第2章 探偵よ紳士たれ 1

 マリコ様と呼ばれた女性は、シルエットは細いが、肩を少し露出した服に哀愁を感じる人だった。目と口元が整っていることから、若いころは、肩を露出した服に色気を感じさせる女性だったと思われる。

「でさあ、シオリって女がさあ、アタシの顔を見て『おばちゃん、今日はメイクが浮き上がってるね』なんて言うわけ~。年上の、アタシに向かって『おばちゃん』よ!失礼極まりないと思わない?試供品でもらった3Dファンデーション、40代のアタシがつけちゃいけない~?ね、どう思う?」

 マリコ様の青白い顔が、僕に近づいてきた。

「あ、あのう。マリコ様はどうして、テディベア、持ってるんですか?」

 マリコ様の表情がぱっと明るくなった。やっと僕から離れた。

「ああ、これ?持ってるほうが目立つじゃん」

 マリコ様は青白い顔のまま、かったるそうに男性の声かと思うほどの低い声で答えた。僕と目が合うと、マリコ様は急に口をカッと大きく開き、ガハハと笑った。

「ここに来る時だけよ。ジャスミン連れて来るの」

「ジャスミン?」

「そ、この子の名前。ねー、ジャスミン」

 マリコ様はジャスミンに話しかけると、ジャスミンの片腕をガシっとつかみ、僕に向かってガシガシと片腕を動かした。

 笑顔でマリコ様の言いなりになっているジャスミンを、少しだけかわいそうだと僕は思った。

「ツヨシ君、今日が初めて~?」

 マリコ様は、僕をなめまわすように見ながら、徐々に距離を縮めていった。

「は、はい。そうです。よろしくおねがいします」

 マリコ様と目を合わせると、僕もジャスミンみたいに扱われそうな気がした。僕は、マリコ様の質問に短く答えると、あわてて頭を下げた。

「かわいー。新人っていいわねー」

 突然、マリコ様の声が20歳ほど若返った。

「あの女にも、これぐらいのかわいげがあったらいいのに」

 マリコ様は、おじさんの声でつぶやくと、席を横切ろうとするシーバに声をかけた。

「シーバ君。私とつーくんにシャンパン、お願い」

「つーくん?!」

 僕とシーバが同時に声を上げた。

「そ、ツヨシだから、つーくん。今日、デビューだからさ、お祝いしたいのよ~。だから、シャンパン2つ。お願いね☆」

 シーバが深々と頭を下げ、マリコ様に返事した。

「か、かしこまりました。マリコ様」

 マリコ様にウインクされて、ぽかんとした顔になったシーバが僕を見た。マリコ様が僕の肩を軽くたたいた。

「あ、つーくぅん。シャンパンでなくてもいいわよぉ。好きなもの、頼んでぇ。おごるから」

「じゃ、ビールを。あ、あのっ!できれば、国産じゃなくて海外ので」

 僕の言葉にマリコ様は軽く頷いた。。シーバの表情が硬くなっていたことに、このときの僕は気がつかなかった。

「シーバくん。つーくんに、横文字のビール。よろしくねー」

 僕は、シーバに軽く手を挙げた。

「そういうことで、よろしく!」


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