第2章 身分を明かさず変装せよ 2

 年下シーバの授業は続く。

「んじゃ、注意事項に入るけど、いい?」

 シーバは、僕に真っ白な1枚の紙とボールペンを渡した。

「どんなに親しくなっても、お客様に自分の本名や住所を言わないこと。もちろん、仲間の本名や住所、職業とかもお客様に教えるのはダメだ。これは、大事なことなんだけど、店内で写真撮影は禁止。店にいることや働いていることが公になると困る人がいるからな。お前もそうだろ?」

 なんだよ、その言い方。聞けば聞くほど、気分が悪くなる。

「お客様と連絡先を交換するのもダメ。それから、お客様や仲間のプライバシーを第三者にしゃべったり、ブログやSNSで公開するのは、絶対ダメ。それ、と。お客様の家族や友達に頼まれても、お客様が店に来ていることは、絶対、しゃべるなよ。あのさ・・・お前さ、返事しないなら、メモぐらい、取れよ!」

「あっ、あ。すみませんっ!」


 こうして僕は、20分ほど、シーバから説教という名のオリエンテーションを受け、無事にホストとしてデビューした。

 店に入って驚いた。

 お客が5人も入れば満席、というぐらいの店なのだが、僕自身が想像していたより広い店だった。

 ざっと、店内を見渡すと、紺色のワンピースを着た女性が奥のほうで別のホストと話をしていた。

「今日も来られてるのか、クミコさん」

 シーバのつぶやきに、僕は思わず「え!」と小さな声をあげた。

「あのお客様と、知り合いか?」

「いえ・・・。シーバさん、お客様の顔と名前を覚えているんだな、と、びっくりしただけです」

「当たり前だろ。これが仕事だからな。お前もできるようになるって」

 シーバがクミコさんと呼んだ女性は、後ろ向きなので、顔ははっきりわからない。ホストと肩を寄せ合いひそひそと話をしているようだった。

「あ、じゃ、僕、あちらのお客様に、何かお飲み物を持って」

「これから30分、お前はヘルプとして、おれと同じテーブルに座る」

 シーバから離れようとした僕を、シーバは僕の肩をつかんで引き留めた。

「お客様が飲み物を注文したら、カウンターにいるホリさんにオーダーしろ。んで、おれが『ドリンク』って言ったら、すぐに作っておれに渡せ。ドリンクの作り方はさっき教えたとおりにやればいいから」

 はいはい。グラスに氷を入れて麦茶を注ぐ、でしたね。


 シーバは僕を連れて、長い髪の女性のところへ向かった。

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