第10話

 出発して六日目。連中の勢力圏の奥。元自衛隊の基地だった場所が目視出来る所までたどり着いて一日経った。


 と言えば簡単に侵入出来た様に聞こえるが……


 所長は組織立った集団を『軍』と認めない。

 それを認めてしまうと、自治体の権限を越えてしまうから……だそうだ。なのでコイツらはあくまで『暴徒』という事になっている。


 全く……何と呼ぼうが連中の持つ力は変わらない。そしてそんな連中の勢力圏に一人で潜入しなきゃいけない俺の身にもなれ。


 の殆どない見廻り。

 訓練された小隊がいる『砦』。

 意図的に空いた穴に仕掛けられたセンサーや地雷。


 そんな厳重な警備をくぐり抜けられた理由。俺を襲って来たルーキーっぽい奴。実はあいつはここからタコを持って脱走した様だ。

 内部からしか見えない警備の穴をついてあそこまで逃げて来たらしい。それで疑心暗鬼から俺を襲って返り討ちにあってりゃ世話は無いが。


 この情報があったからこそ今の俺の単独偵察なんてモノが立案されたという事だ。クソあんなもん小遣い稼ぎで売り飛ばさなけりゃよかった。


 偵察という事でタコは連中の勢力圏外に隠し、徒歩で潜入し、見つかるリスクを減らしたのだが、持ち込む荷物も極力減らさざるを得なかった為満足に飯も食えず。そして今いる場所も連中の監視対象らしく、定期的に見廻りがくる。なのでこちらもちょこまか移動を余儀なくされている。


 必要以上に動く事は、連中に見つかる可能性を高める事になるから動きたくないんだが……隠れる事で見逃して貰える程見廻り部隊も甘くない。


 数ヶ所見付けた隠れ場所を移動する事でかわしているが、見廻りのパターンをいきなり変えてくる為気を抜けない状況が続く。


 そんな中で情報を集めているのだが……予想以上にヤバいなこれは。


 タコも予想よりも多く、二〜三中隊は編成出来るくらいの数がある。

 タコの種類は二八式が多いが、中にはアメリカ製のタロスIIIや中国製の恒河、ロシア製のミーシャ等が見受けられる。これはもう大隊規模だ。


 通常型が殆どを占めるが、遠距離型や何を想定しているのか格闘型まである。


 基地自体も要塞化され、防弾の為の装甲板の隙間から対空高射砲……か?

 その他にもCAL.50も多数。


 余程考えて戦いを挑まないと逆にこちらが叩き潰されるな。航空戦力があれば楽なんだが……


 今この世界では航空勢力がほぼ存在しない。

 理由は単純に操縦出来る人間がいないから。

 戦争によって操縦士を育成する前に人員を減らされてしまい、更にタコの天敵という事で真っ先に攻撃対象とされた為にまともな機体が残らず、残った機体も整備が満足に出来ずに鉄クズと化した。

 ドローンも電波妨害により使い物にならず……と。


 ん?


 略奪部隊が帰って来たか?入口の門が開いた。タコが……八機とトラックが三台。

 門から入ってもショートカットせずにきちんと舗装路を移動している。

 おそらく連中が通っている場所以外には地雷をばらまいてあるな。


 建物前にトラックが止まり、荷台に乗せられていた荷物……食料や物資だな。それから……


 あー。


 女か。


 怯え切った様子の女達をタコの銃でつついて移動させる。その先どうなるかは……言わぬが花か。


 しかし捕虜までいるのか……尚更攻略が難しくなった。

 捕虜の中には、今回協力する予定の他の『自治体』にいた人もいるだろう。そんな中捕虜を『壁』にでも使われたら……おそらく捕虜の対応を巡って最悪仲間割れだ。そんな状態でコイツらと戦うなんて自殺行為に近い。


 女達を建物内に追いやった後、タコが格納庫らしき建物に入って行く。ある意味最重要地点だけに警備にもかなり力が入っている。外壁の装甲板も何枚重ねだアレは。


 タコ同士の戦闘と違い、拠点を攻めるならそれなりの装備が必要なんだが、その辺大丈夫なのか?頼むぜ所長。


 監視を続けていたが、今いる建物の近くでタコの駆動音が一瞬聞こえた。ヤバいな……監視に気を取られすぎた。機材をまとめて背嚢にぶち込み、撤収しようとしたが……

 階下から足音らしき音がした。即座に外柵にフックを瓦礫で見えない位置に掛け、ビルとの間に身を投げる。


 腹に着けた小型のウインチからワイヤののびる音を聞きながら、周りを見渡す。幸いこの近辺には見廻りはいない様だ。どうしても出る音を嫌い、ブレーキを必要最小限に抑える。


 二〜三十メートルくらい落ちればあっという間だ。ウインチを身体全体をくの字に折って覆う様にしながらブレーキを小刻みに掛ける。それでも漏れる制動音。


 三階を過ぎた辺りでスピードが安全なくらいまで落ちる。二階を過ぎた所で腹のウインチを外して飛び降り、足音を殺して走る。


 ベルトを外すと自動でフックの所まで巻き戻る様に設定してあるウインチがゆっくりと登って行くのを確認して、耳をすます。

 タコの音は……この建物の西側か。頭の中で周辺の地理を確認。北側は倒壊した隣のビルでタコは動きが取れない。南から回り込んで来るなら東に逃げるのがいいのだろうが……


 敢えて瓦礫の山の中に向かう。ここでタコをかわして西に逃げる。


 倒壊したビルの瓦礫で一見通れない様に見えるが、何とか人ひとりなら通れる隙間は見付けてある。が、いつ崩れてくるかわからない程不安定な状態である事も確認済。

 背嚢を一旦下ろし、胸元に抱え込んで瓦礫の中に潜り込み第二匍匐ほふくの足使いだけで前に進む。


 光の入らない所まで潜り込んだ所でサーモに引っかからない様にアルミ蒸着シートで身体を覆う。なんせ今の俺の格好は上下グレーのスウェットにポケットを至る所に自分で縫い付けたモノで、中に耐圧服を着ているとはいえ体熱がダダ漏れだ。確実とは言えないが、多少は見つかりにくくなった筈だと自分を無理やり納得させる。


 近付いて来るタコの駆動音。タコが歩く振動で俺の周りの瓦礫が揺れる。


 額から汗が顔を伝って地面にしたたり落ちた。

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