結婚させてもらえない男

「フィリピン人女性に600万(円)貢いだ。これで結婚できなかったら、結婚詐欺になりますよね?」

 電話の声の主は、フィリピン人女性と結婚の約束をした日本人男性。1年ほど前に、パブで知り合ったそうです。男性は、女性の借金を肩代わりし、女性の実家の改築費用を払い、結婚費用を用意しました。

「全部で600万。彼女に泣きつかれちゃったら、貸さないわけにいかない」

 男性60歳、相手の女性は35歳です。女性は現在、結婚準備のため、フィリピンに帰省しているとのこと。

「彼女に一週間で結婚できると言われ、ゴールデンウィークに二人でフィリピンへ行ったけど、結婚できずにオレだけ帰国したんだ。彼女は6月、日本に戻ってくる。8月に再度、二人でフィリピンへ行って式を挙げる予定だけど、本当に(挙式)出来るかどうか不安になってきてさ。8月に式を挙げられなかったら、これは、詐欺として訴えられるよね?」

 鼻息荒く話す男性。私は、少し声のトーンを落として男性に話しました。

「結婚の約束は、書面で残しているんですか?」

「そんなもの、あるわけないでしょ。口約束ですよ」

 男性は、半笑いで答えました。

「お二人の間で、8月に結婚すると契約書のようなものを作っていれば、8月に結婚できなかった場合は、相手が契約に違反したという理由で訴えることはできると思いますが。口約束では…」

「あー、そうだね。口約束じゃダメだよね」

 口約束と言った男性。自分で発した言葉を聞き、慌てだしました。

「でもっ!でも、お金は返ってくるよね?600万。絶対オレと結婚するって、あっちが言ったから、貸したんだ。結婚しなかったら、返してもらえるよね?」

 お金の貸し借りも口約束だろう、と思いましたが、念のために確認しました。

「借用書は作ってますか?」

「ないよ。彼女が『あなたと必ず結婚するから、お金貸して』って言ったから、借用書なんて作ってないよ」

「借用書や返済計画書といった書類がないと、お金を返してもらえなくなった時に、警察や弁護士さんに相談できませんよ」

 何がなんでも、お金を取り返したい男性。

 何がなんでも、この場から逃れたい私。

 無言の戦いが受話器を通して繰り広げられました。

「あっそうだ!オレ、アイツのパスポートのコピー持ってるんだ!」

 男性が嬉しそうに叫びました。

「アイツのパスポート、7月で切れるんだ!そのコピー、フィリピンの大使館に送ったら、アイツのパスポートが更新出来ないようにしてくれるよなぁ?」

 パスポートを更新できないとわかったら、お金を返してもらえると、男性は考えていたようです。

「女性がフィリピンでパスポート更新してたら、どうするんですか」

「ええっ!フィリピンで、パスポートの更新できるのぉ?」


 ん?(゜_゜)

 どっひゃ~!(ノ゜O゜)ノ


「女性は今、フィリピンにいらっしゃるんですよね?向こうで、すでにパスポートの更新されてるかもしれませんよ」

「えー…。フィリピンでパスポートの更新、できちゃうんだぁ」

 パスポートの更新は、日本のフィリピン大使館以外ではできないと固く信じていた男性は、低く、間の抜けた声を出して電話を切りました。


 受話器を置いてから、「頑張れ!ニッポン!頑張れ!ニッポン人男性!」

と拳を握って呟いた、ニッポン人女性は、私です(^^ゞ

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