第2章 身分を明かさず変装せよ 8
「お前、まだ、帰ってなかったのか?」
長身のシーバが僕を見下ろすように言った。どうも、コイツの話し方といい態度は、僕の気分を害する。
「ああ、私がね、引き留めたんだよ。話し相手が、ほしくてね」
ホリさんがシーバに言った。
「そうでしたか。 ツヨシがホリさんのお仕事の邪魔をしているのかと思いました」
眼鏡を軽く押さえながら話すシーバ。やっぱり、僕はこの男に嫌悪感しか感じない。
「ホリさん、申し訳ないんですが、ツヨシをお借りしてもよろしいでしょうか?急な来客がありまして」
シーバはホリさんに軽く頭を下げた。
店内を見回したホリさんが、クスッと笑った。
「ほほお。確かに、急なお客様ですね。シーバ君、お客様のこと、ツヨシ君によ~く教えてあげてくださいね」
「え!僕、一人で、ですか?」
ここは休憩室。
シーバから聞かされた言葉に僕は驚いた。
「お客様の話を聞くだけでいい。9割グチだから。で、『どう思う?』って聞かれたら、ひたすら、お客様をほめろ。『マリコ様は頑張っていらっしゃいます』って感じで。簡単だろ?」
シーバは軽く眼鏡のふちを押さえながら言った。
「簡単・・・ですかね?」
僕は、とまどった。
初日で、いきなり接客、なんて。
それも、シーバの命令で。
「初めてだから、簡単には思えないかもしれないけど、自分から場を盛り上げる必要はない。話を聞くだけでいい」
シーバの話によると、出勤予定だったホストが急病で来られなくなり、シーバともう一人のホストで接客をしていた。そんな中、常連客がやってきた。
「マリコ様、いつもは、金曜日にしか来ないんだけど。ほかの曜日に来店されるときは、店長に電話して、店が混んでいないか確認してくれるのに。マリコ様、今日は連絡もなし来られたんだ。今日に限ってこっちの数が少ないし、常連のマリコ様を待たせるのは悪いし、おれもトモさんも、今すぐ対応できない状況だし。お前が帰ってなくて、ホント助かったよ」
帰れ、と一方的に指示しておきながら、今から一人で接客しろとはなんだ?謝りもしなけりゃ礼も言わないなんて、失礼極まりないとはお前のことだ!
と、シーバに言えたら、たぶん、この場でクビだろうな。僕は、言葉を飲み込んだ。
「もし、困ったことがあったら、飲み物を頼むふりして、カウンターへ行け。ホリさんが何とかしてくれるから。いいな?」
ここは、最高の大人の男の振る舞いをシーバに見せてやろう。僕は背筋を伸ばした。
「わかりました。任せてください。仲間を助けなければ、いい仕事はできませんからね」
僕はゆっくりとした足取りで、シーバの横をゆっくりと通り過ぎた。
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