博士号は、ありまーす!
受話器を取った瞬間から、怒られました。
「電話に出られないなら、繋がないで下さいっ!」
電話が繋がると電話料金が発生するから、すぐに電話に出られないなら、保留音で待たせずに、ずっと、呼び出し音だけにしなさい、という主婦のご主張でした。
「ご意見、ありがとうございます。では、失礼しま~」
「ちょっと待ちなさいっ!」
受話器からあふれんばかりの大きな声で、私を引き留めたご婦人。
「あなたと話をするために、こちらは、タダじゃない電話代を払っているんですからねっ!」
このご婦人、簡単には電話を切らせてくれないようてす。
「フィリピンで取得した学位は偽物だと言う人を、厳しく取り締まるところを教えなさい」
「へっ?(@o@)」
この女性のご子息が、第一希望の企業から不採用になったのは、フィリピンで取得した学位が原因だと、女性は私に言いました。
「インターネットで、フィリピンで所得した学位は偽物がほとんどだっていう書き込みを見つけたんです!」
女性の話を聞きながら、なぜ、ご子息ではなく母親である女性が怒っているのだろうと、私は考えていました。
「息子は、フィリピンの国立大学で、博士号を取得したんです!」
「フィリピン大学で、ですか。それは素晴らしいですね」
「違います。フィリピンの、国立大学です」
「あの、フィリピンの国立大学は・・・」
「フィリピンの国立大学は一つだけだなんて、いい加減な書き込みを見つけました。息子のために、フィリピンで大学を卒業した人の名誉を守るところはないんですか?」
私とご婦人の会話がかみ合わない・・・
「あの~。息子さんが博士号を取った大学は、どちらなんですか?」
私のこの一言を待っていたかのように、女性の口調が早くなりました。
「息子はね、アメリカの有名な大学の先生の推薦で、シニガン大学に特待生として入りました。成績が優秀だということで、試験を2回受けて、博士号を頂戴したんです」
私は胸につかえたものを感じながら、女性に言いました。
「フィリピンの国立大学と言えば、フィリピン大学です。日本のように、地方自治体ごとに国立大学があるわけではありません」
女性は、やっと聞き取れるぐらいの声で「え」と言いました。
「その、シニガン大学は、フィリピンのどこにある大学ですか?」
「フィリピンに決まってるじゃない!」
「いえいえ。フィリピンの、どちらにある、大学ですか?」
「うっ」
受話器から、短い苦悩の声が聞こえました。
「マっ、マニラよ、マニラ!フィリピンの首都は、マニラなんでしょ?」
「そうですか」
受話器から鼻息が聞こえてくるご婦人の答えを、私はさらりと受け流しました。
「息子さんは、マニラのどちらから、シニガン大学に通われたんですか?」
「あなた、私の話を聞いてる?大学に特待生で入ったと言ったでしょう?」
「私は、息子さんが、実際にマニラに住んで、シニガン大学に通われたのか、とお聞きしたんです」
突然、ご婦人が笑いました。
「あんな物騒で貧しいところに、息子が住むはずないじゃないのぉ!インターネットよ!今は、インターネットで博士号が取れるのよ!あなた、そんなことも知らないの~?オホホホホホっ!」
私は、ご婦人の発言に不快なものを感じながら、質問を続けました。
「一度も、大学へ行かずに、インターネットで、試験も、授業も受けられたんですか?」
「・・・」
「なんでも、インターネットなんですね。」
「そ、そうよ・・・」
「本当に、フィリピンにある大学なんですか?」
受話器から、何の反応もありません。
「シニガン大学で取得した博士号が本物であることを証明するには、息子さんと一緒にシニガン大学へ行って、博士号取得を証明する書類を取られては如何ですか?インターネットじゃなくて、大学へ直接行くんです」
私の提案に、ご婦人はそれまでの上品な言葉遣いはどこへやら。
「はあ?行って、なんになんのよ。あんな物騒な国」
と、吐き捨てるように言いました。私も、負けじと言い返しました。
「息子さんを面接した大学の教授と3人で、博士号取得を証明する書類を持って、国立シニガン大学の門の前で、記念写真を撮ってください。その写真と博士号取得の証明書を裁判所へ持っていって、息子さんを採用しなかった企業、インターネットにフィリピンの国立大学は、ひとつだけといういい加減な書き込みをした人、み~んな、訴えてください!」
「バカなこと、言わないでっ!」
ご婦人は、声を震わせながら言いました。
「行きたくないわよっ!フィリピンなんて貧しい国!」
私は、ゆっくりと息を吸いました。
「フィリピンへ行かなかったら、息子さんはずっと、博士号を取ったことを疑われ、シニガン大学は国立大学と認めてもらえず、フィリピンで取った学位はニセモノだと笑われますよ!あなたがフィリピンを貧しい国と見下すように、世間は、あなたや息子さんを、ニセモノの博士号をひけらかす、心貧しい人と見下しますよ!」
受話器から、ご婦人の、うなるような声が、しばらく流れてました。
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