第13話 ラッキーイベント再び―晶斗
もしかして失恋したらこの世の終わりみたいになって学校にも行きたくなくなるんじゃないかって思ったけど、全くそんなことはなかった。
冴えない僕には意外と精神力は備わっているらしく、痛みをどこかで抱えながらも平常心で学校に来て席に着いた。
「あ、アキ!」
「ごめん。」
でも嬉しそうに近寄ってくる天音の顔を見たら、謝罪の言葉が一瞬で浮かんだから、やっぱりそれなりにダメージは受けているのかもしれない。多分昨日の勉強会はどうだったのかって聞こうとしたんだろうけど、僕が急に謝ってきたことで何かを察した天音は、「え、なにがあったの?」と前のめりになって聞いた。
「振られた。」
「は?!?」
「は?!ほんとに告ったの?!」
お前が言えっていったんだろと思いつつ、僕は首を縦に振った。登校しているときにはシュウには報告もしなかったから、そこで初めて昨日僕が振られたって聞いたシュウも、天音と同時に反応した。お前らお似合いだなって思った。
すると一呼吸した後天音は一回大きなため息をついて、「あんたって意外と度胸あるのね」と言った。
「好きな人がいるらしい。」
「うん。」
そんなこと知ってたって顔して、天音はうなずいた。僕が思わず「知ってたの?」と聞くと、天音はもう一回「うん」と返事をした。
「なんだよ、知ってたのかよ。
言ってくれよ。」
「言わないでしょ、
プライバシーにかかわるし。」
なんだよそれって思ったけど、確かに天音の口から言えることでもないなって思った。やっぱり見切り発車で告白してしまったことを後悔しつつ、もう一回大きくため息をつくと、天音が僕の肩を思いっきりたたいた。
「いってっ。」
「んで?諦めるの?」
「え?」
「一回振られたら、諦めるの?」
思わぬ答えがかえってきたことに、僕は驚いて何も言えなくなった。するとうじうじしている僕の背中を、天音はまた思いっきりたたいた。
「いっっったい!」
「そのくらいはきはきと答えなよ!」
「あ!き!ら!め!な!い!!!」
本気でむかついた僕は、大げさに天音にそう言った。普段は静かにしている僕が急に大声を出したことに周りの数人が驚いていたけど、すぐにそんなのどうってことないって様子で今までの会話に戻っていった。多分僕の失恋だって、他人からしたら"そのくらい"の出来事なんだと思う。
「私だって、望みゼロなら一緒に勉強なんてさせないよ。
さすがにそんなに鬼じゃない。」
「鬼だろ…。」
「ちょっとはいけるかもって思ってるから
色々してあげてるの。
一回振られたくらいで諦めるくらいの気持ちなら、
美玖の友達としてもう今後一切の関わりを
禁ずるから。」
ほら、鬼だ。
そう思ってみたけど、天音の言う通り1回振られたくらいで諦められるほど、中途半端な気持ちで岩里さんのことを好きだと思っているわけではないみたいだった。今どん底にいるけど、天音曰く"ちょっとはいけるかも"しれない状況にいるらしいから、ここからまた頑張るしかないかって、僕は僕らしくもなく前向きなことを考えた。
「お前、とりあえずテストな。」
「あ、そうか。」
昨日抜け殻みたいになって何も考えられなかったからテストは大丈夫かって少し心配したけど、家に帰ったらむしろいつもより集中して勉強が出来たし、他のことに集中できる環境がむしろありがたかった。
切り替えは出来ているし、1回振られたくらいでって自分でも思ってるけど、やっぱりどこか傷ついている僕には少し時間が必要だった。
とりあえずシュウに言われた通り、それからはテストにしっかりと集中した。
☆
「よし。」
あっという間に振られてから1週間がたって、テストが無事に終了した。
一気にすることがなくなって岩里さんのことを考えてしまいそうだったけど、もう少し頭をクリアにしたかった僕は久しぶりにマジックワールドに行くことにした。
「あ、アレックスさん。
お久しぶりです。」
何かクエストにでも参加しようかと案内所に行くと、久しぶりにアマンダに会った。アマンダに会うのは
ヒーローになったのは久しぶりすぎて一瞬女子と話すというイベントに動揺したけど、僕はしっかりと気持ちを立て直してクールに「久しぶり」と答えた。
「聞きました?
