第3話

 壁の隙間から差し込む光で目が覚めた。

 夕べはかなり飲んだんだが……特に二日酔いも無く、珍しく爽やかに起きたな。


 ベッド替りのソファから身を起こし、タバコに火を付けくわえタバコでインスタントコーヒーを入れ、まずはひと口。

 五日ぶりのカフェインに多少頭がクラクラするな。


 タバコとコーヒーで完全に目が覚めた頭で今日の予定を考える。


 昨日寄った『店』では、仕入れた品が昼過ぎに届くとの事だから……商品が店頭に並ぶのは夕方以降だろう。

 なら、オーバーホールを昼過ぎまでやって、それから店だな。


 立ち上がり、機体のベッドに。診断結果も出ているはずだ。


 診断結果を見る限り、思ったよりも重症らしい。右脚のフレームが歪み、腕のシリンダーも何本かイカれている様だ。

 それでも酷使してこの程度ならまだマシか。


 タバコを深く吸い込みながら、寝転んだ機体を眺める。


 トーレスアーク。


 ある意味男の子の妄想の産物。


 ロボット開発がひと段落してきた二千年代初頭。研究者や技術者の一部が人間大のロボットで得たノウハウを使い、大型の有人ロボを開発し始めた。もちろん『G』を実際に作るという目標の為に。

 だが、さすがに18メートル級のロボは技術的に難しかった。転倒するだけでパイロットが死亡してしまう様なモンが実用化される訳がない。


 そこで諦めないのが男の子。


 某むせるアニメに目を着けた。四メートル級の大きさなら様々なリスクを考えずに済むという理由で。


 最初は油圧で駆動していた様だが、そうそう実用レベルで動かせるモノじゃない。もっさり動く目立つ鉄の的の出来上がり。


 ところが執念とは凄いモノで。


 そのアニメの設定にある様な人工筋肉が開発されちまった。しかも駆動液も設定より安全安価で劣化もあまりない様なモノが。

 ほんのわずかな電気信号で瞬時に反応し、コントロール性も良好な上もの凄いパワーが出る代物のおかげで、一気に開発が進む。


 それでも最初はかなり苦労した様だが、なんせ人型ロボットの基礎研究データはたっぷりあった。

 歩く。走る。ローラー走行。

 どんどん出来ることが増えていき、最終的には執念が実る。


 その運動性や効率の良さ(なんせ軽自動車のバッテリーで二時間ほど動かせる)で、自衛隊でテストされ、正式採用を勝ち取ってしまう。


 それが二脚自走式装甲車。A two legged self-propelled armored car。

 通称トーレスアークだ。車じゃないのに装甲車ってのが自衛隊らしい。


 世界に初公開された自衛隊のトーレスアーク部隊。その反応と言えば……ほぼ失笑だったそうだ。中には「oh!cooljapan!」ってのもあったらしいが。

 なんせ巨大ロボが実用化されちまったんだからな。張子の虎としか見られなかった様だ。


 最初に考えを改めたのはアメリカ。


 共同演習でバカにしていたトーレスアークにむちゃくちゃボコられた。


 装甲車扱いだから戦車で相手してやるとM1A1で圧倒しようとしたらしいが……二脚の最大の利点である不整地での機動に全く付いていけずに弱点である上部を全車ペイント弾でベタベタに塗られたそうだ。まぁいきなり真横に移動出来る的なんて戦車じゃ当てられないよな。


 では歩兵中隊なら小回りが効く分対抗出来るかと言えばそうはいかなかった。


 なんせ小さいとはいえ四メートルほどの巨大ロボ。人相手だと威圧感が半端なく、接近されると総崩れになっていった。歩兵最大の威力のあるロケランも機動力で外され、携行武器では歯が立たず。


 結局トーレスアークを止めるには、対戦車地雷をみっちりばら撒くか、遠距離からの面制圧しかないとの結論が出た。しかも機体自体が数千万で手に入る。ランニングコストもタダみたいなもんだ。


 当然もの凄い勢いで技術提供を求めるアメリカ。弱腰の日本政府はその勢いを止められなかった。精々機動の為のプログラムが入ったHDDをブラックボックス化するのが関の山。


 そしてアメリカは開発が済んだトーレスアークを中東地域に実戦投入。


 それが世界に止めを刺す結果に繋がる。


 いくら革新的な兵器とはいえ、損耗は免れない。擱座したたった一機のトーレスアークからあっという間に技術が拡散。トーレスアーク同士の戦いが始まり、戦争は泥沼化。


 トーレスアークの肝と言える人工筋肉。駆動液自体は禁輸措置の取られる物だったが、成分が分かれば似たような物を作れる。人工筋肉の筋繊維自体はありふれた材料で出来ている為安易に入手可能。

 そして人工筋肉は粗悪な駆動液でもある程度動いてしまった。結果個人レベルでも裏ルートで入手可能に。


 拡散したトーレスアーク。ガレージに隠せるこんなモン相手に核は使えない。戦線は拡大し、他の紛争地域にも飛び火する。そして十数年で……


『人類の黄昏』のいっちょあがり。


 島国である日本とはいえ、他国の手からは逃れられなかった。俗に言うレッドチーム(K国がこっちに入ってたのは笑った)が最初に沖縄を引っ掻き回し、そこに向かった「話し合いでどうにかなる!」って主義のパヨが皆殺しの憂き目にあい、そこからは北の大国やら何やら入り交じって内戦状態に。


 そうなるとジュネーブ条約なんぞお構い無し。サリン等のケミカル兵器が使われ、死蔵されていたバイオ兵器まで流出して人口減少が世界中で加速。


 消耗した各国政府が政府としての体を維持出来なくなり次々と崩壊。様々な偶然と幸運で生き残ったほんのわずかな人間同士が自治体レベルの規模で未だに争い続けている訳だ。


 俺が乗る二八式は武器として完成された機体と呼ばれる。最新鋭機よりも性能面では落ちるが、信頼性や汎用性を考えると未だ一線級の機体だ。

 形状はアニメのモノとほぼ同じ。頭部や肩部、胸部が丸みを帯び、頭部と胸部がコクピットになっている。

 頭部はカメラがターレット式ではなく、四方八方に設置されたカメラをコンピュータで統合しVRモニターで見る為、人でいう顔部分は緊急時の覗き窓と被弾しにくい小さめのメインカメラが幾つかあるだけ。なので印象はだいぶ違うが、大体の日本人はトーレスアークを『タコ』と呼ぶ。


 今となっては装甲の優位性や機動力なんかも対策を取られ、昔の様に無敵とは言えないが、俺の様な人間には強力な武器である事に変わりはない。


 さてと。まずは脚から手を付けるか。


 タバコを地面で踏み消し、オーバーホールを始める事にする。

 時間は無限じゃないからな。

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