ホンモノ
彩夏
ホンモノとニセモノ
ひとりの少女が、小さなアパートを見上げていた。肩あたりでまっすぐに切りそろえられた髪とシンプルな白のワンピースが冬の風に打たれているというのに、身動きひとつしない。その視線の先には、『
「…やっと見つけました。わたしの、ニセモノ」
そしてぺたりと音をさせながら一歩踏み出し、向かった。少女の『ニセモノ』が住む場所へ――
―――――
――――――――――…
そしてその頃――
少女と全く同じ容姿――肩あたりで切りそろえた茶髪と真っ黒な瞳――を持つ名取 花は、自分の部屋で高校の先輩とゲームをしていた。ちなみに戦闘ゲームである。ズガガガッ、という音が部屋に響き渡っている。
「やった、やっと一勝ー!」
「くっそ。初めて負けた…」
「ふふーん。私は一点集中して努力することだけは誇れますからね。これぐらい朝飯前です!!」
「もう夜だけどな」
「そこにはつっこまないでいいんですー!」
わいわいと言い合う様子はさながら兄妹のようだ。花は先輩――
「さってと、なにがいいかなー」
ピーンポーン…
「…ん?」
チャイムの音が聞こえ、花はぱっと顔をあげた。誰だろうと首を傾げながら冷蔵庫のドアを閉め、玄関に向かう。そして何の警戒心もなく、がちゃり、とドアを開け放った。
「はーい、どなたですか…」
外にかけた声が尻すぼみに小さくなっていき、消える。ぽかんと口を開けた状態で、花は固まっていた。
なぜなら、そこには花と服装以外全く同じ容姿の少女が立っていたからだ。双子というよりもはやクローンなのではというほどそっくりなふたりは、しばらくのあいだ膠着状態に陥る。それを破ったのは、ナゾの少女の声だった。
「こんにちは。わたしは『ホンモノ』の名取花。――というわけで、『ニセモノ』の名取花、あなたは消えてください」
「なっ――!?」
開口一番にそう告げられ、花は意味をなさない言葉を発した。何かを話そうにも話せばいいことが見つからず、ぱくぱくと金魚のように口を開け閉めさせる。
「…ふむ。『ニセモノ』、あなたは消えたくないのですか?」
「もちろんでしょう!」
「ニセモノの分際で、偉そうに。可哀想なので、わたしが神罰を下してあげます」
表情豊かに言い返す花と違い、『ホンモノ』の少女は無表情。声も無機質で、その姿はロボットを喚起させるものだった。『ホンモノ』の少女がす、と腕の先を花に向ける。
「何を――」
「仮想光素作成。
「…ぁ」
瞬間。
光の矢が何もない空間から現れ、花を穿つ。来るであろう痛みに備え、花はぎゅっと強く目を瞑った。――が。
何も起こらなかった。光の矢はあきらかに花に触れているのに、痛みも何も感じない。恐る恐る、目を開ける。そこでは、『ホンモノ』の少女が呆れたようにため息をついていた。
「今のは牽制です。次は容赦しません」
「牽制…今ので…」
花は呆然としたものの、少女が再びあの呪文を唱え始めたのを見て体を強張らせた。避けようと構える。
「光素作成。
「つぅっ!!」
その健闘も虚しく、花は白い光に包まれた。自身の体が、少しずつ焼けていっているのが分かる。痛みに耐えかね、光の中で身体を弛緩させる。体が焼ける速度が、少し速くなった。
――ふと、引き戸が開かれるのに気付き、花はほんの少しだけ力を取り戻した。引き戸から顔を覗かせたのは、もちろん慎だ。
(こんなとこで、負けてらんない。まだ、伝えられてないことだってあるんだから)
最後の力を振り絞って、片腕を上げる。少女が唱えていた呪文を、掠れた声で詠唱する。
「…光素、生成。
「花――?」
慎の不思議そうな声が聞こえ、花は微かに顔を微笑ませた。少し先では、同じような白色の炎が燃え盛り『ホンモノ』の少女が焼かれている。花を包む炎も一層強くなり、消えゆく意識の中でぼんやりと考える。
(私はここで消えるんだろうけど――生まれ変わったら、また先輩に会いたいな)
(さよなら)
ホンモノ 彩夏 @ayaka9232
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