あなたの生まれは、どこですか?

「おねーさーん!」

 窓口で細身の男性が叫んでいました。

「あのさー」

 私が窓口へ到着するなり、男性は、くしゃくしゃになった紙をカウンターに叩きつけました。

「こんないい加減な仕事してもらっちゃ、困るんだけど!」

 男性の声を聞いて、フィリピン人スタッフのユミさんと上司のガンさんが窓口に駆けつけてくれました。

「オレはさ、生まれも育ちもさいたま市浦和区なのに、アンタが作った翻訳ってヤツがさ、大宮って……。テキトーな仕事してんじゃねーよ!」

 ユミさんとガンさんが、男性から渡された紙を覗き込みました。

「あのさー」

 男性は、私を指さしました。

「アンタのせいで、こっちは日本国籍、取れねーかもしんないんですけど」

 男性はなぜか、ニヤニヤしながら私を見てました。

「責任取れとは言いませんけどぉ、誠意ってものを見せてくださいよぉ。カネぇ、返す的な?」

 ガンさんが私を手招きしました。

「お客様が渡してくれたフィリピンの出生証明書と、あなたが作った日本語訳、確認したけど、間違ってないよ」

 ガンさんが指さした箇所を見て、私は思わずニヤリとしてしまいました。


 私は、男性の出生証明書を持って窓口へ戻りました。

「お客様は、お生まれも育ちも、さいたま市とおっしゃってますが」

「だーから、さっきっから、そー言ってんじゃん」

「お客様がお生まれになった時、その場所は、さいたま市ではなかったんです」

「へ?」

「2001年に、さいたま市が誕生しています。それより前に生まれた方は、当時の市の名前が出生地になるんです」

「何、言ってんのか、さーっぱり、わかんない」

 男性は、オーバーに両手を広げました。

「お客様は、2001年より前にお生まれになっていますから、出生地は」

 私は、男性の出生証明書の出生地を指さしました。

「オーミヤ……シティ。え?」

 出生地を読み上げた男性は、眉を上下に動かしました。

「合併前の市の名前が、お客様の出生地として、出生証明書に書いてあります」

「大宮……市だったって、こと?」

 真剣な眼差しで、男性は出生地を見ていました。

「出生証明書と翻訳の内容に間違いはありませんので、ご返金はできません」

 私はゆっくり頭を下げました。

「おねーさん……」

 私が顔を上げるより先に、男性が顔を上げていました。

「オレさ、レッズファンなんですけど」

 男性の言葉の真意がわからず、私は、男性をじっと見つめてしまいました。

「大宮生まれじゃ困るんです!」

「え?」

「さいたま市じゃないのは、わかった! でも、大宮じゃ困る! 浦和に変えてもらってもいいですか?」

「書類に書いていないことは、翻訳できませんって!」

「浦和レッズファンとして、浦和生まれの浦和育ちにしたいんです!」


 浦和と浦和レッズを愛する男性が窓口を出たのは、一時間後でした。



  

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