第12話 動揺―美玖莉
複雑な気持ちを抱えたまま、次の日はいつも通りやってきた。
友達を作る気でいればいいと言われたけど、友達の作り方だって今でもよくわかってない私は、二人みたいに気楽な気持ちで考えることが出来なかった。
「おっはよ~!」
「おはよう。」
杏奈ちゃんはもう放課後のことなんてまったく気にしてないって様子で、元気にあいさつをしてくれた。ここで何か言われたら余計緊張してしまいそうだったから、気楽に声をかけてくれたことで私の気持ちは少しだけ軽くなった。
「机はこうやって並べればいいか。」
朝は複雑な気持ちでいたけど、でもテスト前ってこともあって授業に集中しているうちにすっかり忘れてしまっていた。私はうっかりいつも通り机を並べようとしていたけど、5人分の机をどう並べようか迷い始めた杏奈ちゃんを見てやっと今日は大人数で勉強するってことを思い出した。
大丈夫かな、私、普通に出来るのかな。
机を並べながらそう心配したけど、そもそも私がみんなみたいに明るく会話出来たことなんて一度もなかった。
杏奈ちゃんが言った通り、そこまで気負う必要なんて全くないじゃん。
それに気が付いた私は少し気持ちを軽くして、みんなのことを待つことにした。
「杏奈~美玖~!来たよ~!」
「お~!座って座って。」
天音ちゃんはとても元気に教室に入ってきて、その後ろには相変わらずぶっきらぼうな様子で立っている篠田君と、二人のもう一人の幼馴染だっていうシュウ君がいた。男の人を下の名前で呼ぶなんてしたことがない私だけど、あの"シュウ君"のおかげでその名前は呼びなれていたから、自然とそう呼ぶことが出来た。
いつか篠田君のことも、天音ちゃんみたいに"アキ"なんて気軽に呼べるようになる日が来るんだろうか。
そんなことを考えていると、昨日の話をしてから完全に篠田君のことを意識してしまっている私は、彼の姿を見たら気持ちがドキッとしてしまった。
どうしようと思ったけど、このままただ見ているわけにもいかないからあわてて頭を小さく下げると、篠田君は軽く片手をあげてそれにこたえてくれた。
「たくさんそろうと心強いね。」
「戦力的にはザコだろ、岩里さん以外。」
「たくさん寄れば文殊のなんとかってね!」
「ほらな、ザコだ。」
篠田君と天音ちゃんは、相変わらずハイテンポな会話をした。
聞くのに必死になっていたけど、やっとその言葉の意味を理解した後、そんな戦力になれるかも分からない私が頼りにされていることがじわじわと不安になり始めた。
「わたしもそんな…っ。」
力になれないよ。
保険をかけておこうとそう言おうとしたら、杏奈ちゃんに肩をポンと叩かれた。
「な~にいってんの、
大丈夫だから。」
本当に大丈夫かどうかは分からなかったけど、杏奈ちゃんに言われると大丈夫な気持ちになって来るから不思議だ。私はいちいち気負いすぎる性格を反省しつつ、杏奈ちゃんの言葉に「うん」とうなずいておいた。
「じゃ、はじめようか。」
シュウ君の一言で、私たちは集中して勉強をはじめた。
私ももう複雑なことを考えるのは一旦やめにして、勉強に集中することにしよう。
そう思ったんだけど、いつものようにすぐ集中モードに全然はいっていけなかった。
気づかれないように、目の前の席で勉強をしている篠田君の姿を少し見た。篠田君はとてもきれいな姿勢でサラサラとペンを進めていて、高校生の男の子と思えないくらい字がとてもきれいだった。
すごい、私よりキレイかも。
「美玖、あのさ。」
「は、はい。」
勉強のことなんて全く考えられていない私に、杏奈ちゃんはいつも通り質問を投げかけた。思わず過剰に反応してしまったことを後悔したけど、そんなのどうってことないって様子で、杏奈ちゃんは話を続けた。
「あ、美玖。私も…」
そうしているうちに、天音ちゃんからも質問を受けた。最初は集中できなくて違う事を考えていた私だったけど、質問に答えているうちにやっと勉強モードに切り替えることが出来て、それからは前日出来なかった部分をスムーズに進めることが出来た。
「ね、美玖。
数学のさ…。」
しばらくして、古典から数学に教科を切り替えたらしい杏奈ちゃんが私に聞いた。
まだ数学はそこまで勉強できてないし、そもそも得意でもない私が「わかるかな」と心配していると、天音ちゃんが「アキに聞きなよ」と言った。
「アイツ数学だけはやたらできるから。」
数学が得意なんて、うらやましい。
二人の様子を観察していると、篠田君は杏奈ちゃんにすらすらと数学を教えていた。杏奈ちゃんに説明するのをついでに私も聞いていたら、それがとても分かりやすいことにも驚いた。
すごいな、先生よりも分かりやすいかも。
私も分からないところだったから、家に帰ったら篠田君の説明を踏まえて一度その問題を解いてみようって思った。
それからも私たちはそれぞれ集中して勉強をして、下校時間になる前にそれぞれに家に帰った。バス停までは幼馴染3人組が私を送ってくれたんだけど、4人で帰るなんて初めての経験だから、それがなんだかすごく楽しかった。
☆
「美玖、ごめん!
