第7話

「晩御飯食べに来るんだよ!」


 そう言い残して香織は帰っていき、やっと静かになった。


 まだやることは色々とある。革を水に漬け込み、銃をフリージングバッグに入れて密封する。

 充分に水を吸った革の水気を軽く拭き取り、二つ折りにして中に銃を入れる。手で握って銃に革を馴染ませ、大まかに銃の形に沿って不要な所を切り取り、雑に縫う。乾くまで放置しておけば、革が縮んで銃に密着してくれる筈だ。本格的に縫うのは乾いてからだな。


 陽のあたる場所に銃を置いておく。本当なら陰干ししてじっくり乾燥させた方がいいんだが……香織に今まで使っていた銃を持って行かれたからな。どうも腰が軽いと落ち着かない。

 さて……タコの銃の手入れでもするか?軽整備程度は終わらせてあるが……


 そう考えている所に無線から声がした。


『コウ。いるか』

「何ですか?」

『お前が持ってきたHDDの解析が済んだ。明日十時に所長の所に』

「了解です」


 要件だけの簡潔なやり取りが終わる。

 いつも思うが、普段の愛想よさと無線の時のギャップがひどいぞ沢田さん。


 翌日。

 指定された時間に所長の元へ。ホルスターも何とか間に合い、新しい相棒と共に腰に収まっている。


「暴徒共の居場所が判明した」


 所長が地図の中の一点を指し示す。


「ここからだと……およそ百五十キロくらいですね」

「少々離れてはいるが、物資の輸送ルートを襲われているからここもダメージを受けている。そこで……だ」


 凄く嫌な予感。


「近隣の出張所の人員合同で暴徒を鎮圧する。各地の出張所の賛否は取ってある。しかし戦力をまとめるのには少々時間が掛かる。それでその間に君に偵察を頼む」

「簡単に言いますがね。アイツら暴徒と言うより実質軍隊ですよ?俺一人で出来ると思いますか?」


 背もたれに身体を預けてこちらを見る所長。


「合同で動く以上人員は割けない。そして単機で動き、生き残って帰還出来そうなのは君しかいない」

「おだてればどうにかなるとでも?無理な物は無理です」

「沢田も認める君が無理と言うならそうなのかもしれないが、これは総力戦になる。君を遊ばせておく余裕はない。これは決定事項だ」

「……」


 視線で殺せるんじゃないかという勢いで睨みつけるが、所長様は涼しい顔だ。


「それとも誰かの指揮下に入るか?君にはそっちの方が無理なのではないかと私は思うのだが、違うかね?」

「……ミッションザックと新品の駆動液二台分。報酬は二倍で経費のそっち持ち。それとそっちの持つ情報の無制限開示」

「全て飲もう。報酬は三倍にする。それくらいの事はするつもりだったからな。半分は手付けとして渡しておく。準備に何日必要だ?」

「……四日だな。駆動液交換に時間が掛かる」

「わかった。可能な限り急いでくれ。注文の品は届けておく」


 手付けを受け取り、部屋を後にする。足取りは重い。……遺書でも書くかと思ったが、死んだ後の事なんかどうだっていいか。


 重い足取りで家に帰り着き、ベッドの上の機体を見上げる。


 軍隊レベルを相手に単機での偵察任務。かなり厳しい事になるだろう。が、無駄死にするつもりもない。やれることはやっておかないとな。


 ベッドを立たせ、駆動液を抜く準備をする。腰部の駆動液タンクから駆動液を吸い出せば全ての人工筋肉から駆動液を抜く事が出来る。半日程時間は掛かるが。


 タンクのコネクタに吸い出し用のホースを差し込み、交換ポンプのスイッチを入れる。微かな音と共に駆動液が抜けてくる。許容範囲内とはいえやはり汚れているな。


 グリスアップなどと違い、駆動液交換は明確に機体のレスポンスに影響する。一瞬の反応が生死を分ける状況下ではこういう細かい事の積み重ねが効いてくるものだ。


 駆動液が抜けるまでここでやることは無い。必要な物資を調達する為に加藤の店に向かう。


「所長様は遂に狂ったか」


 俺の顔を見ての加藤の第一声がこれだ。出張所の物資管理もここでやっているから俺の今の状況も知っているらしい。


「上手くいけば情報が手に入る。失敗しても厄介者を排除出来るって所か」

「いや。あれでも所長はお前を信頼しているんだぞ?嘘みたいな話だが」

「連中を俺一人で殲滅する方が信じられそうな話だ」

「全くだ。それで?何が欲しい?」

「スケルトンアーマーセットはあるか?」

「あんなもん使うつもりか?自殺行為じゃないのか?」

「今回必要なのはとにかく機動性だ。取り囲まれてしまえば装甲なんぞ役に立たない。それからコイツの徹甲弾は出来てるか?どうせ所長持ちなんだ。千発程注文しとこう」

「ソイツを気に入った様だな。三日あれば作れる。とりあえず出来た分持っていくか?」

「ああ。それとポットに補充するミサイルをくれ。五発でいい」

「わかった。準備するからちょっと待て」


 勝手に売り物のコーヒーを飲んでいる間に準備は済んだらしい。所長から話が来た時点である程度用意していたのだろう。


「今から持って行ってやる。行くぞ」

「えらくサービスいいじゃないか?」

「お得意さんにはまた戻ってきて欲しいからな」

「……フン」


 こいつ最後のサービスくらいに思ってやがるな?

 帰ってきたらまた無理難題吹っかけてやる。




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