第15話 どうして今まで―晶斗
その日家に帰った後、岩里さんから図書館でうるさいやつらを追い払ったことへのお礼と、明日本を持っていくってメッセージが入ってきた。
言いに行って良かった。
心からそう思いつつ「ありがとう」と返信をして、うきうきした気持ちでベッドに入った。
「どうだった?昨日。」
その気持ちを引きずったまま学校に行くと、何かを察したのかニヤニヤしながら天音が近づいてきた。おさえていたつもりだけど多分僕もニヤニヤがおさえきれないまま、「話せた」と言った。
「また本貸してもらえることになった。」
「やるじゃん、アキ。
まじで成長したね。」
はっきりとものを言う天音の誉め言葉は、本物だって僕が一番知っている。
だからお母さんに褒められた子供みたいに嬉しくなってしまって、僕は思わず「だろ?」と言った。
「調子乗んな。」
天音はそう言った後、スマホを確認してそのまま教室の外に出て行ってしまった。天音に調子乗んなとはいわれたけど、まさかあっちからメッセージをくれるなんて調子に乗らずにはいられない。
今後どうしたらいいのが分かったわけではないけど、それでも前みたいに本の貸し借りが出来る関係には戻ることが出来た。それだけでも今の僕には十分な気がして、僕はシュウに「気持ち悪い」と言われるまでニヤニヤとしていた。
「アキ!」
気持ち悪いと言われてもなおいい気分に浸っていた僕を、天音は乱暴な声で呼んだ。
なんだよ。邪魔すんなよ。と思って声のした方を見てみると、そこには本を両手で抱えて立っている岩里さんの姿が見えた。
さっきまで邪魔すんなとか思っていたことを一応心の中で謝って、僕は勢いよく立ち上がった。そしてそのまま気持ち悪いくらい素早く入口の方に向かっていると、途中でそれ違った天音に「頑張れ」と言われた。
言われなくても頑張るさ。
心の中でそう言いつつ、僕はぺこりと礼をする岩里さんのところに急いで向かった。
「ごめん、わざわざ来てもらって。」
思えば、岩里さんからこっちに来てもらうのは初めてだった。
それだけでもとても嬉しくなった僕が食い気味でそう言うと、岩里さんは「私こそいきなりごめん」と言った。
「これ、昨日言ってた本。」
「うん。ありがとう。」
「さっそくごめんね」って岩里さんは言ったけど、僕としてはむしろ嬉しいことだったから、「そんなことない」と言った。すると岩里さんは「じゃあ」って言ったからそのまま去っていくのかと思ったけど、なかなかその場から足を動かそうとしなかった。
「どうした?」
「その本…。」
何かあったのかと思って聞くと、同時くらいに岩里さんが話し始めた。言葉がかぶってしまったことを気にして「ごめん」と言われたから、僕は「続けて」と言葉の続きを促した。
「えっと。
その本の主人公が、好きなんだ。」
「そうなんだ。」
「うん。
女の子なんだけど強くてかっこいいの。」
今まで貸してもらう前に内容を詳しく教えてもらったことがなかったから、岩里さんが必死に説明してくれるのなんて珍しいなって思った。でも僕がその返事をする前に、岩里さんが「ぜひ読んでみて!」と言って勢いよく去って行ったから、何も言えないまま僕はその場に立ち尽くした。
「どうしちゃったんだ…。」
やっぱり僕と話すの、気まずかったのかな。
メッセージが来ただけで舞い上がっていた僕だけど、やっぱり天音の言う通り調子に乗らない方が良かったのかな。どんどん小さくなっていく岩里さんの背中を見つめながら、僕はただただ途方に暮れていた。
朝の岩里さんの様子が何だか気になっていた僕は、家に帰ってすぐに本を開いた。
その本は前借りた2冊とは少しテイストが違う冒険もので、僕の好みのジャンルだなと思った。
岩里さんが好きだと言った主人公は、「ミーシャ」という名前だった。
「お。ミーシャじゃん。」
なじみのある名前でさらに親近感を膨らませた僕は、どんどんその話に入り込んであっという間に全部読み切ってしまった。
岩里さんが言っていた通り、主人公のミーシャは女の子だけど強くて正義感もあって、かっこいいキャラクターだった。
まるで、僕の知ってるミーシャみたいだ。
残念ながらそこに"アレックス"は出てこなかったけど、本当にあのミーシャを見ているようだなって思ったら、
今日からアップデートに先行してクエストへの参加とリクエストの送信だけできるようになってるって聞いていたから一回ログインしておこうって思ったのに、もう風呂に入らなければいけない時間になっていた。
起動はしてみたものの、この楽しみな週末を寝不足で迎えるわけにはいかないと思った僕は、後ろ髪を引かれながらも、渋々お風呂に入ってそのまま眠りについた。
次の朝、僕は早速岩里さんに本を返しに行った。
前は緊張して名前の呼び方もわからなかったけど、今回はすたすたと歩いてB組までたどり着いて、ナチュラルに「岩里さん」と呼ぶことが出来た。