来週のアップデートのこと。」
「ごめん、忙しくて何も追えてない。
新しいこと始まるの?」
そういえば大型アップデートが近々行われるってことは知っていたけど、その内容が何なのか忙しくて追うのを忘れていた。
テストに恋愛、そしてヒーローとしての活動…。
僕って意外と忙しい人なのかもしれないって思った。
「
追加されるらしいですよ。
かなりハイレベルだから数人で臨時パーティーを組んで
行かなきゃいけないってのが多いらしいですけど。」
「へぇ、そうなんだ。」
それはちょっと、楽しそうだ。
正直最近このゲームもマンネリ化し始めたと感じていた僕にとっては、嬉しいニュースだった。数人で参加しなくてはいけないってところが気になったけど、まあそこはテキトーに誘えばいいか。
「あ、アレックス。」
そんなことを考えていると、後ろからまた名前を呼ばれた。反射的に振り返ると、そこに立っていたのはミーシャだった。
「ミーシャ。
久しぶり。」
「うん、そうだね。」
久しぶりに会ったけど、やっぱりミーシャはとてもかわいかった。あの日は大人っぽいドレスでばっちりキメていてそれもそれでよかったけど、こっちがやっぱりしっくりくるなと僕は思いっきりやましいことを考えた。
「あ、そうだ。
アップデートされたら
一緒にクエスト行ってくれない?」
僕に誘える上位者のプレイヤーと言ったら、シュウとミーシャくらいしかいない。ナイスタイミングでここに来てくれたことに内心ガッツポーズをしつつ誘うと、ミーシャは笑顔で「うん」と言ってくれた。
「よかった~。
僕友達少ないから。」
「アレックスが募集すれば
そんなのすぐに集まるよ。」
「気のしれてないプレイヤーと
ハイレベルのクエスト戦うなんて出来ないでしょ?」
やっぱりチームで戦うためには信頼感が大切だ。
ミーシャも僕の言葉に「確かに」って反応してくれたから、同じ考えなんだろう。僕は一緒に行ってくれる信頼のおける仲間が見つかったことにとりあえず安心して、「よろしくね」と改めてミーシャに言っておいた。
「じゃあ今日は来週の準備のために
装備でも買いに行こうかな。」
今日も本当は軽いクエストにでも参加しようと思っていたけど、来週アップデートがあるならもらったお金で見た目もかっこいい装備を備えよう。そう考えなおした僕は、久しぶりに鍛冶屋に行ってみることに決めた。
「ミーシャも新しい装備欲しいんじゃなかったっけ?」
「あ、うん!」
「あ、そう?じゃあ一緒に行こうか。」
僕の提案にミーシャは「うん」と言ってうなずいてくれたから、僕たちは案内所を出て鍛冶屋まで向かうことにした。賞金がたくさん入ったからアマンダにも何か買ってあげようって思ったのに、アマンダは来年こそ
アマンダにもたくさんお世話になったのに、残念だなと思った。
「ミーシャは最近プレイしてた?」
「ううん、
最近忙しくて全然出来てなかったの。」
「そうなんだ。実は僕も。」
僕がログインしてなかったから会ってなかったと思ったのに、ミーシャもログインしていなかったのか。やっぱり戦いの後ってちょっと気が抜けてしまうよな。心の中で共感しつつ、僕はうんうんとうなずいてみせた。
「それにしても楽しみだな、アップデート。」
「そう?
私はちょっと、不安。」
本当に不安そうな顔で、ミーシャはそう言った。ミーシャってプレイもスマートで理解力もあるすごいプレイヤーなのに、いつも自信がなさすぎる。
もっと自信もっていいのに。
そういう気持ちを込めて、僕はミーシャの背中をポンと叩いた。
「大丈夫だよ、ミーシャは。」
「う、うん…。」
励ましたのに、ミーシャはまだうつむいていた。まあ自信ってものは後からついてくるものでもあるか。僕は偉そうにそんなことを考えつつ、「ホントだよ」と言った。
「あ、ついた。」
そうこうしているうちに、僕たちは装備屋に到着した。装備にはあまり興味がない僕だけど、久しぶりに来てみたらアメリカのヒーローみたいなスーツとか昔見ていた戦隊シリーズのヒーローみたいなものとか色々増えていて、なんだかすごくワクワクしてしまった。
「すごいね!」
「ふふ。」
その興奮が伝わってしまったのか、ミーシャは可愛らしく笑った。僕はヒーローらしくもなく興奮してしまったことを少し恥ずかしく思いつつ、クールな気持ちを取り戻して「いこっか」と言った。
「どんなものがいいの?」
「う~ん、特にこだわりはないんだけど…。
見た目がかっこいいやつ?」
「ふふふ、そうなんだ。」
なんか笑われた。
そう思ってちょっと不服な顔をしてミーシャをみると、ミーシャはまた笑って「ごめん」と言った。
「アレックスも、
