アコ、ラブ、フィリピン!

「アサワがさ。ワイフがさ。カミさんがさ、ピーナでさ」

 時々、自称フィリピン通が、相談センターに来られます。

 アサワ(妻という意味)というタガログ語を披露することで、フィリピンに詳しいことをアピールしてきます。

 ピーナという言葉で、ただのフィリピン好きとの違いを強調します。

 フィリピン人女性のことをフィリピーナと呼ばず、「ピーナ」や「ピナ」と呼ぶことで、フィリピンとの関係の「ディープさ」を見せつけます。

 先ほどの言葉は「ウチの奥さん、フィリピン人でさ」です。


 窓口に、「I LOVE PHILIPPINE」と描かれたTシャツを着た日本人男性が来られました。

「アコ(私)のアサワがピナでさ。ごめんな、アコ、フィリピンの言葉が、つい、でちゃうけど、気にしないで。こないださ、友達に、アサワの妹の写真を見せたら、すぐにでも結婚したいって言ったんだ。もし、二人が結婚したらさ、アサワビザ、いつ取れる?」


 イカウ(あなた)、何者ーーーっ!(ノ゜O゜)ノ

 

 フィリピン人スタッフのユミさんと目が合うと、男性はユミさんに笑顔であいさつしました。

「マガンダ、ハポン!」

 ユミさんは笑いをこらえながら、男性に軽く会釈をし、その場を去りました。男性は、軽く鼻歌を奏でました。

 こんにちはは、「マガンダンハーポン」。「マガンダ(ン)ハポン」だと「美しい日本人」という意味になることを、この男性は理解してあいさつしているのだろうか……。

「えっと……奥様の妹さんは、フィリピンに、いらっしゃるんですね?」

 私は、ユミさんを目で追う男性を無視して説明を始めました。

「それでしたら、お友達がフィリピンへ行って、マニラの日本大使館で婚姻要件具備証明書を作って」

「えっ! そんなにめんどくさいの?」

 男性は、片手で両目で覆うように押さえました。

「オーエムジー!」

 私は、男性に気づかれないように、小さくため息をつきました。

「シスをこっちに呼んで、手続きできないの?」

「し、す?」

「シスって妹のこと。それぐらい、知っとけって」

 男性は、指で強くカウンターを叩きました。

「あの……。失礼ですが、奥様とは日本で結婚されたんですか?」

 私の質問に、男性の顔が明るくなりました。

「そう。でも2年前、ロングロングアゴーだよ~。アサワはさ、フィリピンの教会で式挙げたいって言ったんだけど、アコ仏教だからダメっつって、アサワにこっち来てもらったんだわ」

 男性の話が止まりそうになかったので、私は無理矢理、男性の話に割り込みました。

「日本で婚姻届を出したからといって、すぐに、妹さんのビザが変わるわけではありませんよ」

「えっ!」

 男性の声に、室内にいた誰もが男性に注目しました。

「2年前、奥様を日本に呼ばれたとき、何のビザを申請されたか、覚えていらっしゃいますか?」

「……婚約者ビザ。たぶん」

「日本で婚姻届を提出された後、婚約者ビザから配偶者ビザにすぐに変わりましたか?」

「わっかんねーよ。ぜーんぶ、センセーにやってもらったから。そんな昔のこと、ぜんっぜん、覚えてねーわ」

 男性は、首を40度くらいに傾けて私を見ていました。

「イカウさ、ホントは、なーんにもわかんなくて、テッキトーなこと、言ってんじゃない? さっきのピナにチェンジ」

「え?」

「だっからぁ、オメーじゃなくて、さっき、アコがあいさつしたフィリピンの女の子に変われって!」

 ユミさんは、私と男性のやり取りを遠くから見ていたらしく、私がユミさんに事情を説明する前に、ユミさんは親指を突き出してにっこりと笑いました。

「大丈夫! あとは任せて!」

 ユミさんは男性の前に立つと、男性にタガログ語で話しかけました。

「こんにちは。お客様、タガログ語がお上手なんですね。タガログ語でお話しましょう。ご用件はなんでしょうか?」

 男性は一瞬、口を開けたまま、ユミさんを見ていました。が、すぐに話し始めました。

「うおうおうおうお、おけっ! アコのダチ……シーンジーが、アサワのシスにラブしたわけよ~。わかる? おけっ? んで、シーンジー、イモートー、パーンパーカパーン! ビザ、チェンジ、おけっ?」

「お客様が奥様とご結婚されたとき、お世話になったセンセーにご相談されたらいかがですか?」

 ユミさんが日本語で答えると、男性は悲鳴にも近い声をあげ、一歩下がりました。

「いかいかいか、イカウ、ピナ?」

「はい、私は日本語も話せるフィリピン人です」

 ユミさんは日本語で答えました。

「お客様がフィリピン人に優しくするように、フィリピン人の為に働く日本人スタッフにも優しくしてください」

「おけっ、おけっ、おけっ」

「それから、奥様からキチンとタガログ語を教えてもらった方がいいですよ。お客様のタガログ語、聞くに耐えないレベルです」

 ユミさんの言葉に、男性は顔を引きつらせながら、鳩時計のように、返事も頷きました。

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