第11話 少しずつ前へ―晶斗



「岩里さん。」



悩んだ末、僕は月曜に彼女の教室まで本を返しに行った。

前は呼ぶことも緊張したのに、今回は自分でも驚くほど自然と彼女を呼び出すことが出来た。


何があったんだ自分って思ったけど、もしかしたらミーシャに"素敵だ"って言ってもらったからかもしれない。

僕の呼びかけに反応して入口までちょこちょこと向かってきてくれるかわいい彼女をみながら、僕は心の中では他の女の子に感謝をした。




「ありがとう。これもホントよかった。」

「よかった。」



最近、岩里さんはだいぶ僕にも心を開いてくれている感じがする。

前は笑顔なんて見られなかったけど、最近では話すたびにこうやって照れながら笑ってくれるようになって、近くで見る笑顔が僕には破壊力抜群すぎた。


クラクラするほどドキドキしている自分を隠しながら、冷静に「うん」って答えてみたけど、たぶん天音やシュウに見られたら見抜かれて笑われるかもしれない。そう思って教室の方に目線を移すと、ニヤニヤと天音みたいな顔をしてこちらを見ているアイツのチームメイトと目が合った。



敵、増えた。



本能でそう感じた僕がソイツをにらんでいると、岩里さんが小さい声で「あの…」と言った。



「どっちが、好きだった?」



岩里さんは今度はすごく遠慮がちにそう聞いた。思えば彼女から質問をしてもらうなんて初めてかもしれない。


それがとても嬉しくてしばらく答えを考えずにいた僕は、一気に自分の頭のねじを締めてなんて答えるべきかを考え始めた。



正直、僕は最初に読んだ方が好きだった。



多分岩里さんからしたら今回の話の方が好きなんだろうけど、一緒だって答えるべきなのか、正直に答えるべきなのか…。



本当は、彼女に合わせるべきなのかもしれない。



共感をした方が、親近感はわくんだろう。そんなことは恋愛経験が少ない僕でも予想が出来たけど、でもなんとなくこんな小さなことでも純粋で純白な彼女には嘘をつきたくないって思った。



「僕は"無重力ラプソディ"の方が好きかな。」



自分の直感通りに、僕はそう言った。

するとその言葉を聞いた岩里さんは、少し驚いた様子で僕を見た。



え、やっぱり同じが正解だったのか?

こんなところで出てくんなよ、アレックス。

正義感なんていらねぇええ!!!



岩里さんの驚いた顔をみて思いっきり戸惑った僕は、次発する言葉を迷っていた。すると程なくして岩里さんがなんだか嬉しそうな顔をして「そっか」って言ったから、もう僕には何が何だかわからなくなった。



こういう時に出てきて、心の声でも聴いてくれよ。アレックス。



そんなことを願ってみても伝わるはずはなかった。

でも分からなすぎるこの状況に思いっきり戸惑った僕は、一瞬その場で動きを止めてしまった。



いやいや、止まったらやられるぞ。



心が少しアレックスモードになっている僕は、戸惑い続けている自分を何とか現実に連れ戻した。そして返す前から言うって決めていた、「また貸して」という言葉を絞り出した。



「いいけど…大丈夫?」

「何が?」



確かに僕はいつでも大丈夫じゃない状態で君とは話しているよ。

心の中でそんなことを思いつつも、彼女の言葉が何を示しているのか本当に分からなかった僕は、本気のトーンでそう聞き返した。すると岩里さんは僕よりもっと不思議そうな顔をして、「もうすぐテストだから」と言った。



「あ…っ。」



完全に、忘れていた。

最近球技大会やら上位者闘争マスターズバトルやら恋愛イベントやらに忙しくしているうちに、僕は学生の本業である勉強から長らく遠ざかってしまっていた。岩里さんの言葉でようやくそれを思い出して急に焦り始めると、そんな僕を見て彼女は柔らかく「ふふっ」と笑った。



はい、かわいい。

すごいかわいい。



思わず僕が見とれていると、岩里さんはそのまま上目づかいで僕の方を見た後、少し恥ずかしそうな顔をして目をそらした。そこまでの仕草全てが可愛くて今度は僕が照れてしまったけど、ここで終わるわけにはいかないと思って必死に次の言葉を探した。



「じゃあ、テスト終わったらまたよろしく。」

「うん、わかった。」



グッジョブ、自分。

出来るだけクールに彼女の教室を後にしたけど、おさえられなくなった僕は歩きながら小さくガッツポーズをした。




「お前なんか、余裕出てきたな。」



岩里さんのクラスに本を返しにいくことを知っていたシュウが、帰ってきた僕を見てそう言った。出来るだけ顔に出さないようにしていたつもりだったけど、きっといつもより顔がほころんでいたんだと思う。




今まで僕ってそんなに余裕がなかったのか。



自覚はしていたつもりだったけど、自分だって余裕がないシュウに言われるとなんだか腹が立つ。僕はいつも通りシュウをにらみつつも、でもやっぱりどこか余裕の気持ちで自分の席に着いた。



