第2章 身分を明かさず変装せよ 7
カウンターから見る店の景色は、まぶしくて鮮やかだった。
本当は、店内は暗いはずなのだが、僕には輝いているように見えた。薄暗い店から、ライトにともされた客席が浮き上がって見えてくるまでに時間がかかった。
クミコさんの姿を探したが、見つからなかった。店内に、紺色のワンピースの女性は1人もいなかった。帰ってしまったのかもしれない。
「ここにいるとね、なんだか、自分が一番偉くなったような気がするんだよね。俺がこの店を支配しているんだぞーって。ああっ!このことは、店長とオーナーには内緒ね」
ホリさんは人差し指を軽く口に当てて笑った。
「オーナー・・・っているんですか?」
僕は、オーナーらしき人物の影を探した。
「そ。オーナーは、たまにしか顔を出さないけど、店長は毎日来てる。さっき、面接してもらったでしょ?あの人が、店長のヤスさん。面白いおネエさんでしょ?」
「え?店長って?あ、あの・・・。その、お、おか」
僕の慌てぶりがおかしかったのか、ホリさんはホッホッホと声をあげて笑った。
「店長は、オカマちゃん。ヤスコっていう名前で、歌舞伎町で働いていたらしいよ。だから、私はヤスさんって呼んでる。本名は、オーナーしか知らない。アールジェイ、会ったよね?後ろ姿は外国人、でも中身は日本人の大男。彼は、ヤスさんが歌舞伎町で働いていた時のボーイだったって、話だよ」
「店長って、歌舞伎町で働いていたんですか?アールジェイ、さんも」
「うん。ヤスさんって呼んでるのは、私とロッドくんだけ。シーバ君やほかのスタッフは、店長って呼んでる。オーナーは、ヤスコさんって言ってるね。私が、ヤスさんが呼んでるよって言う時は、店長に呼ばれているってことね」
「あのー。ロッドさんって、外国人の方なんですか?」
「いやいや!見た目も中身も純粋な日本人。ここのナンバーワンホストだよ。今は、有給取って旅行してるから、ここにはいない。ロッドくん、昔はセイヤって名前で働いていたんだけど、なかなかお客がつかなくてね。オーナーが外国人風の名前にしてみたらどうかって、ロッドという名前に変えたら、急に指名が増えちゃってさぁ」
ホリさんは、まるで自分の息子の自慢をするかのように、次々と仲間のホストのことを話してくれた。
「ホ、ホリさん。あまり、スタッフのことをしゃべるとお店のルール違反になるのでは」
僕が小さな声でホリさんに話すと、ホリさんは、手を小さく振りながら答えた。
「それは、私が、お客様にお店の従業員のプライベートを話した時の場合。お互い、気持ちよく仕事するには、仲間のことを少しでも知らなくちゃ。仕事ってさ、どんな職業でも同じだと思うけど、一人じゃできないでしょ?年上でも、年下でも、役職が上でも下でも、助けてくれる人がいるから、仕事ってできるんだと、私は思ってるんですよ」
ホリさんは目を細めながら、客席を見た。
「まだ、私が会社勤めをしていたときの話なんだけど。取引先の部長さんから教えてもらったんですよ。助けてくれる人がいるから、どんな大きな仕事でもやり遂げることができる。自分一人で仕事をしてきたと考えるような人間には、責任のある仕事は任せてもらえないって。今でも忘れられない教えなんですよ。ツヨシ君、助けてもらえる人間になりたかったら、助ける人になりなさい。仲間のことを助けられるようになれたら、お客様を助けられるようになれる。サービスって、してあげる、じゃない。させてもらう、でもない。助けあうってことだって、私は思うんですよ。ハハハ。ちょっと生意気だったかな?」
ホリさんは微笑んだ。
僕は、なんて答えてよいのかわからなかった。鼻から息を吐いて「そんなもん、なんですかね」と言うのが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます