第13話 嫌な私―美玖莉

篠田君の突然の告白は、思ったより私の心の中でずっとぐるぐると消化されないままだった。その日は帰って勉強をしていても篠田君の声が頭の中で聞こえる気がして、早めに寝るしかなかった。


学校に行くときも、途中で篠田君に会ったらどんな顔をすればいいんだろうって考えてばかりだった。思えば好きだって勇気を出して言ってくれたのに、その場から逃げるなんて本当に失礼だ。


突然だったとはいえ、そんな対応しかできない自分を情けなく思いつつ、私はトボトボと自分の席に着いた。



「お、余裕だね。美玖。」



テスト前はいつもこの時間勉強をしていたり教科書を見たりしている私が精神統一をしようと本を読んでいるのを見て、杏奈ちゃんは「さすが」と言いながら席に座った。



「違うの…。」



私がなんとか絞り出して言うと、杏奈ちゃんは急に深刻な顔になって「どうした?」と聞いた。



「篠田君に…。」

「うん。」

「好きだって、言われて…。」

「え?!告白されたの?!」



大声で言う杏奈ちゃんの口を急いでふさいで、「杏奈ちゃんっ!」と私も大きな声で言った。すると杏奈ちゃんは「ごめんごめん」って軽く言って、「それで?」とまた聞き直した。



「好きな人がいるって、言ったよ。」

「そしたら?」

「わかんない、そこで帰っちゃった。」



「なんだぁ」と少し残念そうな声を出して、杏奈ちゃんは言った。それを不思議に思ってみていると、杏奈ちゃんはまっすぐ私の目を見た。



「いいの?それで。」

「いいのって…。」



そんなのあたりまえだって断言したいのに、断言できない自分が嫌になる。でもこんな中途半端な気持ちで私も好きですなんて言えないのは確かなことで、私は少し間を開けてなとか「いいの」と言った。



「そっか。」



杏奈ちゃんはちょっと何か言いたげではあったけど、それ以上何も言わなかった。私もこれ以上考えても多分何も答えなんて分からないって自分に言い聞かせて、なんとか必死にテストに集中することにした。




あっという間にテストが終わって、一気に気が抜けてしまった。

本を読もうかとも思ったけど、気分転換にもなりそうだと思った私は、久しぶりにゲームを起動した。



ログインしたはいいものの、今日はいつもみたいにみんなとクエストに行こうとか決めているわけではなかったから、特にすることはなかった。

何をしようと考えたけどいい案が浮かぶ様子もなかったから、なんとなく案内所に行ってみることにした。



「あ、ミーシャ。」



この時間なら誰かいるかなとは思ってたけど、案内所にはアマンダがいた。久々に会えたことを一瞬は大げさに喜んでみたけど、アマンダの顔を見た瞬間アレックスのことも思い出して、それと同時にあの日のことも思い出した。



「どしたの?」


急に暗い顔になった私を心配して、アマンダが聞いてくれた。

話したらまた辛くなりそうだったけど、吐き出して楽になりたいって気持ちもあった私は、「あのね」と恐る恐る声をだした。


「アレックス、好きな人がいるらしい。」

「そんな話、

出来るようになったんだ。」


アマンダの反応が思っていたものと違いすぎて、私は驚いた顔でアマンダを見た。すると私の顔がよっぽど面白かったのか、アマンダはクスクスと笑った。



「いや、そんな深い話、

出来ただけで進歩でしょ?」

「確かに…。」

「ミーシャが振られたわけじゃないんだし、

まだ落ち込む必要なし。」



天音ちゃんや杏奈ちゃんみたいなことを言って、アマンダは笑った。3人が同じ意見なんだから本当にそうなのかもしれないと私はやっと前向きな気持ちになって、「そうだよね」とアマンダに言った。



「あ、あのドレス。

褒めてもらえたよ。」

「そう、よかった。

よく似合ってたもん。」


改めて「ありがとう」とお礼を言うと、アマンダは大げさに「どういたしまして、ボス」と頭を下げた。それがおかしくて、私たちはしばらくクスクスと笑っていた。話したら辛くなるかもなんていう心配なんて、全くする必要がなかったみたいだった。



「あ、私上位者マスターズクエストのこと、

ちょっと聞いてくるね。」

「了解。

私掲示板行くわ。」



アマンダとしばらく笑っていたら失恋したなんてことすっかり忘れてしまった私は、さっきの自分が見たら驚くほどあっさりと気持ちをゲームへと向けていた。


来週から、新しく上位者向けのクエストがはじまる。

そうなればまたアレックスとクエストに行ける機会も、自分が強くなれる機会も増えるかもしれない。


現実世界では複雑な気持ちを抱えていたけど、やっぱりこっちに来るとアレックスへの大好きでいっぱいになる。もしかしたら複雑だったのはしばらくアレックスに会ってなかったからかもしれないって私は決めつけて、来週から始まる戦いに備えて詳しい説明を聞きに行くことにした。




疑問に思っていることは全て聞き終わってから、アマンダのいる掲示板に向かった。アマンダは毎年上位者に入れるギリギリのところで入れずにいるから、来年に向けて気合が入っているらしい。


私もアマンダに負けてはいられないから、今日も簡単なクエストに行くかと心に決めて歩いていると、アマンダは掲示板で誰かと話をしていた。



え、アレックスだ…。



アマンダが話している人の背中は、どう見てもアレックスだった。

久々に見るそのたくましい背中に私はドキドキが抑えられなくなったけど、遠目で「よし」と気合を入れて二人のもとへ近づいていった。



「あ、アレックス。」

「ミーシャ。

久しぶり。」



アレックスは相変わらずクールにそう言った。

やっぱりすごくすごくかっこいいなって思った。




「う、うん。そうだね。」



私は何とか動揺を抑えて言ったつもりだったけど、アレックスから見たら不自然かもしれない。その証拠にアマンダがアレックスの後ろでクスクスと笑っていて、私はちょっとムッとしてアマンダの方を見た。


「あ、そうだ。」



するとアレックスが唐突に言った。

それに驚いてアレックスの方を見ると、生き生きとした顔で私を見ていた。


「アップデートが終わったら

一緒にクエスト行ってくれない?」



さっき話を聞いてきたけど、上位者クエストは確かに人数を集めていかなきゃいけないものばかりらしい。パーティーを作っていないアレックスからしたら私を誘うのは当たり前の話なんだろうけど、誘ってくれたことがとても嬉しくて、私は二つ返事で「うん!」と言った。



「よかった~。

僕友達少ないから。」


するとアレックスは本当に安心した様子で言った。

今年1位のアレックスがクエスト同行の募集なんてかけたら、多分一瞬で枠なんて埋まってしまうと思う。そう思って素直に「そんなのすぐに集まるよ」って伝えたけど、アレックスはそれに首を振った。



「気のしれてないプレイヤーと

ハイレベルのクエスト戦うなんて出来ないでしょ?」



確かにアレックスの言うとおりだ。

信頼関係がないと思いっきり戦えないってのはそうだろうし、もし裏切られたらってリスクもないことはない。それでも私が"気の知れた"プレイヤーと言ってくれることが嬉しくて、私は自分でもわかるくらいニヤニヤしながら「確かに」って答えた。



「よろしくね。」



アレックスは相変わらず謙虚に言ったけど、お願いしたいのはこちらの方だった。私は内心ワクワクしている気持ちを何とか隠しながら、その言葉に「うん」とうなずいた。



「じゃあ今日は来週の準備のために

装備でも買いに行こうかな。」



ここにいるってことはクエストに行こうとしてたんだろうから、もしかして一緒に行けるかもって思っていた私は、それを聞いて一気に落ち込んだ。するとそんな私を見て、アマンダがアレックスの背後でニヤッと笑うのが分かった。




「ミーシャも新しい装備

欲しいんじゃなかったっけ?」



そんなこと、言ったっけ?

必死に考えてみてもそんな覚えがなくて最初はあたふたとしたけど、慌てる私を見てアマンダは分かりやすくウインクをした。それでわざと言ってくれたんだってやっと察した私は、急いで「うん!」と言った。



「あ、そう?じゃあ一緒に行こうか。」



アレックスは当たり前のようにそう言って、颯爽と歩き出した。私はニコニコと笑って手を振るアマンダに口パクで「ありがとう!」とお礼を言って、先を行くアレックスの背中を追った。



「ミーシャは最近プレイしてた?」

「ううん、

最近忙しくて全然出来てなかったの。」



アレックスとクエスト以外でこんなにゆっくり歩くのは初めてのことだった。何を話せばいいのと内心ドキドキしていたんだけど、アレックスが自然と話題を振ってくれたから助かった。

私が素直に答えるとアレックスも「実は僕も」って言ったから、テスト期間にログインしてもどうせ会えなかったんだって思った。



「それにしても楽しみだな、アップデート。」



アレックスは本当にワクワクした顔で言った。

確かにアレックスくらい実力のあるプレイヤーからしたら、普通のクエストじゃ物足りないだろうから楽しみなんだろうけど、私からしたらハイレベルのクエストなんて不安しかない。そう思って素直に不安だと伝えると、アレックスは私の背中を優しく押した。



