週末、二人の


 お昼は漁師風のスープトマトパスタだった。「手抜きだけどね」と彼は苦笑するけど、普通市販のパスタソースをベースにフライパンでこちゃこちゃしたら十分手が掛かってると言うと思う。そうして「一家に一人日向くん」としょうもない言葉が頭に浮かんだのをさっさと振り払った。


「うーん、お腹いっぱい……」

「あはは、意外と食べたよね」


 レモンの浮いたアイスティーを置きながら笑みを零される。瀟洒な灯りの光を受けるグラスは、透かされた紅色が綺麗だ。


「うん、美味しかった。ご馳走様です」

「いーえ、お粗末様です」


 いそいそと食後の紅茶を啜って一息つく。


「んん? なにこれ、フルーツティー?」

「うん、なんちゃってだけどね。残ってた紅茶がもったいなくて、でも濃くて渋かったから。そこの缶詰開けてシロップ垂らして、レモン入れてお水で割ったんだよ」


 言われて指さされたほうを見ると、開封された桃缶があった。視線を戻せば彼が白い皿をもっている。


「で、これがデザート」

「うわぁぁぁん、日向くんが肥えさせようとするぅぅ」

「肥えさすって言い方……」


 仰け反って慄く彼を尻目に、皿に乗ったひんやりとした様子の白桃を恨めしげに睨む。糖蜜で艶々したその姿は見るからにカロリーの塊だ。


「うぅ、美味しい……」


 結局食べてしまった。そうなのだ、この家で出るものが生半可なもののはずがなく、この桃だってお歳暮で頂いたお遣い物の缶詰でとても美味しかった。


「やっぱり缶詰でも値段が違えば味もだいぶ違うなぁ」


 そう漏らして手にとった空き缶をしげしげと確かめる彼の所帯じみた様子は、なんとも面白い。


「何?」

「ううん、なんでも」

「そればっかりだね?」

「そんなことない」


 言いながらダイニングテーブルもすっかり綺麗にして、備え付けの食洗機に食器を持っていく。彼が残りを引き継いでる間に、私は手洗いに席を外した。



     * * *




 リビングに戻るとお昼まで読んでいた本の横に、湯気を上げるコーヒーカップが置かれていた。なにからなにまで至れり尽くせりだ。


「やっぱり一家に一人日向くん……」

「なにそれ!?」


 うっかり思考そのままに言葉を漏らせば、先程を大きく上回る勢いで慄かれた。

 目の間の濃いめのコーヒーの入ったカップに口をつけて「やっぱ苦い」と顔を顰めてしまうと、間髪をいれず「これでしょ?」と小さなシュガーポットとミルクを出される。


「むぅぅぅ、おこちゃま扱い……」

「なんだ、それ」


 くすりと笑みを落として彼も向かい側に座る。不満ながらもそれを見届けて、自分も読みかけの本を開いた。

 再びの、穏やかな時間。

 コーヒーの香るリビングには、潜めたような息遣いと紙を捲くる音ばかりが目立つ。その密やかさに目を眇めて向かい側を眺めれば、同じように視線を巡らせていた正面の彼と目が合った。キッチン側の二人がけのソファに浅く腰掛けた従兄弟に、ふと悪戯心が湧く。

 読みかけのページに人差し指を挟んで本を閉じ、反対の手でカップを持って立ち上がる。そうして座る場所を移し、隣に座って彼の読んでいる本を覗き込めば、頬に一刷毛の朱が掛かったのを見逃さなかった。


「よしよし」

「……よしよしって?」

「なんでもないでーす」


 手に持った文庫本で顔を隠しながら小さく困惑する彼を横目に、一人笑みを零した。仄かに感じる隣の体温を嬉しく思いながら、もう一度本を開く。横で吐かれた息が嫌そうではないと感じるのはいささかに楽観的だろうか。横目に見えるちょっと落ち着きのない様子に得意になりながら、それでも和やかに時間は過ぎていく。


 こうして、週末、二人の時間は楽しく過ぎていく。

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