ヒトシレヌ・フィーリング

 わたしは普通の女の子だと思っていた。クラスにいる他の女子たちと何も変わらないと。ただ、人と話すのが苦手なだけで、仲のいい友達だっていた。わたしは目立ちたがり屋じゃないから、いつも大人しくしていた。

 

 なのに、いつからだろう。学年が上がってクラス・メイトの入れ替えがあってからかもしれない。違う。急にみんなの態度が変わったと思ったのはもう少し後、ゴールデン・ウィークが明けてからだ。


 クラスの中心的な存在の宇和ヶ亀うわがめさんと六堂りくどうさんが、わたしのことを調子にのっているって言い出したんだ。わたしは調子になんてのっていない。いつも通り大人しく、普段のように振る舞っていただけ。



「ちょっと、あんた何で体育の授業見学したの」


「え、だって、その……生理、だから」


「せーりぃ?」


「ねぇ、チエ。こいつ調子にのってんじゃない?」


「絶対のってるでしょ。生理とか言ってチョー調子んのってるし」


 どうして? 何で生理で体育を休んだら調子にのっていることになるの?


「ねぇねぇ、本当に生理かどうか確かめようよ、チエ」


 確かめるって――。


「ちょっ、ちょっと、やめて。やめてよ!」


「ほら、脱ぎなよ」


「やめて!」


「脱げって、早くぅ。本当に生理かどうか見てあげるからぁ」


「やだ! やめて!」


 スカート、引っ張らないで!


「こらぁ、何してるんだぁ?」


 先生、助けて!


「何もしてないですよぉ。相原さんが気分が悪いって言うから。ねぇー」


「そうそう」


「そうか。それならお前たち、相原を保健室に連れて行ってやれ」


「はぁーい。そうしまぁす」


 待って、先生! 行かないで……。


「じゃあ続きは保健室でやろっか、相原さん?」


 これはまだ、始まりにすぎなかった。



 このことがあってから、仲良くしていた友達が少し減った。昨日までは楽しくお喋りしていたのに、急に話してくれなくなって。どうしたんだろうって思った。初めのうちは大したことじゃないって思ってたのに、結局わたしは気づくのが遅かったんだ。



「相原ってお前だよな?」


 この大きな人は誰? 何だか、怖い。


「そう、ですけど……」


「お前、宇和ヶ亀に何したんだよ?」


「宇和ヶ亀さん?」


「あいつ、お前に酷いことされたって言って泣きついてきたんだ」


 何のこと?


「わたし、何もして」


「ふざけんなよっ」


 この人、怖い。


「何もしてないって言うのか? 宇和ヶ亀が嘘ついたって言うのかよ」


「違うの。わたし、本当に何も」


「おいっ!」


 大声出さないで。


「あいつは嘘つくようなやつじゃないんだよ」


「わたしだって嘘は」


「あぁ? 聞こえねぇよ」


 お願いだから怒鳴らないで。


「お前が正直に話せばゆるしてやろうと思ったのによ」


 怖くて声が出ない……。


「無言ってことは認めるんだな?」


 違う! わたしは何もしていないの。


「おれはさ、女を殴る趣味はねぇんだよ」


 怖い。逃げたい。でも足がすくんで。


「でもお前みたいな態度を取るやつは赦せねぇ。それにな、女を泣かす女は嫌いなんだよ。おれは」


 待って、それは宇和ヶ亀さんが。


「特に宇和ヶ亀のことを泣かすやつはな!」


「えぅっ!」


 わたし、お腹、蹴られた? くる……しい。地面が。


「手加減してやったからよ。しばらくそこで横んなって自分のしたことの反省でもしてろ」



 わたしを蹴ったのは林という男子だった。このことを三人しかいない友達に聞いたら、間違いないよって教えてくれた。蹴られたところがアザになって、ずっと痛かった。でも、お父さんにもお母さんにも言ってない。だって、わたしがそんな目に遭ったなんて言ったら、二人とも心配すると思ったから。


 すごく辛かったけど、もっと辛かったのはこの後からなんだよね。



「お前かよ、やらせてくれるって女」


 え?


「あの……誰、ですか」


「誰だっていいだろ? とにかくそう聞いたんだよ。お前のクラスの女子にさ」


「そんな、わた――」


 いきなりすごい力で押し倒された。


「騒いだらブッ殺す」


「やっ!」


 口を手でふさがれた。息ができない。


「暴れんなよ」


 両手を振り回して、両足をバタバタさせて。


「大人しくしてろ、よっ!」


 痛い! どうして殴るの。お腹、痛い。苦しい。下着が――。


「んんっ!」


 触らないで! やだ、やめてっ!


「何だよお前、毛ぇ生えてねぇのかよ」


 やめてよ!


「大丈夫だよ。優しくしてやるからさ」


 何するの。重い! どいて!


「濡れてねぇな。唾でいいよな」


「んーっ!」


「じゃ、お邪魔しまーす」


 イッ!?


「うぉー、チョー締まるぅ!」


 痛いぃ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。お母さん……助けて!


「ヤベッ、出そっ」



 それが三組の遠野という男子だって、最近になってやっとわかった。もう一人も友達がいなくなっちゃったから、自分で調べるしかなかった。わたし、もう結婚できないのかな。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。何も悪いことしてないのに。


 あれからは、ことあるごとに遠野護に犯された。押し倒されて下着をぎ取られ、避妊具もつけずにれられて、お腹の中に精液を出された。何度も、何度も何度も。


 そのうちどうでもよくなってきた。だって、遠野護が現れない日は、いつだって林義久に暴力を振るわれて、身体中がアザだらけになってって、悲しいとか痛いとかわからなくなっちゃったから。顔だけは殴られなくて、よかった……。



 もう嫌ッ! 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……わたしが何したの? 何でわたしなの? もうやだ。やだやだやだやだやだやだやだやだ。


 ………………死のう、かな。



 首吊りにしようって思った。飛び降りとか飛び込みとか、何だか怖くて痛そうだし。ロープは縄跳びのヒモを使えばいいよね。クローゼットの横棒。高さ、ギリギリだけど、足がつかなければいいんだもん。


 怖いな。でも、楽になれるんだよね。生きてたって、きっと、もう楽しいことないだろうし。学校に行くのもやだし。


 縄跳びのヒモって冷たいんだ。後は、この本を蹴り飛ばせばいいだけ。苦しいのなんて一瞬だよね。もういいんだよね。もう、辛い目にあわなく――。


瑠璃るりぃー。ご飯よぉー」


 足、つかない。苦しい。やだ、やっぱりやだ。ご飯。息が。わたしまだ死に




   お父さん お母さんへ


  ごめんなさい。

  とても疲れました。

  瑠璃は先に天国で待ってます。


  今まで黙っててごめんなさい。

  瑠璃は学校でいじめられてました。

  このまま死ぬのは悔しいので、

  その人たちの名前だけ書きます。


  六堂知恵 宇和ヶ亀莉沙 林義久 遠野護 


  さようなら


                     瑠璃

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