第2章 身分を明かさず変装せよ 5

「お前さ、おれの教えた通りにドリンク作らなかっただろ?」

 ジュンコさんが帰ると、僕はシーバに休憩室という小部屋に連れて行かれた。

「え?そうですか?」

「お前、あの時、どうやってドリンク作ったか、覚えてるか?」

 僕はシーバの言い方に内心ムッとしながら

「グラスに氷2つ入れて、麦茶を・・・注ぎました」

と、平静を装って答えました。

「メモ、持って来いよ」

 目を閉じて僕の説明を聞いていたシーバが、ゆっくりと目を開けて、静かな声で言った。

「え?」

「メモだよ!おれが教えた時に、お前が書いたメモを持って来いよ!」

 僕には、シーバの口調が強くなった理由が、わからない。

「シーバ君。彼には、頭ごなしに怒っても、効果はないよ~」

 ヒョロ長のホリさんが、穏やかな表情で休憩室に入ってきた。

「はい、ツヨシ君。メモ」

 ホリさんが僕に紙を渡した。僕がドリンクの作り方を書いたメモだった。

「ツヨシ君がそのメモを休憩室に置いたままお店を出たから、渡してあげようと思って、持ってたんだ。だけどさ、ボク、年で。渡すの、忘れちゃったんだよねー。シーバ君、ボクのミスだから、彼のこと怒らないでね」

 僕は、ホリさんからメモを受け取り、軽く頭を下げた。なぜだかわからないが、言葉というか声が出なかった。

「ホリさんのミスじゃないですよ。ツヨシが・・・」

 ホリさんが、早口になりつつあるシーバの肩をポンポンと叩いた。シーバが口をつぐんだ。ホリさんは、僕の隣に腰掛けた。

「皆さんの体を守るため、そして、店の経費節減のため、麦茶をブランデーやウイスキーのロックのように作るんですよ。空のグラスに小さめの氷を一つ入れて、麦茶をグラスの3分の1ぐらい注いだら、大きめの氷を一つ入れる。麦茶が少ないと感じたら、水を少し加える。この動作を手早く、だけど少しゆっくり行うと、お客さんにはお酒を作っているように見えるんです」

 手元のメモを見た。そこには「氷入れる。麦茶をグラスの半分より少なく入れる。氷入れる」と書いてあった。

「ツヨシ君は麦茶をなみなみと注いでしまったからね。先ほどのお客様が、シーバ君のドリンクがお酒じゃないと気づかれたんですよ」

 ホリさんの声が優しすぎて、僕はホリさんの顔を見ることができなかった。

「ツヨシ君にとってただの麦茶かもしれないけれど、我々にとっては、ドリンクはお酒と同じ。飲むときも、お酒を飲むのと同じように、ゆっくりと少しずつ飲まないとね。いい男には多少の演技も、必要」

 僕は、麦茶を一気に飲んだことを思い出し、さらに顔が熱くなった。

「ツヨシ、わかったか?」

 シーバが怖い顔で僕をにらんだ。僕は小さな声で「すみませんでした」と謝った。

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