「大丈夫だよ、ミーシャは。」



それを言われて、私は全然大丈夫じゃなくなった。

久しぶりに感じるアレックスという存在は暖かくて柔らかくて優しくて、やっぱり大好きだって思った。


「う、うん…。」

「ホントだよ?」



動揺して言った私のセリフがまだ不安に思っているように聞こえたのか、アレックスは念押しして言ったけど、そういう意味では全くなかった。もともと余裕がなかったのにもっと余裕をなくした私は、これ以上ドキドキしないためにもただ歩くことだけに集中することにした。



「あ、ついた。」



当り障りのない会話をしているうちに、装備屋に到着した。とりあえず無事到着できたってことに安心しつつ店内に入ると、アレックスははじめて来たみたいに瞳をキラキラと輝かせて、「すごいね!」と言った。



その姿はまるで大きなカブトムシを見つけた少年みたいに見えて、微笑ましくて私は思わず声に出して笑ってしまった。すると私をチラッと見たアレックスは少し恥ずかしそうな顔をして、「いこっか」と言った。



かわいいなぁ。



男の人にそんなことを思うのはもしかしたら失礼なのかもしれないけど、目をキラキラとさせるアレックスはとてもかわいかった。恥ずかしそうにしてはいたけど、アレックスはやっぱり目をキラキラさせたまま、店内に飾ってある装備をキョロキョロと忙しく見ていた。


「どんなものがいいの?」

「う~ん、特にこだわりはないんだけど…。」


その言葉通り、確かにアレックスの装備は上位者と思えないくらいあっさりとしたものだ。中には見た目にとことんこだわっているプレイヤーも多いけど、本当にそんなに興味がないんだと思う。

いい装備を付けるという事は、もちろん攻撃力とか防御力を高めることに繋がる。だからどのプレイヤーだって自分のレベルに見合ったものを用意するのだろうけど、装備に全くこだわってないのにここまで強いのって、やっぱり本当にすごい人なんだって改めて実感した。



「見た目がかっこいいやつ?」



するとこだわりがないと言っていたアレックスは、装備を見つめながらそう言った。



「ふふふ、そうなんだ。」



やっぱりなんか少年みたいだ。

そう思って私がクスクスと笑いだすと、アレックスは少し不服そうな顔をして私の方を見た。



「ごめん。

アレックスも、

普通の男の子みたいなこと言うなって思って。」



笑った理由を正直に言うと、アレックスはまたちょっと不服そうな顔をして「そりゃそうだ」と言った。それがまた可愛くて笑いそうになってしまったけど、これ以上は失礼だって思って私は何とか笑いをこらえた。



「僕だって普通の男の子だし。」



男の子…。

おじさんではないってシュウ君に聞いてはいたけど、一体何歳なんだろう。もしかしたらアレックスのことを知れるチャンスかもしれない。そう思った私は心の中で「よし」と小さく決意を決めて、「アレックスって…」と言った。



「ん?」

「いくつなのか、聞いていい?」



意を決して、私は聞いた。

聞くのが怖いようなでも知りたいような微妙な気持ちになったけど、そもそもアレックスが言いたくないかもしれない。そう思って「嫌ならいいんだけどね」って付け足すと、アレックスは穏やかな顔をしたまま「全然いいよ」と言ってくれた。



「16歳。」

「え?!」



もしかしたら同世代かもって希望は持っていたけど、まさか同じだとは思っていなかった。思わず大げさに驚いてしまってアレックスを見ると、アレックスもその声に驚いたのか、びっくりした顔で私を見た。


「あ、ごめん。

同い年、だったから…。」


これで一つ、ハードルを越えられた気がした。

今まで何もしらなかったけど、自分の口で本人に年齢が聞けた。自分の小さな進歩がとても嬉しくて一人で喜んでいると、アレックスが「ミーシャってなんとなく年下だと思ってた」と言った。



「なんで?」

「え、なんとなく。

ちっこいからかな?」

「もう…っ!」



この世界ではアイコンの身長は自由に設定できるけど、私は自分の本来の身長で設定をしている。いつも小さいからこの世界でくらい大きくなろうって考えないこともなかったけど、そんなことで背伸びをしてもしょうがないかって思って正直に同じにしたけど、子供っぽく見えているんだろうか。


やっぱり高く設定すればよかったって後悔していると、アレックスがクスクス笑いながら「ごめんごめん」って謝った。その顔がとてもたのしそうだったから、やっぱり小さくて良かったって思った。



