第2章 身分を明かさず変装せよ 4

「お兄さん、新人さん?」

 カウンターの初老の男性は、僕の顔を見るとクスリと笑った。

「初めてだから仕方ないけど、あんまり自分のことばかりしゃべっちゃだめだよ。お客様にも話をさせなきゃ。会話はキャッチボールって言うでしょ?投げっぱなしじゃ、相手はボールを返せないよ」

 ホリさんと呼ばれる初老の男性は、僕とジュンコさんのやりとりを聞いていたらしい。

 なんで、こんなおじさんに言われなきゃならないのか、と、心の中で小さな炎がボッと燃えた。

 ホリさんは、穏やかな笑顔で僕にオレンジ色のカクテルを出した。

「はい。お客様のお飲物。シーバさんからのささやかなプレゼントです、と言って、ゆっくり出してくださいね。必ずだよ」


「シーバさん、ありがとう」

 ジュンコは、目を潤ませながらカクテルを見た。

「覚えててくれたんですね」

「ジュンコさんが僕の誕生日を覚えていてくれたからですよ。さ、乾杯しましょ」

 なるほど。ホリさんが僕に指示したことは、ジュンコさんを喜ばせるための演出だったのか。

「今日、お店に来てよかった・・・」

 ジュンコさんはシーバをじっと見つめた。

 シーバによると、僕がジュンコさんに出したオレンジ色のカクテルは、ジュンコさんが大好きなカクテルらしい。

「ツヨシ、ドリンク」

 シーバが眼鏡を指先で抑えながら、僕に言った。

 シーバの指示通り、僕はグラスに氷を2個入れると、麦茶を勢いよくグラスに注いだ。 その飲み物をシーバに渡すと、僕は同じ飲み物を自分用に作った。

「ジュンコさん、お誕生日おめでとうございます。乾杯」

 3つのグラスがカチンと一つの音を鳴らした。

 あ、今日、ジュンコさんの誕生日だったんだ。


「シーバさん、今日はお酒じゃないんですね」

 ジュンコさんは、カクテルを半分ほど飲むと、シーバのグラスを覗き込むようにして言った。

 ジュンコさんの言葉に、シーバは目を大きく開いた。

「え、・・・あ、ああ。今夜はジュンコさんに酔いたいから」

 シーバは、グラスをジュンコさんのほうに向けると、軽くウインクした。

「やだぁ!シーバさんったらぁ」


 キザな奴!

 僕は一気に麦茶を飲み干すと、カタン、とテーブルにグラスを置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る