第2章 探偵よ紳士たれ 2
「つーくん、デビューおめでと~」
マリコ様の高い声が、店内に響いた。乾杯が終わると、マリコ様がシャンパンの入ったグラスを一気に空けた。
「つーくん、なんで、ホストになろうとしたの?」
僕は返事に困った。1日に同じセリフを二度も使ってよいものだろうか?
「あ、ごめんなさい。あたし、つーくんを困らせるつもりはないの。そうよね。初対面だもんね。言いたくないことだって、あるわよね」
マリコ様は、空になったグラスを持ったまま、背中を丸めた。
「アタシさ、いつもここにきて、グチ聞いてもらってんの。ほとんど、仕事のグチ。職場はさ、みんなアタシより若くて、アタシより勤務年数長くてさ、いい人ばっかり。なんだけど、シオリだけが、アタシに先輩面すんのよ。アタシより4ヵ月早く入社しただけよ。あの子にはさ、年長者を敬うっていう気持ちがないのよ!あの子だって、あと数年したら、ババアになんのよ。なのにさ、アタシのこと、ババア扱いよ。ムカツクったらありゃしない!」
マリコ様は、僕が注いだ2杯目のシャンパンを一気に飲み干した。そして、獣のように低い声で唸ると、ソファの背もたれに背中を預けた。
「つーくん、どう思う?あの子のこと」
「マリコ様は頑張っていらっしゃいます」
「は?」
「マリコ様は・・・」
気が付くと、マリコ様は口を大きく開けて、僕を見ていた。
「アタシのことじゃないって。あの子のことよ」
「あの子?あの子って・・・」
「シオリっていう生意気な女のことっ!」
どう答えたらいいんだ?
僕は頭の中が真っ白になった。
「どう思う?」と聞かれたら、マリコ様をほめるコメントを言えとシーバに言われたのに、その通りにしたら、怒られた。
どう答えたらいいんだ?
僕は頭の中が真っ白になった。
「まあ、別にいいんだけど」
マリコ様は、シャンパンのグラスに向かって話しかけた。
うつむいたまま。片方の腕は、ジャスミンをしっかりと抱いたままだった。
「こちら、店長からマリコ様に」
シーバがテーブルに野菜スティックを置いた。
「うれしい!ちょうど、おつまみでも頼もうかと思っていたところだったの!」
「ツヨシのためにささやかな歓迎会を行っていただいたので、そのお礼とのことです」
シーバはマリコ様に軽く一礼をすると、去り際に僕をにらんだ。・・・ような気がした。
マリコ様はキュウリのスティックを1本つまむと、ガリっと音を立ててかじった。
「あー、うんめー」
ホストクラブを赤ちょうちんの店に変えるほどの大きな低い声で、マリコ様は唸った。店内にいる誰もがマリコ様に注目していることを気にしていないようだ。
不意に、マリコ様は、キュウリのスティックを1本、僕の顔の前に差し出した。
「つーくんも、どうぞ☆」
「いや、僕は・・・」
僕はキュウリとかナスとかトマトとか、夏野菜と呼ばれる野菜が大嫌いだ。
「遠慮しなくていいのに~。ほら」
僕はマリコ様に野菜は苦手だと説明したが、マリコ様は、僕の前にキュウリのスティックをちらつかせた。
「一口でいいから、ね?」
「ホントに、野菜、ダメなんです」
「野菜食べないと、病気になるわよ~」
「だから、本当に・・・」
「野菜食べられないなんて、おこちゃまじゃ、あるまいしぃ。ほら、あーんしてぇ」
キュウリが僕の鼻に当たった。
「やめろっ!嫌いなんだっ!」
僕は両手をマリコ様の手を振り払ったと同時に、立ち上がった。
「ごめんね~。マリちゃん。この子、チューもしたことがないくらい、ウブな子なの~」
店長の豪快な笑い声で、我に返った。
みんなが僕を見ていた。
キュウリのスティックを持ったまま、カマキリのような顔して、マリコ様はソファの上で動かなくなっていた。
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