第2章 身分を明かさず変装せよ 3

「こんばんは。お久しぶりです。ジュンコさん」

 ジュンコさんと呼ばれた女性は、ニコリと微笑んだ。

「シーバさん。お久しぶり。ごめんね。仕事が忙しくって、なかなか、来れなかったの」

「少し、お痩せになりましたか?お仕事、大変なんじゃありませんか?」

 ジュンコさんは両手で頬を押さえ、うつむいた。

「そ、そうかなあ。痩せた、かな?」

「ジュンコさんが元気になるように、今日は、もう一人、イケメンを連れてきました。新人なんですけど、同席させてもよろしいでしょうか?」

 僕は、腹の底からシーバに感心した。

 シーバは短時間で、ジュンコさんを普通の女性から乙女に変えた。

 それが話術なのか催眠術なのかわからないが、シーバの技に僕は言葉を失った。

「私、ジュンコっていいます。お名前は?」

 ジュンコさんは僕に軽く頭を下げた。

「ツヨシ、です。ナガグツツヨシのツヨシです」

 僕は、背筋を伸ばして自己紹介した。

「ナガグツ、好きなんですか?」

「はあ・・あ、はい。静かで熱い男が好きなんですよ」

「静かで熱い男。なるほどね。見た目は冷たい感じがするけど、ナガグツの歌って情熱的な歌詞が多いですよね。魂のロックシンガーって自分で言ってるだけあるなって思います」

 ふと、シーバを見ると、シーバは口角を上げながら、ジュンコさんの話にうなずいていた。と、思っていたが、一瞬、僕のほうを向き「もっと会話を続けろ」と言わんばかりの視線を送った。

「僕、ナガグツのライブ、一度、行ってみたいんですよ。発売開始2分でソールドアウトだから、チケットが取れなくて」

「へえ、そうなんですか。ファンクラブに入っている人でも、なかなか取れないって聞きます」

 シーバは何も言わず、僕の話を聞いていた。ジュンコさんは僕の話をニコニコしながら聞いている。いい感じだ。

「でも、僕、ナガグツよりもミートリズが好きなんですよね」

「ミートリズ?」

「ミートリズのボーカル、ジャン・ケンポンは、アジアが生んだ、最高のアーティストですよ。ジャン・ケンポン抜きでは、ミートリズの、あの音楽は生まれなかったと僕は思うんです。ギターのケン・ケンパも、ドラムのフドウ・サンも、いいですよ。でも、僕は、ジャン・ケンポンがいなかったら、ミートリズは世界的なスターになれなかったと思うんです。それにジャン・ケンポンは」

「ジュンコさん、飲み物のおかわりはいかがですか?」

 僕の話をシーバが遮った。話が盛り上がってきたところなのに、なんて嫌な奴なんだ。

「あ、そうですね。じゃあ、同じものをもう一杯」

 シーバが僕に体を密着させた。小さな声でまくし立てた。

「ツヨシ!なに、ボーっとしてんだよ。ジュンコさんの飲み物、カウンターへ行ってオーダーして来いよ!」

「は、はい!」

 僕はあたりをぐるりと見渡し、カウンターを見つけると走りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る