普通の男の子みたいなこと言うなって思って。」
「そりゃそうだ。
僕だって普通の男の子だし。」
やっぱり男なら、かっこいいものにあこがれるものなんだろうか。
今まで強ければいいと思って装備は必要最低限のものって思っていたけど、どうせ買い替えるならかっこいいものをって思っていた単純な思考回路が、なんだか急に恥ずかしくなった。
「アレックスって…。」
「ん?」
「いくつなのか、聞いていい?」
「嫌ならいいんだけどね」とミーシャは慌てて訂正しながら言った。そう言えばこのゲーム内で年を聞いてくれるくらい仲良くなったのは、ミーシャが初めてだ。僕はそれを少しうれしく思いつつ、「全然いいよ」と言った。
「16歳。」
「え?!」
嘘をつくことなく正直に年齢を答えると、ミーシャは大げさに驚いた。もしかしてミーシャってアラサーだったりする?そう思いながら僕も驚いてミーシャの方をみると、「あ、ごめん」と恥ずかしそうにうつむいた。
「同い年、だったから。」
「あ、そうなんだ。
ミーシャってなんとなく年下だと思ってた。」
さっきまでアラサーだったのかとか言っていたくせに、僕の口は勝手にそう言った。でも年下かもって思っていたのは本当のことで、同い年だってしれてさらに親近感が増した。
「なんで?」
「え、なんとなく。
ちっこいからかな?」
「もう…っ!」
「ごめんごめん。」
ミーシャも僕が同い年と知って親近感が増したのか、いつもより砕けた様子で言った。
ああ、やっぱりミーシャといると楽しい。
岩里さんに振られて傷心していたはずの僕の心は、確実にミーシャに癒されていた。シュウの言う通り、僕は意外と器用な人間なのかもしれない。
傷ついてるから、今ミーシャに告白でもされたらコロッといってしまうかもな。
あるわけがないことを考えつつ、僕は真剣に装備を選び始めた。
「これ、どうかな?」
見た目がかっこいいってのは確かにそうなんだけど、中身が伴っていないと意味がない。いくらかっこよくても動きが悪くなったり防御力が落ちたら意味がないから、色々と細かく確認しながら選んでいると、一つ良さそうなのを見つけた。
「うん、いいと思う。
一回着てみたら?」
「そうする。」
この世界にも試着室みたいなものがある。
やっぱり装備にも相性ってものがある。実際に着てみないと動きやすいかとか自分に合っているかとかが分からないから、買う前には着て少し動いてみるプレイヤーがほとんどだと思う。
僕は一番いいと思ったものの他にもいくつか候補を選んで、試着室に持ち込んだ。
「いいじゃん。」
実際に装着してみると、今まで見た目にこだわってなかったってのを後悔するくらい、見た目も着心地もしっくりきた。軽く飛んでみたり手をまわしてみても問題なくてその場で決めてしまおうかとも思ったけど、他人の意見って大切だ。だから僕は一旦試着室をでて、ミーシャに見てもらうことにした。
「どうかな、これ?」
「うん、すごい似合ってる。」
社交辞令かもしれないけど、ミーシャはそう言ってくれた。もう着心地も含めてすっかり気に入ってしまった僕は、いくつか持ち込んだにも関わらず即決でそれを買うことに決めた。
「ありがと、選んでくれて。」
「ううん、私は…。」
「次、ミーシャの選ぼうか。」
ミーシャも装備を買いに来たはずなのに、僕の買い物にばかり付き合わせてしまった。やっと申し訳なさを感じ始めた僕が提案すると、ミーシャは少し恥ずかしそうに「私はいいのに」と言った。
「僕も選んでもらったしさ。
いこ。」
僕が装備を選んでいたゾーンは、どちらかと言うとかっこいい系のものが並んでいる場所だったから、ミーシャには少し合わないと思った。僕はミーシャの手を引いてそのままミーシャに合いそうな可愛い装備がそろったところに行った。
完全に、僕の趣味を押し付けてるんだけど。
するとミーシャは、少し遠慮がちに装備を選び始めた。しばらく悩んでいたみたいだったけどきまらなそうだったから、僕はまた完全な自分の趣味でミーシャに似合いそうで能力も適度にある装備を僕も選ぶことにした。
「これとかどう?」
「う、うん。」
「これも似合いそう。」
「そう、かな…。」
ミーシャはやっぱり自信がなさそうにしていたけど、僕はそんなミーシャの感情も無視して僕の趣味を押し付け続けた。でもミーシャもまんざらでもない顔をしていたから、たぶん困らせてはないと思う。僕はその後もいくつか装備を選んで、ミーシャにも試着してくるよう促した。
「ここで待ってるね。」
「うん…。」
ミーシャは恥ずかしそうな顔をしつつ、試着室に入っていった。僕は試着室近くにある椅子に座って、ミーシャが出てくるのを待つことにした。
ん?待てよ?
