第9話
ぷらつきながら歩いていたせいか結構時間を掛けて店に着いた。
「おかえりー」
おカミさんの明るい声。客は六分くらいの入りという所か。空いた席に着くと、
「今日はあたしのおすすめね!」
香織に注文を勝手に決められる。
なぜ俺は付き合ってもいない香織の尻に敷かれているのか。答えの出ないであろう悩みに頭をひねっていると、
「とりあえずこれでも食べときな!」
牛すじ煮込みと瓶ビール。さすがおカミさん。
よく煮込んである牛すじは柔らかく、味もしみて美味い。辛めの味付けにビールが進む。
「大変な仕事になるんだろ?それはあたしのおごりだからね」
「いつもありがとう」
「お母さん!コウを甘やかしちゃダメっていっつも言ってるでしょ!」
「何言ってんだい。あたしにとっちゃあんたと同じでコウはあたしの子供みたいなもんじゃないか?それともあたしに焼きもちやいてるのかい?」
「なっ!」
そのやり取りで客に笑いが起こり、
「もう!」
怒って厨房に入ってしまう。
「はぁ……心配するのも解るんだけどねぇ。心配している相手を不安にさせてどうすんだいあの子は」
「それは大丈夫だよ。でも……」
「それこそ大丈夫よ!ちゃんとあたし達がフォローしとくから!」
「……すんません」
「あんたは自分の心配しとけばいいのよ!」
バシバシ叩かれる。さすが香織の母ちゃん。
結局香織はあの後厨房から出てくる事は無かった。
飯を食い終わり店を出ると、
「おい」
声と共に暗がりから伸びる
スウェイして避けた拳に襟元を掴まれ引っ張り込まれるが、逆らわずに相手に近付き、引かれた勢いのままヒジを入れる。……が、ごつい手のひらで受け止められてしまう。
「
「一応現役なんで。負傷引退した人に勝てない程度の腕だけど」
「まだお前には負けてやらん」
おやっさんと笑い合う。
「タコの装備は」
「スケルトンアーマーとミッションザック」
「ふむ。逃げ足仕様か」
「軍隊相手に俺一人ならこれしか手がないでしょう」
「俺でもそうする」
「お墨付きを貰えて安心しました」
「まだ早い。帰ってから言え」
そう言って背を向けるおやっさん。
「ありがとうございました」
手を挙げて店に戻るおやっさん。
帰り道。歩く足取りは軽くなっていた。我ながら現金なモノだと思う。この話を聞いた時と違い、手を貸してくれる人達のおかげで気が楽になっていた。
だが楽観出来る物では無い。
だから今出来る事をやれるだけやっておこう。それでダメなら俺もそれまでの人間だったってだけの事だ。
綺麗な夜空を見上げながらのんびりと歩く。
落ち着いたと言うよりも腹が据わった感じだな。
機体の準備はまだだが、俺の準備は整った様だ。
━━━━━
次の日は機体を仕上げる事に専念し、あくる日夜明け前。
ヒビだらけのアスファルトの上を快調に走る。軽量化がかなり効いていて、動きが軽い。その分安定性が落ちているが、それはそういう物だと諦めるしかない。
出発前の事。準備を整え終わった俺が一服していると、香織がやって来た。
「今日くらいはご飯食べるひまあるでしょ?持っていきなさい」
「……ありがとう」
「どれくらいで帰ってくるの?」
「二週間は掛からんと思うが……相手次第だな」
「そう……」
下を向き目を合わせず会話を続ける香織。
その様子に俺も何も言えず黙ってタバコを吹かす。
「まっ!あんたの事だから大丈夫よね!」
明るく言うなら背中を向けるな。無理しているのがバレバレだ。
「おやっさんのお墨付きも貰ったんだ。大丈夫に決まってるだろ?」
あまりにも辛そうな様子に頭を撫でてやる。
「っくっ……うぅ……」
「泣くなよ」
「泣かすなっ!」
こんな時でも理不尽なヤツ。
「帰ってくるんだよ!ちゃんと!無事に!」
「……無事にってのはどうだかわからんが……ちゃんと帰ってくるよ」
「約束だからね!」
くるりと振り向き、俺に抱きつく香織。
抱きつくと言うよりベアハッグに近いが。
すぐに手を離して背を向け走り去る。耳赤いぞ。
小さくなる香織の背中を見ながら思う。
アイツ涙だけじゃなく鼻水までつけて行きやがった。これだからモテないんだぞ。
……と胸の中でけなしてもみたが、アイツが俺を心配してくれる気持ちは良く伝わったよ。
息をひとつ。
帰って来なきゃな。
降着姿勢を取っているタコに乗り込む。シートのコネクタに耐圧服がセットされている事を確認して五点式ハーネスを装着。メット一体式のVRモニタを一旦被り、モニタ部分を跳ね上げておく。
右手人差し指をコンソールの中に開いている穴に差し込む。グローブに内蔵されているメモリをメインCPUが読み取り、機体を起動させる。暗く沈んでいたコンソールにうっすらと様々な色が入った。
これはハッチを閉めた後スイッチのライトで目が眩まない様に光量を落としてある為だ。
メイン電源スイッチを入れる。
機体が一瞬震え、稼働状態に入る。計器類をチェックして機体を立たせる。オートとはいえ、外乱でバランスを崩すとあっさり転倒してしまうのでこの瞬間はやはり気を使う。
ゴーグル状のモニタを下ろしてハッチを閉める。と同時にカメラが稼働し始めて視界がタコ目線の物となる。
二三歩歩き、走行モードに。腰を落としダッシュする機体。
さて。行こうか相棒。
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