僕が名前を呼んだのに反応して、岩里さんは相変わらずちょこちょこと走って入口まで向かってきてくれた。
「読んだよ~ありがとう。」
「ど、どうだった?」
よっぽど好きな作品なのか、岩里さんは前のめりになりながら聞いた。
そんな彼女の様子を微笑ましく思いつつ、「面白かったよ」と答えた。
「こういうジャンルの話、一番好きかも。」
「そ、そっか。」
僕の感想があまり的を得てなかったのか、岩里さんは少し残念そうに言った。すると少し黙った後僕の目をしっかりと見て、「主人公は、どうだった?」と聞いた。
「ああ。
岩里さんの言った通り、
すごくかっこよくて僕も好きになったよ。」
「だよね。」
岩里さんは複雑そうな顔をしてうつむいた。
あれ、僕なんかおかしいこと言ったかな。
そう思ったはいいものの、もう発言を取り戻すことも出来ないから、僕は何とか次の話題でも探そうって頭をフル回転させた。
「あの…。」
「ん?」
「次の土曜って、何するの?」
え?!なに?!
予定きかれた?!?
デートの誘い?!
そんなわけないのに聞かれてしまったことにドキッとしつつ、僕は土曜の予定を思い浮かべてみた。でも特にこれと言って予定も浮かばなかったし、もしかしたらもしかするとデートに誘われるかもしれないって思っていた僕は、「特に何も…」と答えた。
「そう…。
えっと、ゲームとかも、しない?」
「う~ん。
するかもしれないけど、
別にするって決めてるわけでもないかな。」
なに何この質問?!
やっぱりデートですか?
デートのお誘いなんですか?
土曜と言えばアップデートが行われるその日だけど、別にその日からクエストをしようって決めてるわけでもないし、今ゲームするなんて答えたらデートに誘ってもらえなくなるかもしれない。
そう思った僕は予定がないって素直に答えたけど、岩里さんは「そうなんだね」って言ったっきり、何も発言しなくなった。
「えっと…。」
さすがに気になるんですけど…。
そう思って戸惑いの声を出すと、岩里さんはすごく慌てて「ごめん!」と言った。
「あの、えっと。
次の本、
渡しても迷惑じゃないかな~って思って。」
なんだ、そんなことか。
淡い期待が全て崩れ去ったことを残念に思いつつ、僕の予定まで気にしてくれたことは素直に嬉しかった。
だから僕は「全然迷惑じゃないよ」とだけ伝えて、また貸してもらえるんだってワクワクした気持ちで自分の教室に帰った。
次のことを考えてくれているとはいえ今日は本を受け取らなかった僕は、学校が終わるとまっすぐ家に帰って、そのまま昨日ログインできなかったゲームを起動した。するとミーシャからすでにクエストへのお誘いが来ていて、僕は迷わずそれをOKした。
いよいよアップデートは明日に迫っている。
現実でワクワクイベントがたくさん起こったからすっかり忘れていたけど、上位者向けのクエストが出来るなんて僕にとっては朗報中の朗報だ。それにこないだミーシャとデートして買った装備で戦ってみるのも、すごく楽しみだ。
ミーシャが誘ってくれたクエストは朝からスタートすることになっていたから、僕はその日は早めに寝て、久々の戦いに備えることにした。
☆
「よっ。」
次の日、アップデートをすませてすぐにログインすると、そこには同じくミーシャにクエストに誘ってもらったんであろうシュウの姿があった。今回のクエストは3人で回るものみたいだから、僕はシュウとおとなしくミーシャの登場を待った。
「お前、その装備。」
「どう?いかすだろ。」
「なんだろ。なんか似合わない。」
シュウには酷評を受けたけど、ミーシャに選んでもらったから自信がある僕は、こいつの評価になんて動揺しなかった。
「ごめん、お待たせ~!」
張り切って早くログインし過ぎた僕たちが新しい装備のことをあれこれと話していると、時間通りあちらからミーシャが走ってやってきた。
ミーシャもこないだ一緒に選んだ新しい装備を身につけていて、一度見たとはいえ見慣れていないせいか、いつもより何倍もかわいく見えた。
「いいな、すごく。」
「変態かよ。」
ミーシャがこちらまで来る前にぼそりと言うと、シュウは思いっきり引いた顔を見てそう言った。でもシュウもその後デレデレした顔をしてミーシャを見ていたから、お前も同じじゃないかって思った。
「よし、早速行こうか!」
今日のクエストは、レベルの高いモンスターがたくさん出る山で、レア鉱石を持ってくるってものだった。アップデート後に出来た新エリアでのクエストってのもあって、僕たちは3人ともどこか浮かれつつその山に入っていった。
「ミーシャちゃんも、
装備新しくしたんだね。」
「う、うん…。」
「すごい似合ってる。」
「あ、ありがとう。」
シュウがナチュラルにミーシャを褒めるのを聞いて、僕は少しムッとした。
ん?なんだこの感情。
嫉妬?
