ドッカーン!男のカン?
守衛から、日本人男性の対応をお願いされました。
誰もいない待合室に、黄色ネクタイをカチッと締めたやや小太りの男性が立っていました。長い袖を適当にまくり、手にはスマートフォンを握り締めていました。
「あぁ、良かった!」
男性は安堵の声をあげると、手にしていたスマホの画面を、ドラマ水戸黄門の印籠のように私に見せました。
「カミさんのケータイに、フィリピン人の友達からメッセージが入ったんだけど。タガログ語だから読めなくて」
私は一瞬、戸惑いました。
この男性は、私に何をしてほしいのだろう?
どうして、奥様のスマホを持っているんだろう?
「コムスタカは、こんにちはっていう意味でしょ?それぐらいオレにだってわかるんだけど…」
男性は私の顔を見ることなく、話を続けました。
「あの…。奥様は?」
「今、フィリピン」
男性は、私の質問に素っ気なく答えました。
「どうして、奥様の携帯電話を…?」
やっと、男性が私の顔を見ました。その表情は、なぜか、慌てていました。
「かっ、カミさんから預かったんだよ!」
ケータイやスマホ大好きなフィリピン人が、里帰りするときに、夫に預けるかなぁ?まぁ、里帰り中にケータイやスマホが奪われたら、日本の家族に連絡ができなくなるから、1週間程度の里帰りなら、夫に預ける人がいるかもしれない。
ロックしないの?パスワードを夫に教えているってこと?
だからといって、夫が妻のスマホを見てもいいってことはないだろう?
「とにかく!カミさんの友達からメールが来たんだってっ!読めなくて困ってるからっ!ほら!早く!読んでっ!」
男性は、私の顔に押しつけるようにスマホの画面を見せました。
私は、胸につかえるものを感じ、画面を見ることができませんでした。
「申し訳ございません。こちらでは、そのようなサービスは行っておりませんので…」
男性が困惑の表情を浮かべ、唇を震わせました。
「さっきの男の人は読んでくれたのに…」
そう言いながら、男性は、私よりもタガログ語ができる守衛のほうを見ました。
守衛に何やらせてるんだ!守衛は、あなたの家来じゃないんだぞ!
「そ、そりゃ、守秘義務があるってことはわかるよ!で、でも…、これぐらい、いいじゃん…」
守秘義務?
メールを読んでいないから、私はメールの内容は知りませんよ!守衛からは、何も聞いていないし。
あぁ…。
胸のつかえの理由が、わかりました。
この人、奥さんの恋人から届いたメールを私に読ませようとしているのか!
「あの~。タガログ語がわからないのに、どうして、奥様のお友達からのメールだとわかったんですか?」
私が男性に尋ねました。
「んなこと、どうだっていいじゃねーかっ!」
男性が声を荒げました。
「さっきから、バカにしたこと言いやがって!やる気あんのかっ!ゴラァ!」
守衛が男性のところへ駆け寄りました。
「あの女、クビにしろよっ!あの女が!」
男性は左手で守衛の肩をつかみ、右手は私を指しながら叫びました。
「オレのことを疑うんだ!オレがカミさんの友達って、つってんだから、カミさんの友達なんだよ!それなのに、友達じゃないなんて・・・勝手なこと言うな!バカが!」
「いっかい、落ち着きましょ」
守衛が、男性の右手を力ずくで下ろさせました。男性は、はあはあと、肩で息をしながら守衛に軽く頭を下げました。
「奥さんの友達からのメールだったんですか?」
守衛が男性に質問すると、男性は小さな声で「そうだって言ってんじゃん」とつぶやき、何度も頷きました。
「さっき、自分には『俺のフィリピン人の友達』って言ってましたよね?」
男性が、守衛をじっと見つめました。
「奥さんの友達なんて言ってなかったじゃないっスか!・・・あ、あれ?奥さんの友達とメールしてるってことですか?」
男性の顔が、少し離れた私でもわかるくらい赤くなりました。
「女がフィリピン人の男と浮気してんだよ!証拠をつかんでやろうと、アイツがケータイ忘れて出かけたから、気がついて取りに帰る前に、こっちに持ってきたんだ!浮気してるのは、オレじゃない、アイツだよ!」
男性の怒鳴り声が、室内から消えた時、ため息にも似た守衛の声が聞こえました。
「マジか?」
「申し訳ございません。奥様の許可なしに、メールを確認することはできません」
私は頭を深々と下げました。男性は泣きそうな顔で私をみると
「もう、いいっ!」
叫び声にも似た声でそう言うと、体を震わせながら、出ていきました。
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