何も知らなくて・・・バツイチ

「知らないフィリピン人の女性と、身に覚えのない結婚をさせられました」


 40代とおぼしき日本人男性が2人、暗い表情で窓口に現れました。そのうちの一人、被害者と名乗る男性が、戸籍謄本を私に見せました。

「この(戸籍謄本に記載されている)フィリピン人とは、お知り合いではないんですね?」

 私は、男性の戸籍謄本に記載されているフィリピン人女性の名前を何度もなぞりながら、被害者男性に尋ねました。

「知りません」

 被害者男性は、きっぱりと答えました。

「平成○年に結婚されてますね。失礼ですが、平成○年ごろ、外国人の方とお友達になっていませんか?」

 私は、わざと「外国人のお友達」という表現を使いました。

 たぶん、戸籍謄本に記載されているフィリピン人女性と面識があると思うんだけど…(-_-)

 被害者男性は私の目を見て、言葉短めに答えました。

「いや…ないですね」

 被害者男性の強気な返事を、その友人の男性が遮りました。

「いただろ?…ほら」

 ほら、という言葉に被害者男性は、ある女性を思い出したようでした。

「あ、はい…。いました」

 被害者男性は、そう答え、うつむきました。

 やっぱり、ね。

 知らない女性、ではなかったのです。

「その女性から、『結婚したい』とか『結婚してほしい』などと、結婚をほのめかすこと、言われていませんか?」

 私と友人の熱い視線に屈したのか、被害者男性は、か細い声で答えました。

「はい…。言われました」

 付き添っていた友人は、がっくりとうなだれました。


 身に覚えのある女性と、知らない間に結婚させられていたのです。


「戸籍によると、フィリピンで結婚したことになってますね」

 私の言葉に、男性2人は同時に戸籍謄本を覗き込みました。そして、2人は潤んだ目で私をみつめました。

「フィリピンへ行ったことは?」

「ありませんっ!」

 被害者男性は、「身に覚えのない結婚」を全身でアピールしました。

「フィリピンで結婚した後に、日本で婚姻届を出されてるみたいですが」

「へぇ」

 友人は小さな声であいづちを打ちましたが、被害者男性は、軽く口をあけたまま私を見てました。

「役所に婚姻届を出されたことは?」

「ありませんっ!」

「本当か?」

 友人が被害者男性に尋ねました。男性は首を横に左右に激しく振りながら

「ないです。ありません」

友人と私に対して、繰り返し答えました。

 私の尋問に答えているうちに、被害者男性は今にも泣きだしそうな表情に変わってしまいました。

「実は、去年、女性から書類を渡されました」


 会ってたのかっ!

 知らない女性って言ってたのは、やっぱり嘘だったのかっ!


 私も、被害者男性の友人も、そう言いたいのを飲み込み、男性の顔を覗き込みました。男性は、私たちの驚きと怒りに満ちた表情を見ることなく、話を続けました。

「女性から渡された書類にサインしたら、いつの間にか離婚してたんですよ」

 過去にお付き合いのあった女性に頼まれて、サインをしただけだと、男性は主張していました。アイドルでも有名人でもない被害者男性が、女性から「サインして」と渡された紙にサインをした、ということです。

 戸籍謄本には、被害者男性がサインをしたと思われる年に、離婚の記録がありました。男性がサインした書類は、離婚届でしょう。

「このことを、警察に相談されましたか?」

被害者男性がきょとんとした顔で私を見ました。

「け、警察、ですか?」

「婚姻解消の裁判しないと、結婚出来ないって、行政書士に言われたんですよ」

「彼はね、フィリピン人の女性と結婚をしようとしていたんだ」

「彼女と別のフィリピン人と結婚してるってことがわかって、私、今まで結婚したことないのに、バツイチになっているんですよ」

「いろんなところに相談したんです。役所から、弁護士から・・・それで、行政書士から、婚姻解消の裁判するようにって言われたんです。そうしないと結婚できないって。なんで!なんで、警察なんですか!」

被害者男性と友人が交互に話しました。まくし立てるように話す2人を抑え、私は、ゆっくりと答えました。

「婚姻解消の裁判というのは、フィリピンで行う離婚手続きのことです」

「えぇっ!フィリピン?」

 男性2人が声を合わせて驚きました。

「フィリピンには離婚という制度がありません。あなたはフィリピンの方と結婚の手続きをしていることになっています。フィリピンの裁判所で離婚の手続きをしなければならないんです。日本で離婚が成立していても、フィリピンで離婚の手続きが終わっていなければ、あなたは、フィリピンでは既婚者なんです。お付き合いしている女性とフィリピンで結婚の手続きをすることができないんです」

 被害男性が声を震わせて何かを言っていました。

「そっかぁ」

 友人は深くうなずきながら、話を聞いてました。

「バツイチではなく、初婚として結婚したいというのであれば、日本で婚姻解消の裁判ができるかを、弁護士に相談してみてください。あ、それから、警察に、誰かが自分に成りすまして婚姻届を出したと相談してください」

 友人のほうが身を乗り出して、私の話を聞いてました。


 10年以上、自身の結婚に気がつかなかった男性の話。信じますか?

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