禁断の結婚?

「ちょっと、聞いていい?」

 角刈りが良く似合う、作業服の男性が窓口に現れました。

「16歳のフィリピンの子と、日本で結婚できるでしょ?」

 男性は、カウンターに両肘を乗せると、前のめりになりました。マスクをしていても、一歩下がりたくなるほどの声量でした。

「フィリピン人は法律で、18歳にならないと結婚できませんよ」

 私の答えを聞くと、男性は、力強くカウンターを叩きました。

「んじゃ、なんで、日本じゃ、女の子が16歳でも結婚できんだよっ?」

「日本の女性は、16歳から結婚できます。2022年からは、男女共に18歳にならないと結婚できませんが」

 私を睨みつける男性の目に、私は目から疑いのビームを放ちました。

「フィリピン人は、男性も女性も18歳にならないと結婚できないんです」

「結婚する国の法律で結婚できねーのかよっ!」

 男性は、カウンターに顔をぶつけるかのごとく、崩れ落ちました。


 男性は、国際結婚に特化した結婚あっせん業者から、16歳のフィリピン人女性を紹介されたそうです。

「日本にいれば、16歳でも結婚できるから、彼女を日本に呼ぶためのお金を出して欲しいって、業者にいわれてさ。振り込んだんだよ。30万」

「30万!?」

「去年の暮れにね。彼女、田舎に住んでるから、マニラの空港までの交通費とか、日本までのチケットとか、いろいろ込みで、30万……」

「それで、彼女は、いつ、日本に来られたんですか?」

「まだ」

「え?」

 マニラの空港で、16歳の女の子の出国が拒否され、来日はドタキャン。彼女の母親と一緒に来日することになり、男性は、2人分のチケット代として20万円を業者に振り込んだそうです。

「そしたらさ、今度は、ウイルスで国がシャットダウンだろ?」

 ロックダウンですよ。

「業者からメールが来てさ。ショパンの事情で結婚は白紙だって」

 諸般の事情により、ですね。

「はえー話が、騙されたんだよ。こっちはさ、全部で50万払ったのにさ、結婚は出来ないし、金は戻ってこないし。フィリピンだと16歳じゃ結婚できないけど、日本に呼べば16歳でも結婚できるって言われたけど、それもウソだって……」

 男性は、軽く拳を握り、トントンとカウンターを叩きました。

「よかったじゃないですか。結婚できなくて」

 男性は、両方の眉をくっつけながら、私を見ました。

「彼女が日本に来てしまっていたら、人身売買に関わったとして、お客様が逮捕されていたかもしれなかったですよ」

「逮捕っ?」

「フィリピンでは16歳は結婚できないこと、知ってましたよね? 女性とは、業者の紹介で知り合ったと、おっしゃってましたよね? お金を払って結婚しようとしてましたよね?」

「そっ、……それは……。女の子を日本に来させるためで、金で女の子を買ったわけじゃ」

「どうして、彼女と、結婚しようと思ったんですか?」

 男性は、私から視線を逸らしました。

「警察へ行って、業者に騙されたと話すのか、人身売買に関わってしまったと話すのかは、お客様にお任せします」

 男性は俯いたまま、何も言わずに、窓口に背を向けました。

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