したルートを……敢えてたどらない。何となく嫌な予感がする。

 これだけ練度の高い連中が、たまたまとはいえ脱走を許してその上そのルートを放置するとは思えない。が、全く別ルートを取るには警備が厳しすぎる。

 折衷案としてルーキーの脱走したルートを監視する様なルートを取る。これなら脱走ルートを監視している連中を発見しやすい。


 ほんの少しづつ警戒しながら進むと、脱走ルートを隠れて監視している奴を見つける。

 監視しているのは見える範囲ではひとり。倒してしまうのは簡単だが、それだと侵入者がいる事がバレバレだ。見廻りならそのうち移動するだろうから迂回してやり過ごし、少し離れた場所の空きビルに隠れる。

 全く……こういう時には段ボール箱が欲しくなる。


 見廻り部隊が移動して行くのを空きビルから確認。小休止を取る。

 血が止まった傷口を確かめる。そう深いモノでは無いが、髪の毛が邪魔で絆創膏が貼れない。しょうがないので無理やり絆創膏を当て、バンダナで押さえ付けてから帽子をかぶる。痛み止めもあるが、僅かでも反応がにぶるのを嫌って飲まない。


 背嚢のポケットに絆創膏を直すため手を突っ込むと、何か入っている。引っ張り出すと昔よくコンビニで食い物を買うと入っていたおしぼりと紙切れ。紙切れの中には、

「持ってけ!使う時は感謝しろ!」

 と書いてある。アイツは……全く。


 ちょうどいいので、袋を破り顔に垂れた血を拭く。おしぼりは古い物だったが、まだ湿り気を帯びていた。


 見廻りをやり過ごしてから丸一日。やっとタコを隠した辺りに戻ってきた。やはり脱走兵ルートは既に抑えられていて、あちこちに見張りが身を隠して監視していた。バカ正直に同じルートを帰って来ていたら、あっさり発見されていただろう。

 ……まぁ俺が潜入する時にはそのルートをまだ把握していなかった様で、俺はギリ間に合ったって感じか。


 ……おかしい。


 タコを隠した場所近くには、俺にしかわからない形であちこちにを仕掛けて置いた。と言っても電子機器では無い。昔ながらの髪の毛やその辺の草を使ったモノだ。


 それの幾つかが切れたり無くなっていたりする。これは……


 その場から撤退しようとした瞬間、少し離れたビルの影からタコの起動する音。四機はいるか?走行モードで近付いて来る。


『おかえりなさいネズミさん』


 侮蔑の響きの伴った声。


『侵入するならこの近辺にタコを隠して行くと思ったが……大当たりだった様だな』


 声と共にタコの足音が周りから近付き、四機のタコが俺を囲む様に現れる。


『大人しく捕まっとけ。


 他のタコから起きる笑い。喋っているのが隊長格らしい。

 どうせヤツらの言う通りにしても生きては帰れない。所詮略奪して廻ってる連中だし……全く品性お下劣なもんだ。


『タコに乗ってても四機相手じゃキツいだろ?生身じゃ無理だから諦めろって』


 CAL.50を一射。威嚇射撃だが、砕かれた細かい破片が俺を打つ。


『肉片にゃなりたくないだろ?』


 そりゃそうだ。手を伸ばす。


『へー。やる気なんだな。遊んでやるから楽しませてくれよ?』


 そう言って俺の隣りのビルに銃弾を撃ち込む。砕かれたビルに大穴が開き、ビルの破片が俺に当たるが痛みを無視して走る。


『あんま走り回るなよ。当てちゃうだろ?』


 余裕をカマしているが、奴らの狙いは俺のタコだ。追い詰められた俺がタコに乗り込もうとした所で機体を鹵獲ろかくしようと言う腹だろう。


 だが、今の俺の装備をヤツらは知らない。


 ホルスターのホックを外し、腰からを引き抜く。


『ははははは!まさか拳銃でこいつに立ち向かうつもりか!いいぞ!笑わせてくれる』


 笑っとけ。


 ハッチ部分の装甲板は厚く頑丈だ。だが横側はハッチと比べると多少薄い。そしてこの銃には今


 ダブルタップで隊長機の右腕の付け根を撃つ。狙い通りに肩部の人工筋肉を撃ち抜いた徹甲弾。これで隊長のタコは銃を使えない。


 無駄口を叩く余裕を無くした様子の隊長機の足元を回り込み、背後から腰の駆動液タンクを撃つ。隊長機を撃つ事を恐れてか、他の機体は銃を撃たない。


 近くにいた次のタコは足元のローラー部分を撃ち、残りのタコの方に左腰から取り出したフラッシュグレネードを放り投げ、先程隊長が撃ち抜いたビルの大穴に飛び込む。


 扉のちょうつがいを撃ち、蹴り飛ばして廊下に逃げ込む頃にフラッシュグレネードが破裂する音がした。

 これで少しは時間が稼げる。


 さてと。上階に逃げるまで待ってくれるか……

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