今日部活のことで呼ばれてるから
一緒に勉強できないや…。
でもみんな来たがると思うから、いい?」
「うん、大丈夫だよ。」
テスト期間にまで、部活のことを色々しなくてはならないって大変だなって思った。前は杏奈ちゃんがいないと不安になっていたかもしれないけど、今は天音ちゃんもいてくれるから大丈夫だ。
それに今日は、昨日家でやって解けなかった数学の問題のこと、篠田君に聞きたいと思っていた。
約束したわけでもないのにすっかり篠田君とシュウ君も一緒に勉強するって気になっていた私は、勉強会がなくならなくてよかったって思った。
「じゃ、行ってくる!」
「はい、また明日ね。」
まるで家から出ていくときみたいなことを言いながら教室を去る杏奈ちゃんの背中を見送って、私は机をセッティングした。
今日は二人じゃなくて、ちゃんと四人分の机を並べておいた。
並べ終わってもまだみんなは来なかったから、私は自分の席に座って一息つくことにした。
「…ふぅ。」
文字通り一息つくと、冷静な頭の中にアレックスの姿が浮かんだ。
私はアレックスのことが大好きで、この間振られたとはいえ気持ちの切り替えは全くできていない。今でもすごく会いたいし、でもあってしまえばどんな顔をしていいか分からなくて、テスト期間が終わったらどうしようって考えていた。
でも天音ちゃんや杏奈ちゃんと話して、篠田君に対して好感を持ってるっていう気持ちにも気が付いてしまったことから私は器用に目がそらせなかった。
多分篠田君が素直に感想を言ってくれた時には、ちょっと心が動いてしまっていたと思う。それに昨日だって、意識しているせいってのもあるけど、彼を見ただけでドキッとしてしまったのも、確かだ。
「最低だ…。」
とても純粋な、初恋だと思っていた。
どこまでもまっすぐにアレックスに恋をしているって、そう思ってた。
でも自分の中に二人もいいって思ってるような最低な気持ちがあることを自覚してから、私はどこか複雑な気持ちをずっと抱えたままだった。
コンコンッ
どれだけ考えても答えが出るはずのないことを考え続けていると、急にドアの方からノック音が聞こえた。するとそこには篠田君だけが立っていて、私の頭の中には一気にたくさん疑問符が浮かんだ。
「あれ、杏奈は?」
そんなこと気にしないって様子で、篠田君は言った。
よく考えてみれば、杏奈ちゃんが部活で呼ばれてるってことは天音ちゃんも呼ばれてるかもしれないってのは想像できる話で、そこまで深く考えなかった自分が嫌になった。
「部活のことで…。」
「そう言えば天音もどっか行ったわ。」
私がやっとの想いで返事をすると、案の定天音ちゃんも呼ばれているって答えが返ってきた。でもなんでシュウ君もと思って聞いてみると、篠田君はやっぱりあっさりと「アイツも今日は用事」と答えた。
「そ、そっか。」
っていうことは、今日は二人…。
複雑な気持ちでいる私にとって、それは試練といってもいい状況だった。意識すればするほど気持ちが複雑になっていく気がする。でも意識しないなんて無理な話だ。
もう私の足りない頭ではどうしていいか分からなくて悩んでいると、篠田君が小さい声で「えっと」と言った。
「今日は二人みたいだけど…。
嫌じゃないかな?」
私が黙っていたせいか、篠田君はそう聞いた。
確かに複雑な気持ちは抱えているけど、でも決して嫌なわけではない。私が黙っていたせいで不安な気持ちにさせてしまったと反省しつつ、「ううん、全然」と答えると、篠田君は少しホッとした顔をした。
「お願いします。」
むしろ教えてほしいのは私なんだからお願いしなくてはいけない。そう言うと篠田君は安心した顔をして教室に入ってきた後、自然と私の目の前の杏奈ちゃんの席に座って勉強をする準備をし始めた。
「数学くらいしか教えられないから
役に立たないかもしれないけど…。」
準備をしながら篠田君は言った。
数学の勉強をしたい私にとっては、むしろとてもありがたいことだ。
「ううん。
数学苦手だから、助かる。」
その気持ちはちゃんと伝えなきゃと思ってそう言うと、篠田君は少しうれしそうな顔をして、勉強道具を広げた。私もノロノロしているわけにはいかないと、数学の教科書を取り出して、もう一回昨日できなかった問題を解いてみることにした。
しばらく解いてみたけど、やっぱり私にはできないままだった。
そりゃ何もしてないのに昨日できなかったことが出来るようになってるはずないか。
もう篠田君に聞くしかないと思ってあきらめて顔を上げると、篠田君は目の前でサラサラとペンを進めていた。
相変わらず、とてもきれいな姿勢だった。
