第15話 絶対―美玖莉

家に帰っても疑念が取り払えなくて、私は今にもアレックスに確かめたい気持ちになった。あまりにもソワソワが止まらなくてご飯を食べた後すぐにログインしてみたけど、アレックスは起動すらしていないようだった。




何も考えずにログインしたものの、アレックスがいないならどうしようもないと思ってうろうろしていると、アップデートに向けて準備をし始めているらしいアマンダの姿を見つけた。


私は姿を見つけるや否やアマンダのもとに走って行って、「アマンダ!聞いて!」と勢いよく言った。



「ど、どうしたのよ。」

「あ、ミーシャさん。こんちわっす!」



そこにはパーティーのメンバーが何人か集まっていて、みんなそれぞれ準備をしているようだった。私はみんなにあいさつをササッと済ませて、アマンダの手を引いてその場から連れ出した。



「なになに、どうしたっていうのよ。」

「あのね!

もしかしたらあの人がアレックスかもしれない!」

「どういうこと?」


口にしてしまうと、本当にそうな気がしてきた。

私は興奮する気持ちを何とかおさえてその疑念についてアマンダに説明すると、アマンダも「確かに」と言ってくれた。



「聞いたら?

その友達って人に。」

「そうなんだけど…。」



それはそうなんだけど、"美玖莉"じゃどうしてもうまく聞けない。


「それにさ、

もし違ったら失礼だし…。」

「そんなこともないよ。

軽く聞いちゃいなよ。」



それが出来たら苦労しないってため息をつくと、アマンダは「ごめんごめん」と謝った。



「でもさ、こっちで聞いたら

ペナになる事だってあるし、

確かめるとしたらあっちしかないじゃん?」

「それも、そうだ。」


ミーシャになった私なら、アレックスに「篠田君ですか?」って聞けそうな気がした。でも本名を出した瞬間にペナルティになってしまうことだってある。アマンダの言う通り、聞き出すとしたら美玖莉しかいない。


頭ではわかっても行動できそうにないって思ってうじうじしていると、アマンダは少し考えた後、「ん~じゃあさ」と言った。


「確信が持てなくて聞けないなら、

もっと確信持てるようにしてみるとか。

あと相手も気が付くようなヒントを

出してみるとかしたら?」

「な、なるほど…っ!」


確かにそれなら出来そうな気がした。

試すようなことをするのはどこか罪悪感があるけど、でももしそれで違うって確信できたならこのモヤモヤも晴らすことが出来る。



「あ、アマンダさん。

作戦を、一緒に考えてもらえませぬか…。」

「よいだろう。」




それから私はアマンダにお願いして、いくつか作戦を考えた。



もしアレックスが篠田君だったら、私は喜ぶの?

でももし違ったら、悲しむの?



もう何もかもよくわからなかったけど、もしかしたらって思う気持ちをとりあえず払拭してクリアな頭で考えたかった私は、さっそくログアウトして作戦を試してみることにした。



「まずは…。」



まず一つ目の作戦が、私が"ミーシャ"なんじゃないかって気付かせるってものだった。そのために私は自分に"ミーシャ"って名づけるきっかけになった本を、さっそく篠田君に貸してみることにした。



「明日、さっそく持っていくね。と…。」



これでもしかしたら、私がミーシャだって気づいて自分がアレックスだって言ってきてくれるかもしれない。私はいつもより丁寧にその本を包んで、次の日自分から本を持っていくことにした。



「ちょっとF組に行ってくる。」

「お。どうしたどうした。」

「えっと…。」


朝から私が他のクラスに行こうとしているなんて、自分でも信じられないくらい珍しいことだと思う。杏奈ちゃんが本当に興味津々な顔で聞いてきたから言おうかと思ったけど、実は天音ちゃんにも相談しようと思っていた私は「ついてきて」って言って杏奈ちゃんもF組に連れて行くことにした。


杏奈ちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、私の言う通りF組までついてきてくれた。そして教室に入る前、篠田君に気が付かれる前に天音ちゃんに「ちょっと話したい」ってメッセージを送った。



するとすぐに天音ちゃんは教室から出てきてくれた。急に呼び出されて変だと思っているだろうに、天音ちゃんと杏奈ちゃんはいつも通り元気に「おっはよ~!」って挨拶をしていた。