これって、デートじゃないか?
冷静になった僕は、冷静な頭でそう考えた。
これはどっからどう見てもデートだ。現実では僕が一生しないまま終わるかもしれない、買い物デートじゃないか。
そう考えたら一気に胸が高鳴る自分がいる事を、僕はしっかりと自覚していた。僕が好きなのは岩里さんなはずなのに、ミーシャとデートしていても気持ちは高まるし楽しいって思う。
やっぱり僕って、薄情な浮気者なのかな…。
ラッキーイベントを純粋に楽しみたい気持ちと、僕の好きな人は岩里さんなのにって気持ちが複雑に絡み合って、僕の心の中では天使と悪魔がずっと戦い続けていた。
「どう、かな…。」
その時、ミーシャがとても恥ずかしそうに試着室から登場した。
もう、すごいかわいい…。
本当はそう言ってしまいたかったけど、あまりにも情けないと思ったから、僕はなるべくクールな声を作って「似合ってる」と言った。するとミーシャは恥ずかしそうにうつむいて「ありがとう」と言った。
「ほら、次も。」
「うん…。」
こんなことしたたら、本当にデートじゃないか。
複雑な気持ちを抱えつつも、さっさと帰ろうとしない僕はやっぱり薄情で浮気性の最低な男だ。自分をののしりながら僕はそれからもミーシャとのラッキーイベントを止めようとすることなく、ミーシャが僕の好みの装備を全部着終わるまで、デートを楽しんだ。
「それじゃあ、これにする。」
「うん、いいと思う。」
結局ミーシャは、僕が選んだものに決めてくれた。
僕はこのラッキーイベントのお礼をするためにも、その装備の支払いをミーシャが着替えているうちに済ませた。
イケメンみたいなこと、僕にも出来るもんだな。
こんなこと、現実世界ではできないかもしれない。
でもやっぱりヒーローになっている時は、こういうイケメンみたいなことが自然と出来てしまう。頼むから岩里さんといるときに発揮してくれよと思いつつ、僕はミーシャが出てくるのを待った。
「お待たせ。」
「はい。」
「え?」
試着室から出てきたミーシャに、僕は購入済みになっている装備を渡した。するとミーシャはとても慌てた様子で「どうして」と言った。
「いや、今日装備選びに付き合ってくれたし。
今度ホントにクエスト行ってもらうためのワイロ。」
「そんなの、いいのに…。」
「僕がよくないの。ね。」
最初は払おうとしていたミーシャも、僕があまりにもしつこく断るもんだから、ついに観念した様子で「ありがとう」と言って受け取ってくれた。その笑顔が可愛すぎてドキッとしてしまったのは、天音にもシュウにも秘密だ。
「じゃあ今日はいこっか。」
「うん。」
僕は名残惜しく思いつつ、今日はおとなしくゲームをやめることにした。1時間制限のあるミーシャもそろそろ時間みたいだったから、僕たちは一緒にセーブポイントに向かった。
「えっと…。」
「ん?」
「好きな人とは、どう?」
ミーシャは少し聞きにくそうにそう言った。
そう言えばそんな話したな。僕は軽々しく相談したことを少し後悔しつつ、振られたことを思い出してため息をつきそうになりながら、それを何とかこらえて「うん」と言った。
「好きな人が、いるらしいよ。」
「え?アレックスのことを、じゃなくて?」
「うん、違う。」
ミーシャは複雑な顔をして、「そっか」と言った。こんな顔させるくらいならややこしい話はすべきじゃなかったかなと、少し反省した。
「アレックス、優しいのにね。」
「現実では超さえないやつだからね、僕。」
ここでは冴えるやつなのかよ。って自分で自分にツッコんだけど、僕は今年の1位なんだからそれくらい威張ってもいいと思う。振られたってことでさらに自信をなくしたけど、ここでくらい自己肯定感を高めてもいいだろうって自分を励ましてあげた。
「そんなこと、ないでしょ。」
「ううん、本当に。
多分幻滅するよ。」
ミーシャは信じてくれなかったけど、たぶん現実の僕のことなんて知ったら一緒にクエストに行ってくれることもなくなるくらい幻滅するんだろうな。自己肯定感を上げようとしたのに思いっきり失敗しつつ、僕はミーシャにあいさつをして僕の冴えない現実世界に戻っていった。
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