そして篠田君はしばらくペンを止めることなく勉強を進めていて、迷いなく勉強が進められることがうらやましく思えた。
彼はすごくすごく集中していて、しばらく声がかけられなかった。でもこのまま見続けているのはさすがに気持ち悪いだろうから、私は大きく息を吸ったあと「あのさ」と声をかけた。
「はいっ。」
すごく集中していただろうから突然私に呼ばれてびっくりしたのか、篠田君はとてもいい返事をした。集中研ぎらせてごめんなさいと心の中では思いつつ、さっさと済ませた方がいいと思って「今いい?」と念のためお伺いをたてた。
「うん、大丈夫。」
すると今度は篠田君らしく冷静に、そう言ってくれた。
そんなこと言われるはずないけど「邪魔すんな!」なんて怒られたらどうしようと思っていた私は、ホッとしながら質問をした。
「あ、そっか。
ここでこれ使うんだ。」
「そうそう、
その公式で計算すると…。」
篠田君の説明には、やっぱり無駄がなかった。
丁寧なんだけど答えまでの道のりをキレイにたどってくれるから、とにかくとても分かりやすかった。これだけ人にすらすらと説明できるってことは、きっと本当に理解が深いってことだと思う。
たくさん勉強してもどうも数学だけはそうならない私にとってそれは本当にすごいことで、説明を聞いた後思わず「すごい」と口にしていた。
「よかった。」
「ずっとこれ分からなくて…。
ありがとう、本当に。」
分からなかったことが分かるようになるって、本当にすっきりする。
昨日からずっとモヤモヤした気持ちを抱えていた私は、自分が分かることが増えたってのが本当にうれしくなって、思わず篠田君にお礼を言った。
無意識に笑顔になってしまっている顔を上げると、思ったより近くに篠田君の顔があった。びっくりして私が一瞬フリーズしていると、篠田君は一瞬で顔を赤くして素早く身を引いた。その動きと照れた顔を見てフリーズが解除された私も、急いで後ろに身を引いた。
どうしよう、やばい…。
男の人と、あんなに近い距離で目が合ったのははじめてかもしれない。
突然の出来事だったのもあって心臓がドキドキと大きく高鳴って、篠田君にまで聞こえてしまわないか心配になった。
こんな状態では勉強なんてしてられない。
そう思った私は自分の気持ちを落ち着けるためにも休憩を取ることにして、鞄の中から水筒とハンカチを取り出した。
しばらくまともに顔を見れそうもないと思ったのに、篠田君がボソッと「あ、それ…」というもんだから、それに無意識に反応して篠田君の方を見てしまった。するとさっきの出来事が一気に脳みそにフラッシュっバックして、私の心臓がまた大きく高鳴り始めた。
「いや、スタンプと同じだなって思って。」
私が何も反応しないのを不思議に思ったのか、篠田君は続けてそう言った。
そう言えば私、ミルキーのスタンプを篠田君に送ってたっけ。もちろんゲーム内に登場するキャラクターとして知ってはいたけど、最初は特別好きって言うわけではなかった。
「杏奈ちゃんがくれたの。」
でもある日杏奈ちゃんに「なんか似てる」と言われてハンカチをプレゼントしてもらってからは変に意識するようになって、今では自分でスタンプを買ってしまうくらいには好きなキャラクターになってしまった。
でも何も知らない人からしたら変なのかもしれないと思って、杏奈ちゃんに似てると言われたことを伝えると、篠田君は「そのキャラが?」と私に聞いから、そうだと返事をした。
「でもそんなに可愛くないよね。」
どこが似てるのかはよく分からないけど、かわいい!って断言できるほどに可愛くないことは確かだった。すると篠田君は私の言葉を聞いて少し考えた後、「僕は好きだけどな、そのキャラ」と言った。
そうか、このキャラクターが好きな人もいるのか。
確かにスタンプになるくらいだから、好きな人も多いのかもしれない。
似てるって言われてから意識はしてたものの、そんなに好きになれなかったこのキャラだけど、好きだと言ってくれる人がいるってだけで嬉しくなってきた。
そんなに好きじゃないって言いながら、きっと愛着がわいてたんだろうな。
私が褒められたわけでもないのに心がほっこりした私は、「そっか」って温かい気持ちのまま答えた。
篠田君は本当にやさしい人だな。
少しだけど何気ない話が出来たことが嬉しくて、私はほっこりした気持ちでお茶を飲もうとした。すると篠田君は最後に言葉を発して以来何かを考えこんでいて、どうしたんだろうなって思ったけど、深く考えることなく私は水筒の蓋に手をかけた。
「岩里さんの、ことも。」
え?