「あのね。」



私も出来るだけ元気に「おはよう」を言った後、ちょっと遠慮がちにそう切り出した。二人は私の話を遮ることなく聞いてくれて、いい友達を持てて本当に良かったなって思った。



「前言ってた私の好きな人、

もしかして篠田君じゃないかって、

思ってるの…。」

「「え?!なんで?!」」



二人は驚くほどシンクロしてそう言った。

切り出すのはすごく緊張していたはずなのに、二人があまりにもキレイにシンクロするもんだから、私は思わず吹き出してしまった。



「えっと、こないだ図書館でね。」



それから私は、私が疑念を持つきっかけになった出来事を二人に話した。

アマンダに話した時よりも、篠田君のことを知っている二人に話した時の方が状況がキレイに整理出来て、そのおかげもあって「やっぱりそうなんじゃないか」って思う気持ちが強くなった。



「なるほど。」

「ありえなくもない、話だね。」


二人もそう思ったみたいで、少し考えこみながら言った。他人から見てもそうなのかって思うと、今すぐにでも確かめたいって気持ちが膨らみ始めた。



「天音、

アイツがなんてゲームしてるか知らないの?」


すると杏奈ちゃんが、天音ちゃんにそう聞いた。確かにそれが分かれば、もっと確信が持てる。期待して天音ちゃんの方を見てみると、天音ちゃんは少し残念そうな顔をして「ごめん」と言った。



「聞いても分からないから

なんてゲームまでかは聞いてないや。」



天音ちゃんは悪くないのにもう一回「ごめん」ってゆってくれたから、「全然いいの」と私は全力で否定した。



「聞いてこよっか?」



天音ちゃんは今にも行きそうな様子でそう言った。



聞けばいい。

本当にそうなんだと思う。

もっといえば今天音ちゃんに聞いてもらえば、全部はっきりするかもしれない。


でも…。



「ううん、大丈夫。」



自分で、自分の力で聞きたい。

なんとなく、これは自分の力で何とかしなきゃいけないことな気がした。



「もっと確信持ってから、

自分で聞きたいの。」

「そっか。」



天音ちゃんと杏奈ちゃんに宣言しておけば、弱気な自分が少しでも退治できるかなって思った。私の宣言に二人は優しく笑って「頑張れ」って言ってくれたから、勇気がわいてきた私はとりあえず作戦1を実行することにした。



「アキ!」



それじゃあ呼んでくるねって言った天音ちゃんは、教室に入るや否や篠田君を大声で呼んだ。篠田君はその声に一瞬びっくりしたようだったけど、私と目が合ってすぐ席を立ってこっちに近づいてきてくれた。




「ごめん、わざわざ来てもらって。」



私が何かを言う前に、篠田君は走ってきた勢いのまま言った。勝手に今日の朝渡すって自分で決めたけど、そう言えばアポイントを取ってなかったって反省して、「私こそいきなりごめん」と言った。



