第2章 身分を明かさず変装せよ 1

「おれ、シーバ。よろしく」

 僕より背が高く、僕より若く見える男性は、僕を見下ろすように言った。眼鏡をかけている顔が神経質そうな印象を与えた。

「面接受けたばかりでスーツ持ってないんだろ?今日は予備のスーツを貸すけど、明日からはスーツ持って店に来いよ。ビジネススーツでも全然オッケーだから」

 初対面で、昔からの友達みたいな口の利き方をする人間が、僕は嫌いだ。

 僕がわざわざ丁寧な言葉で話しているのに、シーバは気にすることなく、命令口調で返す。

「店長から聞いてるかどうかわからないけど、2週間・・・といっても、この店は土日休みだから賞味10日なんだよね。だけど、毎日、来るつもりでいろよ。10日間ぶっ通しの研修みたいなもんだって考えておけ。研修を終えたら、その日の夜に10日分の給料がもらえる。給料もらったら、好きな時に来て好きなだけ働けばいいよ。あ、店長から、昼間は仕事してるって聞いてる。10日間、連続して店に来れないときもあると思うけど、休んだらその分、最初の給料もらえる日が、先送りされるから。10日間は休まないで来たほうがいい」

 シーバは、時折、眼鏡を持ち上げながら、話した。話すスピードは速く感じるが、不思議と言葉は聞き取れた。

「は、はあ。よろしくお願いします」

 カラスみたいな色のスーツに身を包んだ僕は、年下の先輩シーバに軽く頭を下げた。

「お前さ、そんなあいさつお客様にしたら、ソッコー、クビになるぞ」

 シーバの言い方に内心、ムッとしたが、ここは大人の男の見せどころ、と自分に言い聞かせ、小さな声で「すみません」と謝った。

「おれ達はさ、お客様からお金をいただくんだよ。バカ丁寧に頭を下げなくてもいいから、笑顔で『いらっしゃませ』『こんばんは』ってお客様に伝わるようにあいさつする。これ、基本中の基本だから」

「はあ」

 そんなの今の職場の新人研修でやった。年下のお前に言われなくても、わかってる。

「それから、返事は『はあ』じゃなくて、『はい』。おれら同士では、そういう返事はアリだけど、お客様には心をこめて『はい』とか『ありがとうございます』って言えよ」

「はあ・・・はい」

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