ニセモノだもの

「彼女、妊娠、してるんだ、ゾ!」

 外国人男性は、ややたどたどしい日本語で怒鳴りました。

「私たち、静岡から、来ました! 彼女、妊娠、9カ月! わかる? リスク、ある! それなのに……」

 彼女と呼ばれたフィリピン人女性は、真っ赤な顔して私に怒鳴る男性の横で、目を伏せています。

「ペーパーがフェイクって、どういうことっ!」

 あの~。

 それは私にではなく、隣にいる彼女か、彼女の代わりに書類を取ったという業者に言ってくれませんかねぇ(-_-;

 私は、そんな言葉が喉からでかかっていました。

「ご事情はわかりますが、偽物の書類の翻訳は、できないんです」

 私は、言葉を選びながら、男性に答えました。が、男性はすぐに私を怒鳴りました。

「フィリピンの国が出したペーパーだよ? それがフェイクって、おかしい!」

 そうですね。これが、本当にフィリピン統計局が出した書類ならば、ね。


 私は、上司であるフィリピン人男性のガンさんに、男性とのやり取りを説明しました。

 数分後、ガンさんと2人で、男性が待つ窓口へ戻りました。

「あーあーあーあー。お待たせしました」

 ガンさんは、柔らかい声で男性に話しかけました。

「あなたね。書類がニセモノだってことを説明してほしいって方は」

「なんだよ、お前? 日本人か?」

 男性は、ガンさんをじっと睨みました。

「私は、フィリピン人。あなたの隣にいる彼女と同じ国の人間です」

 女性は、ガンさんを見ると、小さな声でタガログ語のあいさつをしました。

 ガンさんは、女性に軽く手を挙げました。

「これですか? あなたが出された書類は?」

「そう」

 男性は私を指さしました。

「あの女、あなたのところの女が、このペーパー、フェイクって言いやがりました!」

「おやおや。あなたね。人を指さすのは、お止めなさい。私はね、子供にも孫にも、人を指さすのは、大変失礼なことだからやってはいけないって、教えているの」

 男性は、私を睨みながらゆっくりと私を指さした手を下ろしました。

「あなたは、この書類が本物だって、思っていらっしゃる。そうでしょ?」

「そう!」

 ガンさんは、一枚の書類を男性の前に出しました。

「これ、私の出生証明書。フィリピンの統計局ってところから出してもらった、本物です。去年、ちゃんと、フィリピンへ行って、統計局で申請したんですよ」

 ガンさんの出生証明書を見た男性は、何も言わずに女性を見ました。

 女性は、男性と目を合わせようとしません。

「あなたが彼女を信じたい気持ち、わかります。でもね、彼女が持ってきた書類は、フィリピンの国が出した本物の書類じゃない。彼女、騙されちゃったんですよ」

 ガンさんの言葉を聞いた女性は、泣き出してしまいました。

「……騙されたの、ボクです」

 男性の声が震えてました。

「彼女さんのお話ですと、書類は業者に頼んで取ってもらったそうです。ですから、本物の書類をご自分で取るか、フィリピンにいるご家族に頼んで取ってもらえば」

 私の話が終わる前に、男性が女性の腕をつかみました。

「おい! どうする? お前に10万円払った。もう、お金ないよ!」

 女性は、男性から顔を背け、ただただ泣いてました。

「止めなさい!」

 ガンさんの大きな声に、男性の動きが止まりました。

「彼女は妊娠9カ月なんでしょ? そんなに彼女を責めたり、力いっぱい腕をつかんだら、生まれてくるお子さんがかわいそうだ!」

 ガンさんの言葉を聞くと、男性は舌打ちをし、つかんでいた女性の腕を離しました。

 ガンさんは、泣きじゃくる女性を別室へ連れて行きました。

 私は、窓口に残された男性に、相談センターに来るまでの経緯を聞きました。

「彼女、オーバーステイ。ニューカン、見つかったら、フィリピン帰る。でも、結婚したい。子供、できたら、日本、いられるって、親切な日本人が言ってくれた。やっと、子供出来た。子供、生まれたレポートするのに、彼女のペーパー、いるって市役所に言われた。フィリピン大使館行く、途中で、大使館より早くペーパー出してあげるって、男の人に言われて……。10万、高いって思った。でも、彼女が早くペーパーほしいって言ったから、友達からお金借りて……あのニセモノ、買った」

「フィリピン大使館では、出生証明書は出していないんですよ」

「え?」

 男性の目から涙が、雨のように流れ落ちました。

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