「これ、どうかな?」

「うん、いいと思う。

一回着てみたら?」

「そうする。」



それからしばらくアレックスは真剣に装備を選んでいた。

見た目がかっこいいのがいいと言いつつ、ちゃんと能力とか細かいところを見極めながら選んでいるようだったから、やっぱりゲームセンスがすごいんだなって実感した。


アレックスは一番気に入ったらしい装備と、その他にもいくつかよさそうなものを見繕って、試着室へ入っていった。



「どうかな、これ?」



しばらくして、試着を終えたアレックスが出てきた。

今まで質素なものだったからってのもあるけど、いざしっかりしたものを着たら余計かっこよく見える。これ以上見ていたら余計恥ずかしくなりそうだって思った私が、「うん、すごい似合ってる」と本音を言うと、アレックスは「よしこれに決めた」とあっさり言った。


ほかにも持っていったのに、あっさり決めてしまう決断力がさすがだなって思った。



「ありがと、選んでくれて。」

「ううん、私は…。」



私は本当に何もしてないのに、わざわざお礼を言ってくれたことにもじもじしていると、アレックスが「次、ミーシャの選ぼうか」と言った。



そうか、私も装備欲しいことになってるんだ。



実は新しい装備は、大会前に買ったばっかりだった。わざわざアレックスの時間を使ってまで選ぶ必要はないって思って私が、「私はいいのに」と言うと、アレックスはにこやかな笑顔のまま首を横に振った。



「僕も選んでもらったしさ。

いこ。」



アレックスはそう言って、私の手をつかんだ。



ダメだ、聞こえちゃう。



聞こえるはずのない胸の鼓動が、腕を伝ってアレックスに聞こえないか不安になった。分かりやすいくらい飛び跳ねた胸が痛くて苦しくて、そして愛おしくてたまらなかった。



やっぱり私、この人が大好きだ。



しばらく会っていなかったから複雑になりかけていたけど、やっぱり私が好きなのはアレックスだけだ。私は私の手を引いてくれるアレックスの背中を見て、篠田君に申し訳なく思いつつもそう考えた。



アレックスに連れていかれるがままついて行くと、私の好みの装備が集まっているところについた。趣味まで分かってるのかと思いつつ、気持ちを落ち着けながら徐々に装備を選び始めると、アレックスは待っているだけじゃなくて、私の装備を一緒に探してくれていた。


「これとかどう?」

「う、うん。」

「これも似合いそう。」

「そう、かな…。」


優柔不断な私の代わりに、アレックスはどんどん提案をしてくれた。

さっきもしっかり装備に備わっている能力の確認をしながら選んでいたから、きっと私に合うものを選んでいるんだろう。そう思った私はアレックスが提案してくれるものは全て受け取って、試着してみることにした。



「ここで待ってるね。」



試着室に向かう私に、アレックスは試着室前の椅子を指さしてそう言った。



なにこれ、デートみたいじゃん。



現実ではもちろんしたことがないけど、よくドラマとかで目にするデートみたいなことを自分が好きな人としているって状況に、私の胸はまた高鳴った。私は自分が最大限照れている顔を隠すためにも「うん」と返事をした後、急いで試着室の中に入った。



デ、デート…。



好きな人とデートみたいなことをするなんて、私の人生には絶対に訪れないと思っていた。それなのに夢みたいな出来事は、自分で飲み込めないくらい突然にやってきた。


はぁ。落ち着こう。

このままじゃ一生ここから出られなくなる。


まだまだ状況は飲み込めそうにないけど、かといっていつまでもここにこもっているわけにもいかない。

いまだうるさく高鳴っている胸を落ち着けるためにも私は大きく深呼吸をして、アレックスが選んでくれた装備に着替えた。



「すごい。動き、やすい。」




大会前にもAIロボットと一緒に選んだから、今のだって動きやすくて私に合ったものであるのに間違いない。それなのにアレックスが選んでくれたものはその何倍も動きやすくて、そしてしっくり来ている感じがした。



やっぱりアレックスはすごい、すごすぎる。



別に前のドレスみたいに特別な服を着たわけではないけど、選んでもらった服を着て試着室から出るのには少し勇気が必要だった。しばらくうじうじと悩んでいたけど、私は恐る恐る部屋からでて、すごく小さい声で「どう、かな…」とアレックスに聞いた。



「似合ってる。」



アレックスは笑顔でそう言ってくれた。

それがなんだか照れくさくて恥ずかしくて、私はなんとか「ありがとう」って答えた。



「ほら、次も。」

「うん…。」


もう恥ずかしくてこれにしてしまおうかって思っていたのに、アレックスは私が全部装備を着るまで「次も」って言い続けた。自分が選んだものもいくつか持っていってたけど、結局アレックスが選んでくれたものでも最初に着たものが一番着心地がよくて、私はそれを選ぶことにした。



