漢字、大事

 そんなに寒くもない平日の午後、黒い大きなパーカーをゆったりと羽織った日本人男性が、細身で目鼻立ちがはっきりしている赤髪のフィリピン人女性と腕を組んで、窓口に現れました。

「彼女が~、チョクシュツでない子どもを産みました~。彼女と子どものために、これから結婚しま~す」

 嫡出、では……?

 聞かなかったことにしました。

 フードを被ったままの男性は、腕に絡まっている女性を何度も見ながら、私に質問をしました。

「彼女が、アッチの人で。今、お母さんと一緒に大阪に住んでンすけど。今日は、コッチに来てもらってて。あ、お母さんもアッチの人で。子どもが生まれたんで、彼女とコッチで暮らしたいんです。んで、質問は、アッチの人と、コッチで結婚すんのに……。え?アッチで?いや、コッチで結婚するって、決めたじゃん……。んあ?黙ってろって。すんません。だからぁ、アッチに住んでる人がコッチに来て、えっと、アッチの人とコッチで結婚すんのって……んあ? ああ、わけわかんねーよっ!」

 私、ツッコミ、入れてないですよ~(^o^)

 フィリピン大使館で婚姻要件具備証明書を取得してから婚姻届を出すようにと説明すると、男性がかったるそうに言いました。

「大使館って、なんスか?」

 大使館について説明をすると、男性は浮かない顔して答えました。

「じゃ、ソッチ行けばいいのね?」

 アッチコッチソッチと、そんな語彙力じゃ、ドッチみち結婚はうまくいかないよ……(T.T)


 チーマー風の日本人男性が窓口に来られたもう一つの理由は、戸籍謄本の英訳をお願いするためでした。

「それでは、こちらの申し込み用紙に、翻訳依頼というというところにチェックを入れて、こちらの欄に、依頼理由を書いてください」

 私がチーマー風の男性に用紙を渡すと、男性は用紙とケンカするかの如く、用紙を睨みつけました。

「理由?」

 え、私、何か、お気に障るようなこと、言いました?

 私は平静を装いながら、チーマー風の男性に答えました。

「結婚手続きのため、とお書きください」

「あそ!」

 ニコっ!

 返事と同時に、チーマーが笑いました。

 私は、胸をなでおろし、2人の様子を見ました。

 チーマーは無言で、翻訳依頼の隣の四角にチェックを入れると、それきり、動かなくなりました。


 チーマーっ!?(ノ゜O゜)ノ


 チーマーも、彼女も、私も、動きが止まりました。

「結婚しますって、書けばえーやん」

 フィリピン人の彼女の日本語が、凍り付いた空気を一瞬で溶かしました。

「んー」

 チーマーはペンを動かそうとしません。

 彼女が、申請用紙を覗き込むように見ました。そして、チーマーの耳元で囁きました。

「……結婚の結はイトヘンで……、そう……。婚はオンナヘン……」


 どっひゃ~っ!(ノ゜O゜)ノ


 チーマー、フィリピン人の彼女から漢字教わってる~っ!(ノ゜O゜)ノ

 かっちょわるー(^o^)


 5分後。彼女のアシストでチーマーは、無事に申請用紙に理由を「結婚です」と書き上げました。


「これからも、奥さんの尻にしかれてな」

 私は、心の中で2人に祝辞を述べました(^^ゞ

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