第8話
加藤が荷を下ろし、しばらくして帰る頃には駆動液は抜けていた。
この程度の汚れならやらなくても問題ないが……フラッシングしとくか。
今抜いた駆動液の半分にメチルアルコールと新品の駆動液を半々にして混ぜた物を足し、規定量にする。それを機体に戻し、人工筋肉を軽く動かしてやれば筋肉繊維の汚れが取れる。
吊るしてあるタコを下ろし、俺の機体を吊る。交換ポンプを逆転させて洗浄液を機体に入れていく。駆動液が筋肉に廻り、タンクが満タンになるまでの間に肩部ポットにミサイルを補充しておく。
粘度が低い為抜く時よりも早く洗浄液は入った。コクピットのスイッチを入れ、フラッシングモードに。機体から離れてしばらくすると、吊られたまま全身の人工筋肉が自動で小刻みに動き出す。その姿はまるで首を吊った人が苦悶している様で、今の俺が見ていて気分のいい物では無い。
昼飯を食いそこねたが、食欲なんぞある訳もなく、外壁にもたれかかってぼんやりと空を眺める。
皮肉なモノで、人工筋肉の普及と人口の減少で大気汚染がおさまり、今では綺麗な空をこうして眺める事が出来る様になった。そんな空を見ながらタバコに火をつけ空を汚す。
ただ好きな事やってたまにこうしてのんびり空を眺める生活が出来たら……
飽きるだろうな。
実際こんな状況に追い込まれながらも、どこかで楽しんでいる自分がいるのが解る。
全く……
時たま通る車やスクーターの昔とは違う静かな音を聞きながら、ぼんやりとタバコを吹かす。
ピピピッ
いつの間にか眠っていた様だ。フラッシング終了のアラームで目を覚ます。ふと気付くと、横に香織が座っていた。噂でも聞きつけたか?
「気持ち良さそうに寝てたね」
「寝てる時の事はわからん」
「こんな時でも通常営業ね……大丈夫なの?」
「さあ?帰ってくるつもりではいるが」
「……そう言って帰って来なかった事ないもんね。ちゃんと帰って来てよ?」
「努力はする」
再びタバコに火を付け、二人黙って空を眺める。いつもは口やかましい香織もなぜか静かだ。
しばらくはこうして二人座っていたが、じっとしている事に耐え切れなかった香織が動き出し、結局またバタバタとお出かけの準備に追われる。駆動液フィルター交換やらの機体整備を俺がしている間に香織はやれ着替えだやれ薬だとやかましい。
「だからそんなモン使うヒマなんてないから要らない」
「なんかあったらどうするの!持っていきなさい!」
「……あのな。行動中は人として最低限の暮らしすら出来ないんだよ。心配してくれるのはありがたいが、今回は特にスピードが大事なんだ。極力持って行く物は削ぎ落とす」
「……ちゃんと食べなきゃダメよ?」
「そのヒマがあったらな」
珍しく心配そうに俺を見る香織。
「……おやっさんになんか言われたのか?」
「……うん。今回はかなりヤバいかもって」
サバイバル能力の高い元空挺レンジャーのおやっさんにまで心配される仕事……か。
「でもね。コウなら大丈夫だろうって。手伝いに行ってこいってお店追い出されたの」
「いい迷惑だ」
べしっ。
「だからね。あたしも心配しない事にしたの」
「……人の頭を引っぱたいて何事も無かった様に話を進めるな」
「……しないって決めたのに……」
「久々に出たな『泣き虫香織』」
「うるさい!しょうがないでしょ!心配なんだから!」
「あーあーわかったわかった。必ず帰る。これでいいか?」
「……ずるい」
「お前との付き合いも長いからな。なんせ生まれて来てから時々間が空いたとはいえ今まで二十八年だ。お前の扱い方くらい把握している」
「普段はあたしに勝てないくせに……こんな時はあたしコウに絶対勝てないんだよね」
「ざまぁ」
ビシッ
「だからお前俺を簡単に殴る蹴るすんなよ」
「いいの!あたしだから」
「どこのジャイアンだ」
軽口を叩きあっているうちに香織も落ち着いた様だ。
「お土産は無事故でいいのよお兄さん」
「そしてそれを真に受けて手ぶらで帰るとお前に蹴られる訳だ」
「とーぜんよそんなの」
「解せぬ」
調子の戻ってきた風の香織と荷造りを続ける。それから二時間程経過。
「さってと。荷造りは大体終わったわね」
「結局要らないモンまで詰め込まれたが」
「必要になった時にはあたしを思い出して感謝の祈りを捧げなさい」
「やな宗教だな」
「んじゃ!晩御飯の時間だし!ウチにいきましょうか!拒否権はない!」
「へいへい」
「へいは一度!」
「Hey!」
「Yo!めーん」
「……どんなノリだ」
「あたしもわかんない」
妙なテンションのまま二人で歩いて店に向かう。やけに香織がはしゃいでいる気がするが……こういう時のヤツは危ない。感情のコントロールが難しくなっている時にこうなる事が多い。困ったもんだが、下手にいじると爆発して手が付けられなくなる。
そうこうしている内に店に着いた。ここなら最悪おやっさん達に任せておけば何とかなるか。
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