「これ、昨日言ってた本。」

「うん。ありがとう。」



もし篠田君がアレックスだったとしたら、私がミーシャって気付いてくれますように。

私はそういう願いを込めて、篠田君に本を渡した。



「さっそくごめんね。」



でももしかしたらただ本を借りたいだけの男の子かもしれないから、付け足すみたいにして言った。



「そんなことないよ。」



篠田君はとても柔らかい声でそう言った。


「じゃあ。」


そう言ってとりあえず自分の教室に帰ろうと思ったけど、思えばこの柔らかい声も、アレックスそっくりだって思った。



どうして今まで気が付かなかったんだろう。



まだわかってもないのに確定したみたいな気持ちになって、私はその場に立ち尽くした。


「どうした?」

「その本…。」



もしかして、ホントにホントにそうかもしれないから、ミーシャだって気が付いてもらえるように、一言付け足してこう。

そう思って補足を言おうとすると、同時に篠田君が動かない私を心配してくれた。



「ごめん。」

「続けて。」



咄嗟に謝ると、篠田君が続きを促してくれたから、私は決意を決めて"ミーシャ"のことを話すことにした。



「えっと。

その本の主人公が、好きなんだ。」

「そうなんだ。」



最初にこの本を読んだとき、"ミーシャ"は私とは正反対の女の子だなって思った。


強くて物事をはっきり言えて、かっこよくて誰にでも好かれて…。

そんな子になりたいけど、美玖莉では絶対に無理だ。

そう決めつけた私は、せめてゲームの中だけでも憧れた女の子になりたくて、"ミーシャ"って名前でプレイすることに決めた。



「うん。

女の子なんだけど強くてかっこいいの。」



ミーシャって名前を付けると、自分が憧れたみたいな強くてかっこいい女の子になれた気がした。だからゲームでは友達もたくさんできたし、名前に恥じない様に努力も出来た。



当たり前だけど、それを説明したところで私がミーシャだって気が付いてくれるわけもなく、篠田君は少し不思議そうな顔をしていた。


聞きたいけど、聞ける勇気が出るだけのヒントが、もう少しだけほしい。

それ以上何も言えなくなった私は「ぜひ読んでみて!」とだけ言い残して、急いで自分の教室に戻った。




その日家に帰って、次は作戦2を実行することにした。

アップデートは明後日からだけど、今日からもう上位者クエストのリクエスト申請が出来るようになる。だから今日アレックスに申請をして、明日篠田君に予定を聞いみてもし"ゲームをする"ってゆったら、可能性が少し高くなるんじゃないかってアマンダが助言してくれた。


確かにそうだって思った私は、家に帰ってすぐにログインして、アレックスとシュウ君にリクエストを送った。その後は余計なことを考えることがないよう、図書館で借りてきた本に集中することにした。


寝る前にもう一回ログインしてみると、まだリクエストは承認されていないものの、アレックスのアカウントが起動中だってことは確認できた。


よし。これで作戦2が実行できそうだ。


もう眠さも限界になっていた私はそのままゲームを終わって、ベッドに入って眠りについた。





「岩里さん。」



次の朝、もう篠田君が本を返しに来てくれた。今日会えなきゃ作戦2が無駄になってしまうからどうやって会いに行こうって考えていた私にとっては、またとない機会だった。



よし。聞くぞ。



私にとっては一大決心をして篠田君に近づいていったけど、篠田君は相変わらずだるそうにして入口に立っていた。



「読んだよ~ありがとう。」



もしかしたら、ミーシャが私って気が付いた?

そんな期待を込めて、「どうだった?」と身を乗り出して篠田君に聞いた。すると期待に反して彼は、ゆるっと私に笑いかけた。



「面白かったよ。

こういうジャンルの話、

一番好きかも。」



だ、ダメか…。

作戦1は見事失敗に終わったみたいで、私は「そっか」ってやっとの想いで答えた。


いや、まだ分からない。

ただ単に気が付いてないかもしれない。


そう思った私は、もう少しだけ粘ってみることにした。



「主人公は、どうだった?」

「ああ。

岩里さんの言った通り、

すごくかっこよくて僕も好きになったよ。」



やっぱりダメか…。

気が付いてないだけかアレックスじゃないのか、どちらかは分からなかったけど、どちらにせよ作戦1が完全に失敗に終わったことは確かだった。

顔に表してはいけないのに私は自分でもわかるくらい明らかにがっかりとして、「だよね」とだけ答えた。



「あの…。」

「ん?」


でもここでひるんではいられない。

大事な大事な作戦2を試してみなくては。


そう思った私は何とか自分の中にある少しだけの勇気を絞って、声をだした。



「次の土曜って、何するの?」



私は精いっぱい勇気を出して聞いたけど、あたりまえだけど篠田君はどうってことないって顔をして「特に何も…」って答えた。


「そう…。」


何も予定がないのか…。

もしアップデートを楽しみにしてるんだったら、クエストの予定を忘れるわけはないよね。でも本当に忘れてるだけかもしれないし、予定って思ってないだけかもしれない!