別にミーシャは僕のものでも何でもないのに、なぜかシュウに嫉妬していることを不思議に思った。ミーシャは自分だけをしたってくれてるって思ってる気持ちが、どこかにあるのだろうか。僕は自分でも知らなかった自分の醜いところを目の当たりにして、なんだかとても嫌な気持ちになった。
「
自覚はしてもやっぱりむかついたから、僕は出来るだけ簡単そうにシュウの技を出して飛び出してきたモンスターを討伐した。
そんな僕の嫌味な対抗心に気が付いたのか、シュウはニヤッと僕を見て「余裕、ないのな」とこそっと言った。
ムカつく、マジでムカつく。
「ミーシャちゃんは最近プレイできてた?」
「ううん、最近までテストだったから、
こうやってクエスト行くのも今日が久しぶり。」
「僕たちもテストだったんだ。」
ムカついてはいたけど、これ以上二人で会話されるのはもっとムカついたから、僕は無理やり二人の会話に割り込んで言った。そう言えば前会った時も忙しかったって言ってたけど、ミーシャも同い年ならテストがあったのか。
そりゃ学校が違っても同じような時期にテストはあるわなと思って、僕は「うんうん」と首を縦に動かした。
「久々だし腕がなまってないといいけど。」
「アレックスは大丈夫でしょ。」
僕が腕をブンブン回しながら謙遜したことを言うと、ミーシャはにっこり笑ってそれを否定してくれた。さっきまで気分が悪くなっていたはずの僕はそれだけでもテンションが上がって、調子に乗って「そうかな」と言った。
「そう言えばアレックスって、
名前の由来はあるの?」
それからも他愛のない話をしていると、ミーシャが唐突に聞いた。
由来なんて話したらちょっと恥ずかしいなと思って、僕は「聞くほどでもないよ」と言った。
「あれだろ、
アメリカンヒーローだろ。」
すると、由来を言わなかった僕の代わりにシュウがそう言った。
僕はそれを「お前っ!」と言ってけん制したけど、もう時はすでに遅くてミーシャは「へぇ」と目を輝かせて言った。
「もしかして、
小さい頃やってた映画の?」
「うん、そう。
あの頃めちゃくちゃ憧れてて…。」
小学生の頃出てきたアメリカ映画のヒーローは、今までアニメとか戦隊シリーズで見てきたヒーローとは少しテイストが違った。いつも明るくて笑っていて、そして強くて大きくて。
当時の僕にはそれがすごくかっこよく映って、大きくなればいつかなれるものだと思い込んでいた。
当時の僕には本当に申し訳ないけど、僕はこうやって冴えない男に育ってしまって、多分10年たったってあのヒーローみたいに大きくてかっこよくはなれないとおもう。このゲームを始めたころにはすでにそう悟っていた僕は、せめて名前だけでもとその時の憧れをかなえることにした。
なんかすごくくだらなくて幼稚な由来だったんだけど、ミーシャはそれを聞いて「私も昔憧れてたよ、アレックスに」と言ってくれた。同じ映画を昔見ていたってことがなんとなく嬉しくて、僕は何のお礼か分からないけど「ありがとう」ととりあえず言った。
「ミーシャは?何か由来あるの?」
「もしかして本名?」と茶化して聞くと、ミーシャは「違う違う」って言って笑った。
「好きな本の主人公の名前だよ。」
「へぇ。」
意外とミーシャも僕と同じような理由だったことに驚いた。
自分では幼稚だって思ってたけど、もしかすると同じような理由で名前を付けてる人も多いのかもな。
そう思うと本名を付けているシュウの方が珍しいんじゃないかって思いはじめて、僕はシュウの方を見て少し笑った。
「その子みたいに、
強くてかっこいい人になりたかったから付けたの。」
「僕と同じだね。」
そう言ってミーシャの方を見ると、なんだか複雑そうな顔をしていた。
あれ、僕と一緒がそんなに嫌だったのかな。
そう思って「ごめん」って言おうとすると、僕たちの目の前に小さな影が一つ通り過ぎた。反射的に僕たちが戦闘態勢に入ろうとすると、その影は僕たちの目の前で動きを止めた。
「あ、ミルキーじゃん!」
