フィリピン人ですけど
私はその時、自称フィリピン人の男性の対応をしてました。
「めんどくせー。なんで、英語で書かなきゃなんねーの?」
「フィリピン大使館から、英語で文章を書くようにって言われているんですよね?」
「オレ、フィリピン人やめるから、英語なんて必要ねーのに」
「まあまあ、そんなことおっしゃらずに、まずは、日本語で構いませんから、文章を書いてみてください。こちらで英語に訳しますから」
「無理」
「……え?」
「今、フィリピン人だから。日本語上手くねーし」
「日本の高校、卒業されたって、さきほど」
「親がさ、高校ぐらいは行ってくれってうるせーから、行っただけ。学校も、オレが日本語下手なの知ってっから、オレだけ追試じゃなくて補習だった」
愛想笑いをしようかどうか迷っていた時、一つ離れた窓口で、フィリピン人スタッフのユミさんが女性のお客様にティッシュペーパーの箱を差し出してました。
「お客様、私、何か失礼なことを……」
「すみません。違うんです……本当に、違うんです。ごめんなさい」
女性は、ティッシュペーパーで顔を覆いながら、ユミさんに何度も頭を下げてました。
「どうしました?」
私の前にいた自称フィリピン人の男性が、急に凛々しい表情になり、泣いている女性に声をかけました。
「何か失礼なことを言われたんですか?」
男性は、私の制止を振り切り、女性に近づきました。
「違うんです……本当に、違うんです」
女性はティッシュペーパーで顔を覆ったまま、顔を大きく左右に動かしました。
「ここのスタッフに失礼なこと言われたんでしょ? オレもさっき、あの人に、失礼なこと、言われました」
男性は堂々と、私を指さしました。
女性は小さなバッグからハンカチを取り出し、ティッシュペーパーをバッグに押し込みました。
「お騒がせしてすみません」
女性はハンカチを口にあてながら、男性に軽く頭を下げました。
「私、フィリピン人なんですけど」
女性は涙声を交えながら、男性に話し始めました。
「タガログ語も英語も話せないのは、恥ずかしいなと思って。今日、頑張って、英語、話してみたんですけど。……全然、ダメで……そしたら、情けなくなっちゃって……」
ユミさんが、紙コップに入った水を女性に渡しました。
「お客様、無理をなさらずに、日本語でお話ください。私、日本語も話せますから」
「ありがとうございます」
女性は、ユミさんに深く頭を下げ、水を一気に飲みました。
「同じフィリピン人なのに、英語も、タガログ語も、……日本語も話せるなんて。すごいですね」
「い、いえ……。自分では、すごいと思ったことは……」
「すごく、努力されたんですね」
女性は、紙コップをカウンターにそっと置きました。
「英語、ちゃんと勉強します。母に、タガログ語、教えてもらいます。私、自信をもってフィリピン人と言えるようになりたいです」
女性はハンカチで目元をぬぐうと、ユミさんにゆっくりと頭を下げました。
「恥ずかしいところをお見せしちゃって、すみません。出直します」
女性は、自称フィリピン人の男性にも頭を下げました。
男性は、女性よりも深く頭を下げました。
女性が見えなくなるまで、直立不動で見送った男性は、重い足取りで私のいる窓口に戻ってきました。
「ティッシュ、いりますか?」
私がそう尋ねると、男性は不機嫌な表情で軽く右手を挙げて、左右に振りました。
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