「ま、お前も頑張れよな。」

「調子乗んな。」



余裕な気持ちのまま僕が言うと、今度はシュウが僕をにらんで言った。周りから見たらどんぐりの背比べなのかもしれないが、僕たちにとっては大きな問題であることには間違いない。


憎まれ口をたたきつつも、本当はお互いうまくいってほしいと願いながら、僕たちは冴えない担任の登場を静かに待った。




「いくべ。」

「うん。」



そしてあっという間に、テストまであと1週間になった。

岩里さんにもうすぐといわれてから、なんとなくゲーム時間をセーブしてその代わりに勉強の時間を増やしたけど、1週間前はさすがにプレイしないって決めていた。


これも別に合わせたわけではないけどシュウもいつもそんな感じで、僕たちは1週間前になるといつも近所のファーストフード店で一緒に勉強をすることにしている。


成績が中の上くらいの僕たちが集まって勉強したところで成績がアップするわけではないけど、家で勉強しているとどうしても妹の妨害とか妹の妨害とか妹の妨害とか、ゲームへの誘惑とかに勝てなくなることがある。


せめてこの冴えない成績を保つためにも僕たちは授業が終わるとすぐに、自然といつものファーストフード店に向かった。



冴えないとはいえ僕たちも健全な男子高校生であることは間違いないから、何をしていてもお腹が減る。勉強しながら食べるには向いていないんだろうけど、店に着くと一番大きなサイズのポテトを注文して、窓際の席に着いた。



「さ。」



そのポテトを少し食べた後、ノートと教科書を開いて僕たちはしばらく黙って勉強をした。確かに全体的に成績は冴えないけど、僕たちにだって得意教科ってものがある。


僕はどちらかというと理系の教科が得意で、シュウは反対に文系の教科が得意だ。たまに分からないものがあるとお互いに相談をしながら勉強を進めるってのがいつものスタイルだけど、その答えは合っているんだろうか。


そんなことすら半信半疑ではあるけど、やらないよりはマシだと思って、僕たちはそのまま1時間くらいおとなしくペンを進めた。



「はぁ~。」



ちょうど僕の集中が切れてきたなと思った時に、シュウが大きくため息をつきながら伸びをした。



「やめろって、

勉強したこと抜ける。」

「そんなに入ってもないだろ。」

「確かに。」



やめろと言ったはいいものの、僕自身もそろそろ休憩しようかなと思っていた。シュウのため息を合図にいったんペンを置いて、もうホットじゃなくなった甘めのホットコーヒーを口に含んだ。



「お前、何か行動に移せたの?」

「何が?」

「天音。」



僕の恋愛についてはえらそうなことを言うのに、シュウが自分の恋愛をうまく進めているなんて思えなかった。するとシュウは予想通り「何も」って答えたから、「やっぱりな」とあきれ顔をして返事をしておいた。



「全部"今更"なんだよな。

メッセージ送ろうが一緒に帰ろうが、

全部今更。」

「確かに。」



僕が岩里さんと連絡を取るってのは全部新鮮なことだけど、確かに今更宿題のこと聞いたって天音がシュウの気持ちに気が付くとは思えなかった。仲が良すぎる相手を好きになるのも大変なんだなってことはわかっても、僕にはアドバイスできるほど引き出しはないことがすごく情けなく思えた。


「もういっそのこと、

好きって言えば?」

「簡単に言うなよ。」



確かにそれは簡単な事ではないんだと思うけど、シュウと天音の関係を変えるにはそれしか方法がないような気がした。前女子と連絡を取るテクニックを披露していたイケメンなら他の名案が浮かぶのだろうか。


もしかしたらそうなのかもしれないけど僕ではどうしようもないことを心の中では謝りつつも、口では「頑張れよ」と無責任なことを言っておいた。



「お前はどうなんだよ。」

「う~ん。」


どうだって聞かれても、なんて答えればいいかよくわからなかった。

前より僕と岩里さんの距離が縮まったのは確かなことだし、岩里さんの警戒心みたいなのも解けてはきているけど、だからといって進展といえるほどの進展があるのかと言われれば、僕は自信をもって「うん」という事ができない。



そもそも僕たちの関係って、なんなんだ。



知り合い?っていうにはちょっと冷たい気がするし、友達?って言うにはおこがましい気がする。



考えれば考えるほどよくわからなくなって、僕は期末テストなんかよりももっと難しい問題にただ頭を抱えた。



「そういえば最近ミーシャちゃんに会った?」



僕が頭を抱えているなんて知る由もなく、シュウはしなしなのポテトを口に運びながら聞いた。

僕自身がゲームにそんなにログインしてないってのもあるけど、そう言えばあのパーティー以来ミーシャに会っていない。僕もシュウと同じようにポテトをほおばりながら首を横に振ると、シュウは「そっか」と興味なさそうに言った。



