アニヲタ・ドクター
亜紗美が店を出ていった後も、ケメ子はしばらくブツブツと独り言を言い続けていた。何がきっかけとなったのか、いきなりバッグの中をゴソゴソやり始めた彼女は、ギラギラと派手にデコレーションされたスマートフォンを取り出した。登録されている番号の一つを探してタップする。
「ハカセく~ん?」
「ケメ子」
電話に出たハカセはすぐさま相手がケメ子だとわかったらしい。
「あのね、あのね。フッ飛ばしたい男がいるんだけどぉ」
「派手にしたいの、地味にしたいの、粉々にしたいの、バラバラにしたいの?」
ケメ子の欲する物が何であるかを彼は単語から察したらしく、簡単に爆弾と結びつけて彼女に問い返した。
「部分的に粉々ぁ。そーゆーのできるぅ?」
どこまで察しがいいのか、彼はケメ子の言う「部分的」の意味を解し、すでに爆弾の形状から構造、起爆装置にいたるまでを瞬時に概算していた。
「彼、早いの、遅いの?」
今度はケメ子がハカセの言わんとしていることに気付いて答える。
「ん~たぶんねぇ。二、三分かなぁ。メッチャ早いんだよぉ」
「じゃ、二分で昇天」
「もしかして、もしかしてさぁ。ハカセ君、もう思いついちゃったわけぇ?」
「考えるのは簡単」
さすがはハカセ君だ、とケメ子は感心せずにはいられない。
「すごぉ。やっぱハカセ君って頭いーねぇ。今度パヘおごったげるぅ」
「サムライ・バーガーがいい」
ケメ子はハカセの言った言葉の意味がわからず、スマホを持ったまま首をかしげる。
「なにそれぇ? どこのバーガー?」
「マック」
「ないよそんな変なバーガー。もしかして地域限定とかぁ?」
もしそうだったら買いに行くのめんどくさいな、とケメ子は思った。
「爆弾だけど」
ハカセは話題を爆弾に戻した。
「聞きたい、聞きたぁい。どんなのにするのぉ?」
「まず形状から。これは市販されているフタつきのオナカップをもとに改良を加える。次、爆弾の取り付け位置。カップ内側の基底部に中身で押さえつけるようにして設置。次、構造。一つの
「そうってなぁに?」
「小さな水槽をイメージすればいい。三つのうち左右両端にできた二部屋に、それぞれ質量の違う液体を満たす。中央の部屋は真空状態で、基本的に物質が存在しないものとする。次、起爆方法。フタを開けると連動して二つの仕切りも外れる。すると真空状態だった中央の部屋に、二種類の液体が急激に流入する。ただし、これだけでは爆発は起こらない」
「爆発。え、なに? 爆発?」
ケメ子はハカセの説明についていけておらず、単純に爆発という単語に反応しただけなのだ。
「二種類の液体は水と油のような、お互いに混ざり合いにくい性質を持っている。この状態のまま二種類の液体に、一定時間の激しい振動刺激を与えることで起爆を誘発する。この起爆に到るまでの一定時間を二分に調節する。つまり、起爆装置となるのは、使用者が使用中に自ら作り出す振動。よって、フタを外して激しく振らない限り爆発は起きない」
「よくわかんないんだけどぉ、それって作るの難しい?」
「一週間」
「わかったぁ。ねぇねぇねぇ、それってさぁ、時限爆弾ってやつぅ?」
「厳密には違う」
「ふぅ~ん。まぁいーや」
それじゃあよろしくねぇ、と言ってケメ子は通話を終えた。キャッシャーの近くに座っていた男性はすでにいなくなっており、代わりにいつの間に現れたのか、白い顔をした中年女性がケメ子のほぼ正面に位置する離れた席に座っていた。それ以前に、ケメ子は男性が店内にいたことなど最初から気付いてはいなかった。
一週間と四日後の深夜──。
亜紗美に復讐完了の報告を終えたケメ子は、満足しきった顔でスマホをテーブルに戻した。と、その途端、部屋に着信音が鳴り響いた。
「はいは~い」
ケメ子は相手が誰かも確認せず電話にでた。
「ハカセ。爆弾」
「ハカセく~ん! ありがとねぇ。粉々だよ、粉々ぁ」
「何が?」
ハカセがなぜ聞き返してくるのかケメ子は理解できなかった。
「え~、何がって、ハカセ君の爆弾だよぉ。ニュースでやってたじゃーん」
「ニュースは見ない。アニメだけ」
「アニメぇ? どんなの見るのハカセ君。あの海賊のとかロボットのとかぁ?」
ケメ子は全くと言っていいほどアニメを知らない。
「なんでも見る。好き嫌いはしない。魔法少女だって頑張ってる」
「まほう? え〜、それエッチなやつじゃないのぉ?」
「違う。魔法少女は健全」
「ふーん、そうなんだぁ。……じゃなくてぇ! 爆弾、作ってくれたんでしょぉ?」
「作った」
「ほらぁ。あー、もしかしてウケ狙ったぁ?」
ハカセと話をすると困惑させられることもままあるが、ケメ子は彼と話すのが嫌いではない。
「およそ百八秒前に完成。予定より四日と十二分三十三秒ほど遅れた」
「えっ?」
「いつ取りに来る? 送る?」
爆弾はハカセがまだ持っている。それならタケルをフッ飛ばしてくれちゃったのは、一体どこの誰なんだろう? と、ケメ子は電話を繋いだまま考え込んでしまった。
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