珍しく前向きな私は、もっともっと詳しく聞いてみることにした。



「えっと、ゲームとかも、しない?」


しつこく聞き続ける私を不思議に思ったのか、篠田君は少し困った顔をして「う~ん」と言った。



「するかもしれないけど、

別にするって決めてるわけでもないかな。」



するって、決めてない…。

大型アップデートに、ゲーマーが反応しないわけはない。


天音ちゃんは前篠田君のことをゲーマーって言ってたから、もしマジックワールドをしているのであったら、するって決めてないわけがないと思う。



やっぱり、勘違いかな。



今までこの人はアレックスだって決めつけていたけど、やっぱり違うかもって思ったら少し悲しくなって、やっとの想いで「そうなんだね」と言った。


すると篠田君はすごく不思議そうな顔をして、「えっと…」と言った。



そりゃそうだ。

いきなり予定を聞かれたらおかしいって思うにきまってる。


もしかしてすごく失礼なことをしたかもしれないと思った私は、慌てて「ごめん!」と篠田君に謝った。



「あの、えっと。

次の本、

渡しても迷惑じゃないかな~って思って。」



咄嗟に思いついた言い訳が、サラサラと口から出てきた。

私ってすごくウソつきなのかもしれない。


正直な篠田君に、申し訳ないなと思った。




「全然迷惑じゃないよ。」



篠田君のやさしさを目の当りにしたら、こうやって試すみたいなことをたくさんしていることが急に申し訳なくなり始めた。やっぱりあっさりと教室を去っていく篠田君の背中に、私は「ごめんなさい」って一度謝っておいた。




とはいえ、もしかしてリクエストに本当に気が付いてないのかもしれない。



まだ希望を捨ててなかった私は、家に帰ってすぐにリクエストが受け入れられているか確認してみた。



「され、てる…。」



私の希望とは反対に、昨日送ったクエストのリクエストは承認されていた。



期待したし、絶対そうだって決めつけたときもあったけど、やっぱり篠田君とアレックスは別人なんだ。


もし近くにアレックスがいたら、それに篠田君がアレックスなら本当に嬉しいって思って一人で舞い上がって、バカみたいだ。


それにアレックスにも篠田君にも、すごく失礼なことをした。



自己嫌悪に襲われて泣きたい気持ちにすらなったけど、でもリクエストが承認されているってことは明日はアレックスに会えるってことも意味している。


素直にそれが楽しみだった私は、その日は早めに布団に入って、朝からのクエストに備えることにした。





「ごめん、お待たせ~!」


新しい装備を付けるのに戸惑って、集合時間ギリギリになってしまった。すると待ち合わせ場所にはアレックスとシュウ君が来ていて、私は急いで二人のもとに向かった。



「よし、早速行こうか!」



私が到着すると、とても楽しそうな顔でアレックスは言った。


やっぱりすごく楽しみな事なんだよね。

その事実を目の当たりにすると"予定がない"って言った篠田君はやっぱりアレックスではないのかもしれないって思い知らされて、胸がズキっと傷んだ。



「ミーシャちゃんも、

装備新しくしたんだね。」

「う、うん…。」



複雑な気持ちのまま歩いていると、シュウ君が私の装備を見て言ってくれた。

前より少し露出も多くなってるし、色も可愛らしくなってるからなんだかちょっと恥ずかしい。


指摘されるとさらに恥ずかしいなと思ってうつむくと、シュウ君は「似合ってる」って言ってくれた。



「ありがとう。」



アレックスに選んでもらったものだから、似合っても似合わなくても私にとって大切なものであるのは間違いなんだけど、似合ってるって言ってもらえるとやっぱりうれしい。



少し照れながらお礼を言うと、そこで前を歩いているアレックスの視線を感じた。いつも優しいアレックスの目なのに、なぜかちょっとピリッとした空気を感じて、「どうしたんだろう」って思った。



すると次の瞬間、アレックスの目の前に大きなドラゴンが飛び出してきた。


敵の気配をせいか。

私がそう思っているうちにアレックスは「氷柱グラソン」とシュウ君の技であっという間にドラゴンを倒してしまって、私はそれに驚くしかできなかった。



しばらくクエストに行ってなくて忘れてたけど、アレックスはやっぱりすごい。




感心してアレックスを見ていると、シュウ君と二人でじゃれあい始めた。



本当に二人は仲がいいんだな。



よく考えてみたらアレックスも篠田君も、一番の親友は"シュウ君"だ。


それも偶然には思えなかったけど、"シュウ"って名前は珍しいものではない。それに他のプレイヤーでも出会ったことがあるから、これもただ単に偶然かって決めつけた。



「ミーシャちゃんは最近プレイできてた?」



私がまた少し落ち込んでいると、さっきまでアレックスとじゃれあっていたシュウ君が言った。

最近テスト勉強で忙しくしていたし、上位者闘争マスターズバトルの燃え尽き症候群みたいになってあれ以来全然プレイできていなかった。


それを正直に伝えると、アレックスが「僕たちもテストだったんだ」と言った。



一般的に高校生のテストの時期だよね。



同い年って言ってたし、シュウ君もアレックスもリアルでも友達だって言ってたから、時期がかぶってもおかしくはないよねって思った。


「久々だし腕がなまってないといいけど。」


するとアレックスは、腕をブンブン回しながら言った。

さっきあんなにあっさり大技を出していながら、なまってるなんてあるはずがない。そう思った私が「アレックスは大丈夫でしょ」って正直な意見を言うと、アレックスは照れたような嬉しいような表情をしていた。