「それじゃあ、これにする。」

「うん、いいと思う。」



当たり前だけどアレックスもいいと思うって言ってくれたから、大会を頑張った自分へのご褒美にしようって決めて、うきうきな気分で元着ていた装備に着替えなおした。


「お待たせ。」

「はい。」

「え?」


アレックスを待たせていることを思い出した私が急いで試着室から出ると、アレックスは購入済みの装備を私に渡した。

訳が分からなくて「どうして?」と思わず聞くと、アレックスは私の大好きな笑顔でふわっと笑った。



「いや、今日装備選びに付き合ってくれたし。

今度ホントにクエスト行ってもらうためのワイロ。」



本当は一緒にクエストに行ってほしいのは私の方なのに、アレックスは言った。

あの時からお世話になりっぱなしで、私が払わなきゃいけないくらいなのに、またお世話になるわけにはいかない。

そう思って「そんなのいいのに」と言うと、アレックスは首を横に振った。



「僕がよくないの。ね。」



それから何度か払おうとしてみたけど、アレックスは頑なに受け取ってはくれなくて、ついに折れた私は「ありがとう」とお礼を言った。

アレックスは「いえいえ」と言ってにっこり笑ってくれて、その笑顔がすごく暖かくて、大好きだって思った。



「じゃあ今日はいこっか。」

「うん。」


買い終わってすぐ、アレックスはそう言ってセーブポイントに向かい始めた。

こうやって楽しくデートをしているうちにすっかり忘れていたけど、そう言えば私って振られたんだ。


あんなに気にしていたのに、忘れていた自分に驚いた。そしてそれと同時に、好きな人とどうなったのかってことも気になり始めた。


みんな私はまだ振られてないって言ったし、友達が全員そういうならきっとそうなんだと思う。でももしかしてすきな人と両想いになって付き合ったりしていたら、これ以上片思いをしてても無駄なんじゃないか。



そう思った私は意を決して「えっと…」とアレックスに話しかけてみた。



「ん?」



聞きたいけど、本当は聞きたくなかった。

それで「付き合ったよ!」なんて言われたら、もう立ち直れないんじゃないか…。でもずっと知らずに片想いをしているわけにもいかないって思った私は、大きく息を吸って「好きな人とは、どう?」と息を吐き出すみたいにして聞いた。



するとアレックスは「あ~」と言った後、少し悲しそうな顔をした。



あれ、聞かない方がよかった…?



するとアレックスは複雑な顔をしたまま「うん」と言って、私の方を見た。



「好きな人が、いるらしい。」

「え?」



ヒヤヒヤしつつ「アレックスのことを、じゃなくて?」と聞くと、アレックスはまた悲しそうな顔で「うん、違う」と言った。



「そっか。」



アレックスは悲しい顔をしているのに、どこかで「よかった」って思ってしまうすごくすごく嫌な自分がいた。



自分って、なんて嫌な子なんだろう。



恋をするって、暖かくてドキドキして、くすぐったいものなんだって思ってた。


でも最近それだけじゃないってことに気づき始めて、自分の中にも嫌な自分がいるってことが分かってしまった。それを実感すればするほど自分のことを嫌いになりそうで、これ以上そんな汚い感情浮かんでこなければいいのにって無理なことを考えた。



「アレックス、優しいのにね。」



少しでもそんな嫌な自分をどこかにやりたくて、私は何とかそう言った。するとアレックスは少し困った顔で笑って私を見た。



「現実では超さえないやつだからね、僕。」



そんなわけ、ない。

こんなかっこいいヒーローが現実では冴えないなんてことがあるはずがない。そう思って否定したけど、「ううん、本当に」とアレックスは言った。



「多分幻滅するよ。」

「しないよ。」



絶対するはずがない。

確かにアイコンの姿だからアレックスがどんな見た目をしているか分からない。でも中身はよく知っている。アレックスはどこまでも正義感が強くてかっこよくて、正真正銘のヒーローだ。



アレックスは最後まで「本当に冴えないんだよ」って言ったけど、私はアレックスの言う事でそれだけは信じられなかった。



「嫌な子だ…。」



ログアウトしてからも、すごく嫌な自分がどこかにいてしまう事が、なんだかすごく悲しかった。恋をしてよかったって今まで何度だって思ったけど、篠田君のことやアレックスの恋する気持ちのことを思ったら、もう恋なんてやめてしまいたいなって考えた。

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