もともとミルキーは観賞用のキャラクターで、街とかで飼われているだけだったけど、その人気から今回のアップデートで野生でも出てくることになったって聞いた。さっそく目の前に現れたことにテンションが上がってそう言うと、ミーシャも「ほんとだ!」って嬉しそうな声を上げた。
「僕初めて見たよ。」
イラストとか人形はゲームでも現実世界でもよく目にしていたけど、動いている個体を見るのはこれが初めてだった。嬉しくなってしゃがんでこっちにおいでって動作をすると、ミルキーは本物の猫みたいにこちらにすり寄ってきてくれた。
「かわいい。」
すぐなついてくれたことが嬉しくて頭を撫でていると、ミーシャもその場にしゃがんでミルキーを撫でた。その顔があまりにも嬉しそうだったから僕が思わず笑ってしまうと、ミーシャは不思議そうな顔をしてこっちを見た。
「あ、ごめん。
すごいうれしそうだから。
好きなの?」
「うん、愛着沸いてて。」
そんな話をしているうちに、ミルキーは気ままにどこかに去ってしまった。
その場にとどまっている理由がなくなった僕たちは、すぐに行ってしまったことを名残惜しく思いつつも、立ち上がってそのまま前に進むことにした。
「愛着沸いてるって、
どこかで会ったりしたの?」
僕が気になっていることを、シュウが代弁するみたいに聞いた。
するとミーシャは「ううん」と言って首を振って、にっこり笑った。
「友達がね、似てるっていうの。」
「ミーシャに?」
「っていうより、
現実の私に。」
僕はシュウとミーシャの話を聞きつつ、まるで岩里さんと同じような話してるなって思った。
同じような、、、、
話…?
「最初はあんまり可愛くないって
思ってたんだけど、
最近なんか妙に愛着が湧いてきて、
スタンプも買っちゃったんだ。」
「ミルキー人気だよね。
うちのクラスの女子もグッズ持ってたわ。」
「最近お店でもよく見るもんね。」
シュウとミーシャは他愛のない話を続けていたけど、僕の中に突然芽生え始めた疑念のせいで、僕の耳にはまったく内容が入ってきていなかった。
まさかな。
そんなはずが…。
僕は僕の前を楽しそうに会話しながら歩いているミーシャの背中を見て、今まで聞いたこととか感じたことを走馬灯みたいに思いだした。
本が好きだってこと。
ちょこちょことした歩き方。
球技大会で感じた見たことのある動き、
いつまでも聞いていたくなるような透き通った声。
ミルキーに似てるって、言われた事…。
そして何より、ミーシャの由来。
まさか、まさか…。
「ミーシャ。」
気が付くと僕の足は完全に止まっていて、目の前を歩いていたはずの二人は少し先まで進んでいた。
まさかそんなわけないとは思ったけど、僕は自分の中に浮かんだ一つの疑念を確かめずにはいられなくなって、距離が離れてしまったミーシャを呼び止めた。
するとミーシャは立ち止まって少し不思議な顔をしていて、シュウは僕に「はやくこいよ」って叫んでいた。
「ミーシャ、あのさ。
一つ聞いていい?」
「う、うん。」
僕があまりに真剣な顔をするもんだから、ミーシャもシュウもすごく不思議そうな顔をした。でも僕は自分の中で膨らんでいく疑念をもうおさえられなくなって、覚悟を決めて大きく息を吸った。
「"無重力ラプソディ"で、
一番好きなセリフ、聞いていい?」
僕がそう聞くと、ミーシャはなぜか少しだけ泣きそうな顔をした。
そして自分の胸をおさえて「ふぅ」と息を吐いたあと、僕の顔をまっすぐに見つめた。
「どんな形になっても、私を愛してくれますか。」
目をつぶってその声を聞いて僕の疑念は確信に変わった。
もう正常なことを考えられなくなった頭が、ミーシャを今にも抱きしめようとしていた。
でも僕たちの間には距離があった。
よかった、衝動に負けない距離にいて、本当に良かった。
でもそれでも感情がおさえきれなくなっている僕の口は、勝手に「ミーシャ!僕、島山高校のっ」と言っていた。するとどうやらそれがペナルティに引っかかったみたいで、僕の通信はいきなり切れて、目を開けると目の前には僕の部屋の天井が広がっていた。
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