それがとてもかわいくみえた私は、だいぶ重症なんだと思う。



「そう言えばアレックスって、

名前の由来はあるの?」



しばらく他愛のない話を楽しんでいた。ゲームではあまり個人的なことを聞かない様にはしているけど、気分が上がっていた私は前から気になっていたことをサラッと聞いてしまった。


するとアレックスが照れた表情をしながら「聞くほどでもないよ」と言ったから、あ、やっぱり失敗したかなと反省した。



「あれだろ、

アメリカンヒーローだろ。」



私の反省なんて知る由もなく、シュウ君はあっさりとその由来を言った。アレックスはさらに恥ずかしそうな顔をしてシュウ君を止めていたけど、アメリカンヒーローの"アレックス"に聞き覚えたあった私は、なんだかすごく嬉しくなって「もしかして小さい頃やってた映画の?」と聞いた。


「うん、そう。

あの頃めちゃくちゃ憧れてて…。」



実は私も、その映画は何回も見た。

小さい頃に見たからか、すごく大きくてかっこいいヒーローが悪を次々に倒していく姿に、私も憧れを抱いていた。



「私も昔憧れてたよ、アレックスに。」



何より昔一緒の映画を見ていたってことが嬉しくなってそう言うと、アレックスはまだ照れた様子で「ありがとう」と言った。



「ミーシャは?何か由来あるの?」



その恥ずかしさをごまかすようにして、アレックスは聞いた。

もしかして、アレックスが篠田君かどうか確かめる最後のチャンスかもしれない。そう思った私が覚悟を決めて由来を話そうとすると、アレックスが「もしかし本名?」と茶化して聞いてくれたから緊張が少しほぐれた。



「好きな本の主人公の名前だよ。」



また緊張しすぎてしまう前に、私は言った。

これでピンと来てくれないかな。

心の中で精一杯期待してみたけど、アレックスは「へぇ」って嬉しそうに反応しただけだった。


「その子みたいに、

強くてかっこいい人になりたかったから付けたの。」



そして私は、美玖莉の時に篠田君に言ったセリフを言ってみた。


これで気が付かなければ、もうあきらめよう。


はぎれの悪い自分をあきらめさせるためにも、心の中でそう決めた。するとアレックスはすごく嬉しそうな顔をして私を見た後、にっこりと笑った。



「僕と同じだね。」



期待した答えが返ってくることはなかった。

やっぱり私の勘違いだ。

期待していたからそう思えただけなんだって思うと、すごく複雑な気持ちになった。



二人が気になってたから、二人が一緒の人ならいいって、都合よすぎるでしょ。


勘違いでアマンダにも杏奈ちゃんにも天音ちゃんにも話を聞かせてしまったことが一気に申し訳なくなって、そしてすごく恥ずかしくなった。



篠田君に、直接聞かなくてよかった。



そう思ってうつむいていると、アレックスが急に戦闘態勢を取った。


そうだ、こんな余計なこと考えてる場合じゃない。

私は今、上位者マスターズクエストを戦ってる。



そう思って私も戦闘態勢を取ろうとすると、目の前に現れたのは、ミルキーだった。



「あ、ミルキーじゃん!」


アップデート後は野生でも見られるようになったとは聞いていたけど、こんなに早く会えるなんて。

もしかして落ち込んでいる私の気持ちを励ましに来てくれたのかなって思うと嬉しくなって「ほんとだ!」と元気に言った。



「僕初めて見たよ。」



私と同じくらい嬉しそうなアレックスが、しゃがんでミルキーにおいでって動作をみせた。するとミルキーは甘えた様子でアレックスに近づいてきて、アレックスの足に猫みたいにまとわりついた。


「かわいい。」


動物、好きなんだ。

意外な一面が見れて嬉しくなったのと、愛着が湧いているミルキーに会えたのが嬉しくて、私もほっこりした気持ちで頭を撫でた。しばらく撫でているとアレックスの方から笑い声が聞こえてきたから、目線を向けるとアレックスは「あ、ごめん」と言った。



