アノバヤンな人たち -つれづれ業務日誌-

愛、あなたと２人だけ？

「フィリピンで結婚手続きができないって、言われたんだけどぉ」

　大柄な日本人男性が歌舞伎役者でもできない表情で、私を睨みつけました。

　私は、窓口で話を聞いているだけなのですが、男性は、なぜか私を責めます。

「前に日本人と結婚してたけど、離婚してんだって！なのに、ダメだって、おかしっしょ？」

　少々、ドスのきいた声で、ゆっくりと私に迫りました。

「彼女のビザ、もうすぐ切れんだよ。なんとかしてもらえねーかね？」

「先ほど、担当からお話させていただきましたように、フィリピンの裁判所で離婚認知裁判を・・・」

　フィリピンには、離婚という制度がないため、フィリピンの裁判所で、婚姻の解消を認めてもらわなくてはなりません。日本のように離婚が認められている国で離婚が成立しても、フィリピンの裁判所でその離婚を認めてもらわない限り、再婚ができないのです。裁判所での手続きが終了していない場合、配偶者の死亡が確認できない限り、婚姻は継続しているということになります。

「だぁからぁっ！彼女は、前の結婚を解消するって、さっきから何度も、あの人に言ってんのー。だけど、前に日本人と結婚してたからダメだってー。彼女がちゃんとするっつってんだからさー、結婚、認めてもらえない？」

　ここは、相談センター。結婚を認めるところじゃないんだって(◞‸◟)

　ネチネチと男性に苦情を言われている私を見かねた担当のフィリピン人職員が、男性の婚約者のフィリピン人女性を窓口に呼びました。ダブルデートのように、カウンターを挟んで、２対２で話し合いをしました。

「お願いします。フィリピンで結婚の手続きができるように、便宜を図ってください」

　甘えるような声で話すフィリピン人女性に、担当はタガログ語で言いました。

「さきほども言いましたが、あなたは過去に二度結婚して、二度ともフィリピンで婚姻を解消していない。だから、過去の婚姻を全て解消しない限り、再婚は、できないんですよ」

　女性は顔を伏せました。男性は、彼女の様子を見ると、再び、私を睨みつけました。私は、男性が担当の言葉を理解していないとわかりました。

「婚約者の方は、前に２回、結婚されているんですね。フィリピンでは、２人の方と結婚していることになっています」

　男性は、きょとんとした顔で私を見ました。

「ふた、り？」

「はい、フィリピンでは、２人の男性と結婚していることになっているんです。どちらとも、離婚していないそうです。フィリピンでは」

　男性は、口を動かしていましたが、言葉になっていません。

「つまり、重婚ですっ！」

　明るく説明する私。男性は驚いた表情で女性を見ました。女性は、男性の表情を気にすることなく、担当に何度も頭を下げていました。

「お願いします！前の結婚は、日本で離婚しました！だから、フィリピンで、ちゃんと裁判やります！」

「ひとつじゃダメ。二つとも。一番最初の、フィリピン人との結婚も、フィリピンの裁判所で解消しなきゃダメですよ」

「そんな…。フィリピン人の夫は今、どこにいるかわからないし、会いたくありません。前のダンナ、日本人のダンナとの結婚だけ解消しますから。今回だけ、特別に、彼と結婚できるように、助けてください！」

　目に涙を浮かべ懇願する女性に、静かに首を左右に振る担当。その脇で

「最初の結婚はフィリピン人。その結婚を解消しないまま、日本で前のご主人と結婚したので、フィリピンでは、重婚です！今、結婚したら、三重婚っ！(^O^)w」

　笑顔で男性に指を三本突き出す私。

「前の…日本人との結婚、解消しても、オレと結婚したら…、重婚、ですよね？」

　男性の声が震えてました。

「そのとーりっ！(^O^)v」

　笑顔でVサインをする私。

　女性を睨む男性。

　ため息をつく担当。

　女性の泣きじゃくる声だけが、私たちを包んでました。