しばらく考え込んだ篠田君の口から、流れるみたいに言葉が出てきた。
一瞬では何が言いたいのか全く理解できなくて、びっくりしたまま彼を見つめると、篠田君は珍しく少し動揺していた。
「ご、ごめん。
いきなりびっくりさせて。」
何が起こってるかまだよくわからなかったけど、謝られたことにようやく私は首を横に振って反応した。
私のことも、何…?
でも思考回路はまだまだ正常には戻っていなくて、それでもなぜかまっすぐな篠田君の目から目が離せなくて、私は嘘のない彼の瞳をじっと見つめた。
「驚かせたと思うけど、
えっと、僕、岩里さんのこと好きなんだ。」
私のことが、好き…?
ど、どういうこと?!
篠田君がそれをはっきり口にしても、しばらく私には意味がわからなかった。でもその言葉が私の脳みその道をゆっくりゆっくり登ってようやくそれを理解した時、恥ずかしくてたまらなくなって、私は目を一気に伏せた。
篠田君が?私のことを…?
そんなの冗談だって思ったけど、篠田君が嘘のない人だってことは私が一番よく知っている。彼がこんな真剣な顔をして悪い冗談を言うわけがない。でも、私のことを好きな人がいるなんて信じられない。
告白されたことなんて始めてだった私は、この後なんて答えたらいいか分からなかった。そもそもアレックスのことが好きなのに、篠田君のことも気になるなんていう中途半端で複雑な気持ちを抱えている私に答えが出せるわけじゃなかったけど、少なくとも嘘のない彼に嘘をついてはいけないってことだけはわかった。
「えっと…。」
本当は何も言わず、逃げ出したかった。
こんな時、杏奈ちゃんならストレートに自分の気持ちを言えるのだろうか。
そもそも自分の気持ちが自分で分からない私が何かを口に出せるはずがなくて、答えなくてはいけないはずが、しばらく黙ったままでいてしまった。
でも、このまま時間だけが過ぎても、答えなんて出るはずない。
複雑な気持ちは抱えているけど、今何も分からない私でもはっきりという事が出来るのは、アレックスのことが好きってことだ。
篠田君には申し訳ないけど、ちゃんと伝えよう!
私はそう決意して、震えている自分の両手をグッと握った。
「私っ、
好きな人いるんで!」
もっとやんわり伝えた方がよかったのだろうか。
正解が全く分からない私の口からは自然とストレートな言葉が発せられていて、それを篠田君は呆然と聞いていた。
ついにその空気に耐えられなくなった私は急いで身の回りの整理をして、座ったままの篠田君に大きく礼をしてその場を去った。
どうしよう。
告白、されてしまった。
はっきりしたことを言ったせいで、もしかして篠田君を傷つけてしまったかもしれない。
でも、篠田君には嘘をつかずにすんだ。
きっとこれで良かったんだ。
―――本当に、それでよかったの?
篠田君にはっきり伝えてみたものの、自分の頭の中は全く整理が追い付いていなかった。
でも、篠田君にひどいことを言ったのに、告白されてどこか嬉しいと思っている自分がいるのも確かだった。
こんな最低な自分、どこかへ行ってしまえ。
振り払いたくて私は少し小走りで家まで帰ったけど、ただ息が上がっただけで家についても頭の中はぐちゃぐちゃのままだった。
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