「すごいうれしそうだから。

好きなの?」

「うん、愛着沸いてて。」



私たちが話をしているうちに、ミルキーは去ってしまった。

もう少し撫でていたかったけど、これからどれだけでも会うことが出来るだろうって思ったし、今はクエストの途中だ。


私は緩み切った気持ちをもう一度引き締めて、みんなと先に進むことにした。



「愛着沸いてるって、

どこかで会ったりしたの?」


歩き出すと、今度はシュウ君がそう聞いた。

私は「ううん」って首を振って、それを否定した。



「友達がね、似てるっていうの。」

「ミーシャに?」

「っていうより、

現実の私に。」


実際に会ってみたけど、やっぱり自分には似ていないと思う。

私はあんな風に人に甘えることも、初対面で打ち解けることもできない。


でも愛着が湧いてるってのは確かなことらしくて、今日も会ったら仲間に出会ったみたいな気持ちになってしまった。


「最初はあんまり可愛くないって

思ってたんだけど、

最近なんか妙に愛着が湧いてきて、

スタンプも買っちゃったんだ。」


別に隠すこともないと思ってシュウ君にはなすと、シュウ君はうんうんってくだらない話を聞いてくれた。



「ミルキー人気だよね。

うちのクラスの女子もグッズ持ってたわ。」

「最近お店でもよく見るもんね。」

「こんなに早々に会えると思ってなかったわ。」

「私も~。

なんかすごく嬉しくなっちゃった。」



しばらく歩いてきたけど、道の先がどんどん暗くなり始めた。そろそろ手ごわいモンスターも出てくるころかなと思いつつ、それまではリラックスして会話を楽しむかって思って、シュウ君と楽しい話を続けた。



「ミーシャ。」



すると後ろから、アレックスが私を呼んだ。

それに反射して振り返ると、すぐ後ろを歩いていたはずのアレックスは、少し前で足を止めていた。



「はやくこいよ!」



そんなアレックスを見て、シュウ君は叫んだ。


どうしたんだろう。

なにか変な事でもあったかな。


そう思ってアレックスを見つめていると、アレックスはなんだか真剣な顔をして、「ミーシャ、あのさ」と改めて私を呼んだ。



「一つ聞いていい?」



そんな真剣な顔して、何を聞かれるんだろう。

少し怖い気もしたけど、特に断る理由もない私は、「うん」と答えた。




するとアレックスは、その場でなぜか深呼吸をした。



そしてまた真剣な顔をしてまっすぐ私の目を見て、吸い込んだ息を吐きだすみたいにして、言葉を発した。



「"無重力ラプソディ"で、

一番好きなセリフ、聞いていい?」



そのセリフは、ゆっくりゆっくり、私の脳みそまで届いた。




"無重力ラプソディ"




篠田君に、初めて貸した本の名前だ。

篠田君に、初めて感想を聞いた、本の名前だ。


篠田君に、

私の好きなセリフを言った、



        ―――あの、本の名前だ。




アレックスの表情が、そしてその質問が、私にすべてを教えてくれる。



やっぱり、やっぱりそうだったんだ。



アレックスの顔を見ていたら、心臓が飛び出しそうになった。今すぐにでも近くに行って、私は美玖莉だって伝えたかった。私の最後の理性が何とかその場に私をつなぎとめていたけど、足が私の意思とは関係なく、今にも走り出してしまいそうだった。私はそんな自分を落ち着けるためにも、うるさく鳴りやまない胸を手でなんとかおさえた。



そして、しっかりとアレックスの、篠田君の目を見て言った。




「どんな形になっても、私を愛してくれますか。」




アレックスはそのセリフを聞いて大げさに驚いた後、少し前のめりな姿勢になった。そしてすごく大きく息を吸って、「ミーシャ!」と私の名前を呼んだ。


「僕、島や…」


そしてそのまま何かを言おうとして、アレックスの姿が突然消えた。


多分、ペナルティに引っかかってしまったんだろう。

3人で行くクエスト中だった私たちの通信も、一人抜けたことで途切れてしまったようで、目の前にはエラーの表示がされていた。



でもアレックスが言おうとしてたのは、確実に私たちの高校の名前だったことは、私も聞き逃していなかった。

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