「お前、意外と器用だよな。」

「なにが。」

「だってあっちではミーシャちゃんとラブラブじゃん。」



前からしつこくそう言ってくるシュウに、僕もしつこく「そんなんじゃない」と答えた。するとシュウは分かりやすくあきれ顔をして「はぁ」とため息をはいて、またしなしなのポテトに手を伸ばした。



「じゃあさ、

ミーシャちゃんに告白されたら振るの?」

「告白って…。」



なんでそんな話になるんだよ。

そう思ったはずなのに、僕の頭は勝手にミーシャのことを考えていた。



ミーシャはかわいい。

優しいし、強い。

そしてどこかふんわりした雰囲気があって、人気におごらない謙虚さを僕は純粋に尊敬している。



僕はそんなミーシャが好きだし、だからクエストだって誘われたら一緒に行っている。



でもその"好き"は人としての好きであって、恋愛感情ではない。





―――多分。




結局考えてみてもシュウの質問の答えがすぐに出てこなくて、僕はしばらく黙っていた。するとシュウはそんな僕を見てニヤッと笑って、「迷うのかよ」と言った。



「迷うっていうか…。

僕にはわからん。」

「罪なやつだなほんとに。」



僕が罪なやつかどうかは自分ではわからないし、いくら考えても質問のはっきりした答えは浮かばない。でもミーシャのことを少し深く考えてみたら、一つ気が付いたことがあった。



「ミーシャって、

なんか岩里さんと似てるよな。」

「どこが。」

「ん~雰囲気とか?」



マジックワールドのアイコンは猫だったりオオカミだったりするし、顔はどう見ても日本人には設定されていないから顔は全然似ていない。


でもなんとなく照れた時の仕草とか、ふんわりした雰囲気とか。

そういうものが岩里さんに似ている気がして、だからシュウの質問にもはっきり答えられないのかなって思った。



「本人だったりして。」

「んなわけ。」

「だよな。」



岩里さんのことは本が好きってことくらいしかわからないけど、少なくともゲームになんて興味がないだろうから本人なわけはない。でも僕って、好きな女の子のタイプは優しい雰囲気を持った人なのかもしれない。


16年間生きてきてはじめて気が付いたな。

そんなのんきなことを考えつつソロソロ勉強を再開するかと思っていると、僕のめったにならないスマホに通知が来た。



「天音だ。」



まあだいたい、僕のスマホを鳴らしてくるのはシュウか天音って決まってる。

テスト期間になんだよと思いつつ軽い気持ちでメッセージを開いてしまったことを、僕はすぐに後悔することになる。



「え…。」

「なんだよ。」

「一緒に、勉強しないかって…。」



"明日、一緒に勉強しない?

美玖と杏奈もいる。"



女と思えないシンプルで飾り気のないメッセージには、見ただけで飛び跳ねそうになるような文字が書かれていた。僕がしばらく静止してそれを見ていると、画面をのぞき込んできたシュウが「よかったじゃん」とニヤつきながら言った。



「勉強…。」



どう考えても、シュウの席に岩里さんが座っていることを想像したら勉強できる気がしなかった。でもここで"いやだ"と断る理由がないことも、自分自身でしっかりと理解していた。



「早く返せよ。」

「う、うん。」


普段は緊張する事なんて絶対にない天音への変身を、僕は少し緊張しながら作成した。


"お願いします。"



いいよとかそういう返事じゃなくて、"お願いします"っていうのがしっくりくる。天音にそんな丁寧なメッセージを返したことがないから若干違和感はあったけど、でも軽々しく"いいよ"なんて上から返せる度胸も僕には備わってなかった。


それにそのお願いには、どう考えても成績優秀そうな岩里さんに勉強を教えてもらう事へのお願いしますと、一緒にいさせてくださいみたいな意味のお願いしますが込められている。



「よし。」



返信してどこか気合を入れた僕を、シュウは相変わらずニヤニヤしながら見ていた。僕はそんなシュウをにらみつつも、反対にニヤッと笑ってみせた。



「お前もよかったな。」

「え?」

「来るんだよ、お前も。勉強会に。」



女3人の中に僕だけ入っていって勉強をするなんて、どこか違和感がある。

天音は僕にメッセージを送ってきたけど、僕たちが一緒にいる事なんて分かってるはずだ。僕への誘いは同時にシュウへの誘いでもあって、シュウにとってだって天音と一緒に勉強できるいい機会が出来たなと思った。



「俺は別に…。」



シュウはなにかぶつぶつ言っていたけど、その顔は少し嬉しそうだった。こいつも僕に負けず劣らず奥手だ。むしろ僕より奥手だ。



どうしてクラスのイケメンみたいに生まれてこなかったんだろう。



僕は僕たちが冴えない不運を嘆きつつ、楽しみな気持ちも隠し切れなくて小さくため息をついた。



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